21.神器を直してやる条件




「なるほどなぁ……コイツァ、かなり損傷が激しいみたいだ」


 葉巻を加えた大きいネズミ(ラスティ曰く、マーモットというネズミらしい)の姿をしたガルシアは、小袋から取り出した神器の破片を見て、顎を摩る。

 めちゃくちゃカッコイイ雰囲気を出しているが、見た目はマジでただのデカいネズミである。

 

 今は、そんなガルシアの住む家の中で、壊れた神器を鑑定してもらっている最中だ。

 最初はネズミの棲家なので、俺みたいな図体が入り切るのかと心配したが、意外と家は普通サイズである。ただ、中に収められている調理器具や、日常品なんかが、ネズミサイズに合わせて作られたものが多いことに気がついた。


「どう、オヤジ……直せそうかな?」

「あたぼうよ、このガルシアの腕をみくびって貰っちゃ困る。この世に喪失されていない限り、どんなモンでも直す。そいつが俺の信条だ」

「本当か、親父さん!!? こんな状態からでも直せるのか!?」

「本当も本当だ、若造め。つまらねー嘘は吐かん。それが俺の二つ目の信条ってな」

 

 ガルシアは「ぷはー」と咥えていた葉巻を取って、俺を睨む。

 完全に職人の目だ。ラックはネズミらしい、くるっと丸い目だったが、ガルシアは完全に2、3人くらいは殺してそうな鋭い眼光を持っている。

 そんなガルシアを見て、ラスティは「流石オヤジ!」と拍手するのだった。


「ただな、お嬢。ぬか喜びさせて悪いが、一つ問題がある」

「GAO、問題……?」


 さっきとは打って変わり、水を打ったような静けさが一瞬だけ場を支配した。

 ラスティがなんだろう、という風に下顎に指を当てると、ガルシアが外にいる他ネズミたちを見る。


「ここ1週間ほど、マトークシの生態系がよろしくないらしくてな。どうも魔物の生息地がオカシナ奴がいる。さっきも、俺たちの村を襲う不届者たちが、わんさか来たってんだ」

「もしかして、それってアグリオスとかの、魔猪類だったりする?」

「よく分かったじゃねか、お嬢。その通り、さっき来たのは、アグリオスの群れだ。あいつらは大森林東部にしかいないはずなのに、こんな南西部まで来やがった。おかげで、俺たちの畑はめちゃくちゃだ」


 ガルシアはそう言って、苛立たしげに葉巻を咥えた。

 彼の体には包帯が巻かれてある。肩から胸に掛けてと、頭部にだ。

 外で会った時は、どこも悪くしていないと言っていたが、この家に入って椅子に腰掛ける時、あからさまに顔が苦痛に歪んでいるのを俺たちは見逃していない。


 酷くやられたに違いない。

 

 魔猪の中でもアグリオスは、せいぜい中級程度。どれだけ強くても、騎士が相手をすればそこまでの難敵ではない。

 だが、それは騎士を基準にしたらの話である。戦闘訓練も受けていない人間が戦えば、即座に敗北してしまうくらいの強さは持っているのだ。


「GAO、私もここ1週間くらい森に潜ってたけど、確かにおかしかった。……大森林中央部で私たちも山劔猪ヴノオロスに襲われたよ。ウォーカーが退治してくれたけど、やっぱり只事じゃないみたいだね」

「はぁあ……あのヴノオロスに襲われて、無事に生きてんのかい? こりゃー大した若造だ。お嬢を守ってくれたこと、心から感謝をさせてくれ」

「いや、気にしないでくれ。俺もラスティを守りたかっただけだ」

「ほう、そうかい。……よかったな、ラスティ。ありゃ、イケるぞ?」

「――――……///」


 ガルシアがラスティの耳元で何かをぼそっと言った。

 聞かされたラスティはラスティで、フードを深く被ってしまったので表情は伺えないが、セクハラでもされたのか?

 

 しかし、ヴノオロスを退けたというだけで、ガルシアの表情が少し和らいだように見えるる。いや、実際はマーモットの表情なんか俺には分からんけど。なんとなしに、目尻が下がったように思えるのは、気のせいじゃないだろう。


「おっと、いけねー。話が逸れちまった。俺はいつも話を脱線させすぎって嫁に怒られちまうんだ。まぁ、年寄りだと思って大目に見てくれ」

 

(まさか……! ラスティがよく話を脱線する原因って……!)


「それより問題ってのに戻すぞ、若造。今、俺は村を守るので精一杯ってことだ。悪いが、これを解決するまで、俺はテメーの力にはなれん」

「……」

「ウォーカー……」


 心配そうに、フードで顔を隠していたラスティが、俺の方を見上げてくる。光瞳はゆらゆらと揺れており、それは俺の心情を察しようと努力しているかのようにも思えた。


 俺は、ふっと軽く息を吐く。

 心外だな。そこまで辛抱ができない人間に見えているのだろうか、俺は。


「いや、構わん。無理を言っているのは俺のほうだ。あんたらの生活を崩してまで頼む気はない」

「……ほう、意外と物分かりがいいじゃねーか」


 俺の返しに満足がいったのか、ガルシアは不適な笑みを浮かべて、紫煙を吐く。

 そして一本目を吸い終わったのか、二本目へと手を伸ばし、カチッと先端を切ってから、火をつけた。


「ぷはぁ……ま、流石にここまでご足労いただいた客人を追い出すのは、このガルシアとしても心が痛む。テメーはあの人見知りなお嬢が、隣に座って大丈夫なくらいには懐かれてるみたいだし」

「ちょ!!?」

「俺としちゃー個人的にも、修繕師としても、何かしら手伝ってやりたいってのが本音だ」


 将来の〇〇候補だしな、と軽く笑いを浮かべるガルシア。慌てふためくラスティを一瞥し、また俺へと視線が帰ってきた。

 よく分からんが、どうやら俺のことを悪く思っていないようだ。


「だから、条件を付けさせてくれねーかい? テメーがこのマトークシで起きている現象の原因、それを突き止め、解決できたなら……村の復興を投げ打ってでも、俺ぁ先にこの神器を修繕してやる」


 そう言って、ガルシアは卓上に並べられた神器を指差す。マーモットとは思えない堀の深い笑み。陰影がやけに濃いせいか、悪巧みをしているのではとすら思わせる面貌だ。

 しかし俺は、そんなガルシアから提示された降って湧いたような幸運に、目をギラつかせずにはいられなかった。









 バーモット村で三者の会談が熱を帯びる中、他の場所でも激しい動きが表れる。

 シルヴェスタがガルシアの提案を飲んだ翌日。具体的には、上記描写の次の日のこと。

 まさか騎士団総長あの外道と早々に再会することになるとは……このときのシルヴェスタは思いもしなかった。

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