18.騎士団総長の妹




【side:???】


 王国南西部コークシーン地方 その主要城塞都市にて。

 豪華絢爛な城の一室に、艶やかな赤髪を2つに結んだ少女が厳かな表情で、椅子に座していた。

 少女の名前はエリーザベータ。

 愛称エリザ。

 このコークシーン地方を守護する、コークシーン騎士団の大将を務める英傑である。


「――以上が、私が無断で部隊を率いていた理由です」


 そんなエリザを目の前に、糸目が特徴的な騎士――ゴーシューは静かに、そう語り終えた。


 表情からは、何か質問などありますか、と言いたげなものが伝わってくる。なにを聞かれようとも完璧に答えてみせる。そんな気概すら感じられるほど、ゴーシューの態度は落ち着きを払っていた。


 エリザは、そんなゴーシューを見て、思わず表情筋を強張らせる。ここで舌打ちを繰り出さなかっただけ、彼女は自分を褒めたいとすら思った。


「丁寧な説明をどうもありがとう、ゴーシュー卿。あなたが無断で、マトークシにある未発見の神殿迷宮を調査した理由は分かったわ」


 冷静を装いつつ、エリザは皮肉を混ぜつつ返事を絞り出す。


「でも、いくつか納得のいかないところがある。そもそも何故、独断で未発見の神殿迷宮に潜ったのかしら?」

「私の部下に古代文字を読める者がいましてねぇ。その者の話を聞く限り、ある程度は現状の部隊で調査できると判断したんですよ」


 エリザからの詰問に、ゴーシューは軽く答えてみせた。

 その態度が気に食わないエリザは、目を細める。


「そういう話をしてるんじゃないの。なんで、独断で、報告もせず、調査に踏み切ったのかって聞いてるのよ」

「……ああ、そういうことですか……」


 それでもなお、ゴーシューは笑みを崩さなかった。

 それどころか、後ろにすきあげられた髪を撫でるほどの余裕を見せつける。


 ――いちいち癪に障る奴。

 

 エリザが抱く感想は、まさにそれだった。

 しかし、彼女の感想をより酷いものにするように、ゴーシューは手を広げて、首を傾げる。


「素朴な疑問なのですが、私はそもそも報告する必要があったのでしょうか?」

「っ――、どういうことかしら」

「いえね、神殿迷宮に着いたとき、部下が入口扉を解読したところ、危険性も大きなメリットもありませんでした。得られる褒賞は効果不明な神器1点のみ。こうなると、調査するもしないも私の職権範囲内で自由に決められるのではと、そう思ったのです。……いえ、仮に報告をすべきであったとしても、私はここコークシーン騎士団の副隊長ですからねぇ。その私が事態を把握できていれば、報告をすべき相手など1人もいないと思いますが?」


 自信に満ち溢れたその言い返しに、エリザは奥歯を強く噛む。

 そして、数秒経ち、すぐにもの悲しげな表情へと変わった。


「……私がいるでしょ……」

「ああ、これは失礼しました。ええ、重々承知していますとも。ですが、大隊長である貴方様のお手を煩わせるまでもないと考えたまでです」


 薄っぺらな謝罪だとは分かっている。この気遣いすら、なんの意味も価値もないものだと、エリザは考えるまでもなく理解していた。


 しかしだからと言って、それを追求できるほどエリザは強くなかった。

 腕っぷしの話ではない。もちろん、精神的にという話でもない。ゴーシューの立場と権威が、エリザを攻勢に出すことを許さないということだ。

 そして、それを全て理解した上で、ゴーシューは今も強気に笑っている。


「……狐め……」

「何か言われましたか?」

「なんでもない。……ただの独り言よ」


 せいぜいエリザにできる反撃は、このような悪態を呟く程度であった。

 

「とにかく、次からはちゃんと報告して。貴方の勝手な行動で、部下が3人も殉職しました」

「ええ、とても惜しい人材でした。それぞれが確実に次世代を担ってくれるに違いない。そう思わせてくれる立派な部下たちでしたよ」

「……そう、そう言ってもらえると、彼らも少しは報われるかもしれないわね」


 これ以上の詰問は無意味だと感じたエリザは、さっさと話題を終わらすことを選択する。

 ゴーシューという男と話すのは、彼女だって望んでいることではない。できることなら、生きているあいだ一分一秒でも短く会話を縮めたいと思う類の人間だ。


 けれど、彼女の役職上、そうはいかない。

 たとえ仮初の地位であったとしても、それが親族から無理やり与えられた幻想の神輿であったとしても、彼女はそれに乗り続けることを強要されている。

 逃げ場なんて、生まれてから一度もなかった。


「そういえば、エリザさん。2日後に何があるかは覚えてらっしゃいますか?」


 早々に会話を打ち切ろうとした手前、何故かゴーシューがそんなことを聞いてくる。

 嫌な予感はするものの、もし大事な要件であったならば無視するわけにもいかない。エリザは仕方なく会話に乗ることにした。


「……ええ、しっかりと。明後日、ここコークシーンに騎士団総長様が来訪される予定ね。……婚礼の前祝いでマトークシの山で竜狩に興じると聞いているわ」

「はい、本来であれば別の場所で興じられると聞いていましたが、四日前、急遽マトークシへ変更されたとか。……私どもの方でも、急いで準備は進めていますが、如何せん少し懸念がありましてねぇ。エリザさん、よければマトークシへ向かっていただけますか?」

「は?」


 そう言って、ゴーシューは深く頭を下げつつ、続ける。


「いえいえ、なんせ来訪される現騎士団総長様は、貴女のお兄様ですからねぇ。さぞ尊敬する兄のため、何か任に就きたいのではないかと、不肖の身ながら気を使わせていただいたんですよ――」





「――ねぇ、エリーザベータ・A・キルケーさん?」





「…………」



 告げられる騎士団総長――エリザの兄であるイドヒについての言及。最後の最後でエリザは、ゴーシューに後ろから刺されたような気分になった。

 

 ゴーシューから提案される、嫌がらせとも取れるお節介。普段の彼女であれば、そんなものは要らぬと強く突っぱねてしまうのだが、今回ばかりはそう簡単な話ではない。


 なんせキルケー家を、その政治手腕だけで公爵家へ位上げさせてしまった兄が関係しているのだ。第二王女と婚約し、上手くいけば王族の御子を輩出できるかもしれない地位へと成長した、その兄に関する誘いなのだ。


 ここで強く拒否してしまえば、エリザにとってどんな事が待ち受けてしまうのか、想像もしたくなかった。

 だってイドヒは、エリザにとって優秀な兄であり、キルケー家の誇りでもあり、なにより――最悪の兄で、恐怖の対象と言っても過言じゃない存在なのだから。


 ゆえに、ゴーシューからの陰湿なお節介を受けた途端、エリザはまるで表情の色をなくしてしまう。そして次の瞬間には、ただ「そうね……」とつぶやいて、背もたれに体重を預けるしかできなかった。







 

 エリザとの謁見が終わってすぐ。

 ゴーシューは部屋を出ると、いつもの笑みを消した。さっきまで浮かべていた、穏やかな笑みなど、カケラも存在しない。

 能面のように薄暗く、獰悪な面貌で、後ろへとすきあげた髪をそっと撫でる。

 

「さて、そろそろ頃合いですかねぇ。まさか、興味本位で潜った神殿迷宮で、思わぬ拾い物をするとは……魔法で隠していましたが、ふふ、揺れる光瞳――魔女の証ですか……これはこれは、楽しくなりそうですねぇ」


 彼の目には新たな計画が浮かんでいた。

 

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