16.神殿迷宮の攻略




「嘘だろ、あの銀髪男……蜘蛛のバケモンを倒しやがった……」


 カイデンが広場の入り口で、蜘蛛の守護者を倒したシルヴェスタを見て驚く。

 ろくに魔力膜も張れていない、それどころか魔力など皆無に等しい男が、強力な神殿守護者を倒したのだ。常識というものを、真っ向から否定された気分になっていた。

 

「まさかとは思いましたが……いやはや、本当に驚きですねぇ」


 しかし、カイデンの後ろで見物していたゴーシューだけは違う。彼だけは感心した様子で開手を打つ。

 それを見たカイデンは、ゴーシューのその反応に嫌な予感を覚え、おもむろに嘆息しそうになるのだった。




◾️





(全員無事……作戦は大成功、か)


 俺はそう思いながら、首をこきりと鳴らす.

 騎士は好かんから、一人くらい死んでくれてもよかったなー、なんて思うのは、少々捻くれすぎだろう。

 

 俺は自分のささくれ具合に苦笑いを浮かべると、広間の入り口に向かって歩き出す。

 座り込んでしまいたい気持ちは多分にあるが、今だけはグッと堪え、やらなければいけないことをやろう。

 下敷きになっているランドマークを次男たちに任せ、通り過ぎるときに軽く「お疲れ」とだけ済ませば、俺は入口で門番をしているカイデンらの前に立った。


「おいおい、随分と変態な趣味もあるんだな……その娘に布を噛ませて喋らせないようにするなんて、古株の騎士は変態が多いと見受ける」


 俺の挑発に、ゴーシューは涼しい笑みで返す。

 

「いえいえ、歴とした自己防衛ですよ。彼女は魔法を使えますので、詠唱だけでもこうして邪魔しないと」

「ふん、どうだかな。糸目野郎は信じるなって、俺は大切な人から教わったもんでね。……いいから、その娘を解放しろ。もう余興は十分楽しんだろ」


 カイデンたちが立ちはだかる手前で俺がそう言えば、ゴーシューは「まぁ、そうですね」と笑った。


「ほら、お行きなさい、可愛らしいフードのお嬢さん。強いお味方さんがお待ちですよ」

「ぷはぁ……!」


 口に詰められていた布を外し、首元に近づけていた剣を納めたゴーシューは、おとなしくラスティを解放する。

 やけに素直すぎて逆に気味が悪い。

 そう訝しむも、どうやら本当にゴーシューが何らかの妨害をするつもりはなかったのか、無事にラスティは俺の元まで戻ってきた。

 

「はぁ……はぁ……ウォーカー、やったね……!」

「あぁ、これで神殿迷宮は攻略したってことでいいのか?」

「GAO GAO!!」

 

 ラスティは激しく頷いて、俺に同意で返してくれた。

 

「GAOH……でも、まさか一撃で倒すなんてなー……予想外というか、あまりにも筋肉ヤバすぎというか……もはや、鬼と人間のハーフを疑ってしまうレベル……」

「失敬な、俺は正真正銘の人間です」

「――――!!?」


 なんで、そんな天変地異が起きたみたいな顔をされなければいかんのですか。

 ――――って、おい、カイデン。何でお前までラスティと同じ顔をしてやがる。


 はぁ、まあいいや。俺としては、もうゴーシューらに用はない。今回、神殿迷宮を攻略をした扱いになるのは、俺とランドマーク、それに次男と三男で決定した。今更、ゴーシューらが邪魔立てをしようとも、その事実が覆らない限り神器を所有する資格もないため、邪魔されることもないだろう。

 

 さっさと、俺が神器のありそうな場所を探そうと踵を返すと、ラスティもとことこっと小走りについて着てくれる。……いかん、ちょっと戦闘の後だったから、この娘の歩幅にはきつかったか。

 そう思い歩調を緩めて再び歩きだす。

 隣のフードから、「ふふ」と軽く笑う声が漏れたのが聞こえた。


「少しお待ちいただけますか」

  

 しかし、そんなな俺たちを止めるように、ゴーシューから声をかけられた。

 無視無視。こういう奴は関わるだけ損だ。話しかけられても振り返る必要性がない。


「GAO? ……いや、ちょっとは止まる素振りしようよ、ウォーカー……大事な話かもだし」

「グエ!」


 そのまま耳を貸さずに行こうとしていたら、俺の隊服の襟首に杖が引っ掛けられ、首が締まってしまった。

 くそぅ……ラスティがそう言うなら、止まるしかないか。


「…………なんだ、まだ居たのか」


 俺は観念したように、襟首の位置を直しながら、振り返る。

 いつでも戦闘態勢に入れるように警戒心を高めながら、左手では先に拾っておいた砂粒をあそばせる。いざとい時の目潰しか、投石紐の変わりくらいにはなるだろう。


 しかし、そんな俺の警戒心とは裏腹に、ゴーシューが取った行動は意外なものだった。


「ええ、今回の詫びをと思いましてねぇ。先ほどは軽率な対応をしてしまい申し訳ございませんでした。……それと私たちの部下を助けていただき、心より感謝を」


 この男……。

 ゆっくりとした動作で頭を下げるゴーシュー。身分主義の王国騎士にしては、珍しすぎる光景だった。

 自分より身分の低いものに頭を下げるなんて……しかも、誰かに強制されてではなく、自発的に。

 

