小話集

※次章までの箸休め回、読み飛ばして問題なしです

 

 

 





 

 


「シルヴェスタ流 清潔感の保ち方」

 



 神殿迷宮内。

 給水スポットで休憩している時のこと。

 

「GAO、そう言えばウォーカーって妙に小綺麗だよね」


 皮水筒から汲んだ水を飲んでいると、ふとラスティが俺に寄ってきて、そんなことを切り出してきた。


「髭もあんまり生えてないし……くんくん……においも臭くない。ちょっと甘い匂いがする、かも?」

「まぁ、体の手入れは欠かせないからな。そこは気を使ってる」


 俺がそう言うと、ラスティは不思議そうに首を傾げた。


「どうやったの? 大森林の中じゃ、物なんて限られたものしかなかったでしょ」

「どうって……あんまり大したことはしてないぞ。自作の石剃刀で髭は剃ってたし、毎日湖で体は清めたり……たぶん汗臭くないのも、それが原因じゃないか? 昔、厳しい人に躾けられたからな」

「へー」


 ラスティは俺の騎士服をつまんで、匂いが気に入ったのか鼻を近づけてくる。この娘は、こう言っているが、意外とラスティからもいい匂いがするもんだ。


 マトークシーは誰がどう見ても、大自然が大半を占めている魔境である。何も考えずに人間が過ごせば、3日で不衛生な身なりになってしまうことだろう。男であればなおのこと、体毛は濃くなり、髪はボサボサ、服だって汚れがひどくなる。

 女の子であるラスティも、身なりには気をつけているのか小汚さはない。フード付きの外套は少し古めかしいが、それも年代を思わせると言うだけで、不潔かと聞かれたら「違う」と答えられるほどだ。

 

「んー、髪の毛もあまりベタついてないね。肌もちょっと汗でベタついてるけど、それくらいだし……水洗いだけでこうなるものかなー……なんか秘密があるんじゃないの」

「ほぅ、なかなか鋭いじゃないか、ラスティ。あんたの言う通り、流石に水浴びだけじゃ汚れを落とすにも限界があったからな、ちょっとした洗浄剤を使ったんだ」

「っ――――、やっぱり、使ったんだ! なになに、どういうのを使ったの!? マトークシーにあるやつだよね!?」

「気になるかー? んー、そうだなー、教えてもいいけど、どうしたもんかな……」


 と、俺はわざとらしく焦らしながら、ズボンのポケットを弄る。

 ラスティは「もー、早く早く!」と俺を急かしてきた。


 やっぱりこう接していると、この娘は只の女の子だと思わされる。伝説の魔女だの、見習いだのと考える前に、どこにでもいる普通の女の子でもあるのだ。

 だからこそ、こういう系統の話には、めっぽう弱いのかもしれない。あんまり身を装飾品で固めるタイプには見えなかったが、できないだけで、やりたいとう願望でもあるのだろうか?

 まぁ、そう言うのに関しては、また追々聞いてあげるとしよう。


 今は、俺の匂いの秘訣についてだ。


「じゃじゃーん、見ろラスティ! これは俺がマトークシーに入って、2日目に見つけた世紀の大発見その2だ!」

「桃色の……石? くんくん……うわぁ〜、いい匂い! もしかして、それ石鹸!?」

「ああ、草花を燃やした灰から取れる灰汁あくと、バラパームの油を混ぜてみたんだ。石鹸の作り方はなんとなく知っていたから、モノは試しにと良い匂いがするバラパームを混ぜたら、この通り」

「すごい、ウォーカーって天才じゃん! でも、バラパームって毒があるのに、よく体に塗りたくっても平気だったね?」

「え?」

「ん?」


 俺が疑問符で返すと、ラスティも疑問符で返してきた。

 いま彼女はなんと言っただろうか。


 バラパームには毒がある?

