20.ヒトは見かけによらないさ





「なぁ、ラスティ……これっていつも通りなのか?」

 

 バーモット村と呼ばれるラスティの住処に来た俺たちだったが、どうやら様子がおかしい。集落は閑散としており、人っ子ひとり見えやしない。

 さすがのラスティも、この状況に違和感を覚えたのか小首を傾げていた。

 

「んー、誰も外に出てきてないね。みんな、隠れてるのかな?」

「隠れてる?」

「GAO。いくら村に魔物避けをしてあるって言っても、やっぱり0にはならないからね。ちょっとでも強い魔物の気配を感じたら、みんなで隠れるか遠くに逃げちゃうんだ」


「家財より大事なのは命だからねー」と笑いながら言うラスティ。

 魔物を警戒して過ごすことが、生活習慣として染み出しているのだろう。


「GAO、私ちょっと様子見てくるよ。みんなが隠れていそうな場所とか知ってるからさ」

「俺も手伝おっか?」

「ううん、ウォーカーは村の入り口に残ってて。もしかしたら、行き違いもあるかもだし」

「分かった、なら誰かが戻ってきたら、ラスティのことを言っておく」


 ラスティは「じゃあ、よろしくー!」と言って一番大きい家屋へまず向かっていく。

 

 入り口に立たされた俺は、手持ち無沙汰になったので、ぼーっとした。

 その間もルリス王女とイドヒの婚儀をどうしようか考えているが、一向に良い案は出てこない。

 やっぱ、諸悪の根源をぶっ飛ばすのが早いんだろうが、バックに王太子がいるのが面倒だ。王国内で王族に喧嘩を売るのは、過激な自殺行為と何ら変わらない。一国を敵にすると考えた方がいい。


「ほんと、どうしたもんかねー……」

『どうしたもんかねー』

「っ!!?」


 俺は咄嗟に身構える。

 今、子供のような声が聞こえた気が……もしかして、この村の住人が帰ってきたのか?

 

 俺はそう思って辺りを見渡すも、その場には誰もいなかった。


「? 気のせいか。……いかんいかん、考え事に夢中になりすぎて、どうやら幻聴まで聞こえて――――ん?」

 

 俺は自分の耳の不調を感じ、頭を掻いたときだ。ふと、自身の後ろに何かが立っていることに気が付く。


「うぉ、なんだ、お前!?」

「ピィィー」


 振り返ってみれば、俺の足元に妙な生き物が立っていた。

 小さな体と丸い尾。ふわふわとした毛並みを持っており、目玉は大きく、鼻はぷくっとして、少し出っ歯な生き物。

 

「こいつは、ネズミ、か……? にしては、かなりずんぐりむっくりで大きいな……ちょっと大きめのウサギくらいのサイズはあるぞ」

 

 あー、驚いて損した。

 見たところ、魔物ではなさそうである。

 ピュアな目を向けてくる大きい体のネズミは、俺のこと見上げながら首を傾げた。


 ふむ……こうして見ると、コイツ可愛らしいな。


「よーし、いい子でちゅよー。ほら、これ食べるか? 知り合いの女の子から貰った、非常食のクッキーだ」

「ピィ、ピィィ!」

「おー、よしよし! そうかー食べまちゅかー! おー、いい食いっぷりだなー、お前!」


 俺がラスティから貰っていた非常食を与えると、その大きいネズミは小さな口を精一杯開けて頬張り始める。

 おー、おー、愛くるしい奴め。

 家畜なんて飼ったことなかったから知らなかったが、なるほど、これはハマるかもしれない。今ならペットに全財産を貢ごうとする人間の気持ちが少しは理解できそうだ。

 

 俺はそんな無駄な思考をしながら、その大きいネズミに癒されていると、ふとそいつのほっぺに、他の何かが詰まっているのが分かった。

 なんだ、これ? 丸くて硬そうなものが両頬に含まれているが。


 俺がそう思い、そーっとネズミの頬に触れようとした時だ。


「GAO、ラック! まーた、人の食べ物とってるでしょ!!」

「「っ!!?」」


 いきなり、後ろからラスティに叫ばれた。

 俺もこの大きいネズミも驚いてしまい、一瞬心臓がすごい勢いで鳴ったのを感じる。


 そんな隙に、ラスティは肩で風を切りながら俺たちに近づいてきた。


「ほら、めっでしょ! それは私がウォーカーにあげたものだから、ちゃんと返しなさい!」

「ピィ、ピピィ!!」

「言い訳しても無駄だからね! どうせ、そのほっぺにも食糧庫から盗んだ食べ物が入ってるんでしょ!」

「ピィイィ!!」

「ほーら、入ってた! もー、いつも食糧庫から盗ってきて!」

「ちょ、ラスティ。俺のは大丈夫だから。俺があげただけだから、な? そんなに怒らなくてもさ……」

「ダメだよ、甘やかしたら! 癖になっちゃうんだから!」


 なぜか怒りながらやってきたラスティを、なんとか宥めようとするも、なかなか彼女の怒りは収まりそうにない。ラックと呼ばれたネズミの方に近づき、両頬に含んでいた食べ物を吐き出させると、その光瞳をきつく細めてしまった。