 

 ふむ、なるほど……。

 道理で次の日起きたら、全身が焼けるように痛かったわけだ。あれは毒のせいだったのね……(遠い目)。その次の日も使ったけど、体に耐性ができていたのか、特に毒反応はなかった。それでもよく死なないで済んだもんだ……。


「ウォーカー?」

「ラスティ、この石鹸はやめといた方がいい。多分、俺以外が使ったら死ぬ」

「死ぬぅ!!? え、死んじゃうの!?」

「ああ、あの時はもうそりゃー痛かった……食あたりかと思っていたけど、まさか手作り石鹸のせいだったとは……」

「え、ちょっと、何があったのウォーカー? 何があったんだよー!!?」


 

 

 


 


 


 


 



 


「3年前 ランドマークがコークシーン騎士団に来た日」




 私の名前はランドマーク・スコット・パーキンソン。

 若くして第三等騎士にまで上り詰めたエリート貴族である。


 最初は情報部隊に配属されていたのだが、ある人の引き抜きによって、今日からコークシーン騎士団に赴任することとなった。


 なーに、不安などない。

 私は優秀な男として名を馳せている。家柄も伯爵と、なかなかに悪くない。

 父も私のことは鼻高々に思ってくださっているようで、騎士団に従事したあとは、土地や権利をそのまま移譲なさってくれるとのことだ。


 将来が訳された男。

 生まれながらにして勝者。


 私にはそのような言葉が似合うのかもしれない。

 ふっ。こんな私を引き抜こうと考えたコークシーン騎士団も、中々に見る目があるじゃないか。


「おや、君が今日から配属されてきた、パーキンソン君ですかねぇ」


 私が城砦内の噴水広場を歩いていると、そんな言葉を掛けられた。


 妙に馴れ馴れしいな。どこの誰だ?


 私が振り返ってみると、そこには糸目の男が噴水の縁に座っているのが見えた。

 声を掛けたのは、この男で間違い無いだろう。

 身なりかしらして、コークシーンの騎士であることに間違いはないが、見たことのない顔だ。名の知れた貴族であるのなら、私が分からないわけがないが、コイツはそこまで地位が高くないのか?


 ふん。そんな者が、伯爵家の出であり、将来を約束された有望な私に向かって<君>付けなど、不敬も甚だしい。


「初めまして、糸目の男。私のことを知っているのか?」

「ええ、随分と優秀だと聞き及んでいますよ。……そうそう、申し遅れました、私はアーノルド家の者です」

「アーノルド? 知らん家名だ。賜姓はなんと言う?」

「ベアと言いますよ。なので、ベア・アーノルドです」

「やはり知らんな」


 私はそう言って、踵を返す。

 この男に時間を取られるほど、私は暇ではない。


「待ってください」

「なんだ。私はお前と違って忙しいのだ、ただの興味本位で話しかけたのなら、この場で切り伏せるぞ?」

「ええ、まぁ、そうしてくださっても構いませんが……一つだけ教えてあげましょう」


 私が「?」と思うと同時だった。

 

 視界が反転した。

 何を言っているのか分からないと思うが、言葉通りのことが起きた。

 瞬きをしたと同時の出来事でもあった。


「おや、思ったよりも軽いんですねぇ」

「……――――っ、おのれ、糸目男! 私を侮辱するつもりか、っ!?」


 私がすぐさま起き上がり、糸目の男へ反撃しようとした時には、もう遅い。

 首筋に当てられた鉄の冷えた感触と、じんわりと熱さを感じる首筋の感触。対局的な二つの温度感が同時に襲ってくる不気味さに、私は思わず息を呑む。

 

「先に私を軽んじたのは貴方ですよ、ランドマーク君。名前と身なりだけで人を判断すると、そういうことになります。どんなことでも本質を見抜く力を養わなくては」

「な、にを――」

「私はあまり家名などで軽んじられるのが好きではありません。そのため、あまり周りに名乗らないので知られていないのですが、私の名前はゴーシュー・ベア・アーノルド。コークシーン騎士団 参謀役 第二等騎士ゴーシューと言えば、分かりますか?」


 私はその男の言葉に驚愕する。

 その名前、その肩書きは……!


「ゴーシュー……だと? では、お前が……いや、貴方が私をここへ招いたというのか……?」

「流石に、引き抜きをした人物の名前くらいは知っているようですねぇ。そこは感心です。しかし、少し傲慢さが有り余っているようです。今後は、私の元で働いてもらうことになるのですから、まずはどうぞ驕らないように」


 ゴーシューはそう言って、地に膝を着けていた私に手を差し伸ばす。

 すでに首元に当てられていた剣は納められていた。この男は、私の出鼻を挫くために、このような演出をしたのか。


 そんな事実に悔しさを感じ。

 それと同時、私を軽くいなしてしまったこの男のことを、少しだけ眩く思ってしまった。

 

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