 そんなラスティを見て、完全にラックの方も萎縮してしまったのか。俺から貰ったクッキーを両手に抱え、完全に目を伏せている。

 

「もう、めっ! 悪いことは悪いことだからね!」

「ピ、ピピィ…………」


 さらに項垂れるラック。

 しょんぼりとした様子で肩を落とし、しまいには俺が与えたクッキーを落としせば――――。



「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”アアアアアアアアアアアア!!」



 と、まるでおっさんのような雄たけびをあげた。



「………………え?」

「GAO、駄々ばっかりこねて! みんなの食べ物を盗るのは、悪いことなんだよ!」

「ピー……あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”アアアアアアアアアアアア!!?」

「叫んでも、めっ!」



 …………フゥゥゥ。

 

 どうやら俺の聴覚が異常なだけではなかったようだ。

 しっかりと、このラックというネズミから、野太いおっさんのような叫び声が発せられている。


「GAO……ごめんね、ウォーカー。驚かせちゃって」

「あぁ、大丈夫だ。……多分、ラスティが謝ってるところと、別のところで驚いてるから……」

「? それならいいけど」


 ラスティは可愛らしく小首を傾げると、ネズミのラックを抱え上げる。

 自重のせいで、ラックの頬肉がちょっとラスティの腕に食い込んでいるが、苦しくはないのだろうか。見ている分には、美少女と小動物というマッチで、非常に絵になっているが。

 

「とりあえず紹介するね。この子はラック。見ての通り、この村一番の食いしん坊なんだ。ほら、ちゃんとお返しできる?」

「ピピー」

「お、おう。初めまして」


 ラスティに無理やり抱えられたラックは、そう鳴いてクッキーを返してきた。でもそれ、さっき落としたやつなんだよね。なんなら食いかけだし、残り1割くらいしか残ってないんだけど。


 でも受け取らないと、フードの奥で睨みをきかせてくるラスティが怖い。

 たぶん、ここで拒否したら転ばし魔法とかやってきそう。

 ……仕方ない、受け取るか。なんで自分であげたクッキーで、命の危険を感じなければいけないのかわからんけど。


「そ、それよりもだ。ラスティが戻ってきたってことは、村のみんなは見つかったのか?」

「GAOH! そうだった、オヤジが大変なんだよ、ウォーカー! 私がいない間に無茶したみたいで、今は村の皆んながオヤジを介護してるって!」

「なんだって!?」


 神器を直せるかもしれない唯一の救世主。

 それが倒れてしまった……?


 こうしては居られない、俺にも何かできることがあるかもだ。

 薬草探しでも、子守唄でも、寝床への運搬などなど、肉体作業であればなんでもござれ。ラスティの親父さんが復活してくれないと、神器を直してくれる人がいないからな。


「ラスティ、早くその親父さんのところへ案内――」


 

 

「元騎士さんだったかい? そう慌てんでも、何も問題ねぇさ。若ぇ者が勝手に騒いでるだけで、俺ァはどこも悪かねーよ」

 



 ラスティに案内を頼もうとすると、突如。横からハードボイルドな声がかけられる。


(まさか、この声の主がラスティの親父!?)

 

 理解すると同時、嫌な緊張で身体がこわばる。

 魔女の親父ってことは、きっととてつもない人物だ……声だけで、その凄さが滲み出ているような気さえする。

 どうする……このまま見てもいいのか?

 いきなり、すっごい魔法で消し炭にされたりとかしないか?


 額から滲み出る脂汗が止まらない。声だけでここまで威圧されたことなんて初めてだ……。

 ばくばく、となる心臓を煩わしく思いながら、しかし、このまま身を固まらせただけでは話が進まないと俺は覚悟を決める。

 伝説の存在――その魔女の父親。俺はここを乗り越えなければ、生きてルリス王女に会うことができ――。




「………………え?」

「どうかしたかい、元騎士さん。人の面ぁ拝んだ途端、全財産失ったゴブリンみてぇな表情してよ……ぷはぁ」

「………………」


 

 拝啓 ルリス第二王女殿下


 信じられないと思いますが、俺は今日初めて、魔女の父親と思わしき者と出会いました。自分でもこんなことが本当にあるんだな、と驚きの気持ちでいっぱいです。

 

 え? 魔女の父親はどんな人だったのか?

 

 そうですよね、やっぱり気になりますよね……。

 でも、ちょっと言いづらいんです。こうなんというか、見た目が想像よりぶっ飛んでいたというか、あーそうきたかーと妙に納得してしまったというか。

 まぁ、それでもあえて一言で簡潔に言うなら――――。



「葉巻を咥えた、デカネズミ……?」

「よぅ、若造。俺がラスティ嬢のオヤジであり、マトークシ誇るバーモット村の修繕師でもあるガルシアだ」

 

 その口上とともに、ぞろぞろと出てくる村人と思わしき連中。

 されどその全てが、ガルシアやラックと同じく大きいネズミの姿をしているのだったことは、きっと誰にも信じてもらえないような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る