「謝って『はい、そうですか』で済むと、本気で思ってんのか……? この娘がどんな思いで、剣を当てられていたかも分からんくせに……あんたの部下も同様の気持ちだろう、今回命を無駄に散らした者だっている」

「っ、私は無事だから良いよ!」


 俺が一歩踏み出すと、ラスティが服の袖をまた掴んでくる。

 背後では、ランドマークたちが息を呑んで見守っているのが分かった。


 俺以外、誰も戦闘態勢に入ろうとしていない。そういう観点から見ても、きっとこのゴーシューらと戦うことは賢い選択ではないのだろう。

 だが、俺にはそうも言ってられない事情がある。

 相手は騎士だ。つまり、今後俺の敵になる可能性は十分にありえる。このゴーシューという男が有能なのは分かった。ならば、ここで対処しておかなければ、後々自分の身に不利益として被ってしまうだろうことも、簡単に想像できる。

 そう考えられるからこそ、情けをかけてやる必要は感じられない。


「これは怖いですねぇ……仕方ありません、良い関係を築きたいと思ったのですが」

「どの口が言ってんだか。鏡を見てから、モノ言えよ」

「ふふふ、面白い人ですねぇ、貴方は。ですが、このまま長引かせると、本当に襲われそうです。こういう時は素直に退くとしましょうか」

「――っ!」

「ランドマークく、パールくん、サレヴァスくん、帰還しますよ」


 ゴーシューが踵を返す。

 逃げる気かっ!

 

「シエンくん」

「御意」

(っ――――、視界がっ……幻惑魔法か!)


 突如として、乱れる視界。まともに立っていられそうもないくらい、世界が波を打ち始める。天地がひっくり返り、波線だけで彩られたと言っても過言じゃない視界で、俺は無様にも膝をついてしまった。


「ゴーシュー、私たちは!!」

「反抗するのは勝手ですが、その後はどうなるかお分かりですね? 私たちから逃げられるとお考えなのであれば、お好きにしてください」

「――――っ」

「ランドマーク卿……!」「ど、どうしますか……!?」


 揺れる視界の中、背後でランドマークたちの相談声を聞こえる。


「……従おう。ここを抜けても私たちが貴族である限り逃げ場はない……」


 …………。

 ゴーシューに付き従うように、すべてを諦めたような所作で彼らはゴーシューに着いていくことを選択した。

 いや、はじめから選択の余地などないのだろう。

 あれだけのことをされながら、それでも許さなければいけない。

まさに貴族社会は肥溜めだ。

 

「では、私たちはこれで。また会う時もあるでしょうし、その時はお手柔らかにお願いしますよ。銀髪の男と……フードのお嬢さん」


 回り続ける視界の中、6人の人影が綺麗さっぱりと消えていく。

 しばらくもしない内、術者が遠くへ行った為か、俺にかけられた幻惑魔法が解かれた。

 

「くそっ、まだ目がちかちかする……」

「GAO、大丈夫?」


 俺の肩をポンと叩く感触が伝わる。

 振り返ってみれば、ラスティがフードを少し持ち上げて、揺れる光瞳を心配そうに向けていた。

 どうやら、恥ずかしいところを見せてしまったようだ。我ながら情けない。

 

「あぁ、俺の方は特になんともない。……それより、すま――――」

「謝るのはなしね。私は自分からウォーカーと一緒に行くって決めたんだから。今更、そんなこと言ってると、魔法でぶっとばしちゃうよ?」


 短杖を俺に向けてくるラスティが、いやに真剣な表情でそう告げる。

 全く、この娘は…………。

 

「そうか。そう言ってくれると、心が少し軽いよ」

「ぁ…………」

 

 俺はそう言うと、何となしにラスティの頭を撫でていた。

 フード越しでも伝わってくる、ふんわりとした髪の毛と、小さい頭の熱。ラスティからも小さな声が漏れる。

 

「こ、これも……その……握手みたいなやつ、かな……?」

「いや、これは……なんだろうな。安心したら無性に撫でたくなったんだ」

「……ふーん」


 俺がそう返事すると、何かを考えるようにラスティが、フードの奥で光瞳を揺らす。

 

「っ、すまん。無神経すぎたな」


 つい、道端の子供にやるように頭を撫でてしまった。

 いかんいかん。こう見えても、ラスティは歴とした女の子だろう。確かに背は小さいが、歳がいくつかとかは聞いていなかった。ていうより、聞いていたとしても、出会って一日も経っていない俺がやるべきではなかった。

 俺が急いで手をどけようとすると、しかしラスティがそれを拒むように手をまた乗っける。


「gao……続けて。私、これも嫌いじゃないみたいだからさ……ウォーカーの手、あったかいしね」

「…………そうか」

「…………gaoh」


 そうやってしばらくの間、戦いの傷を癒すように、俺とラスティはただ頭を撫でる時間を費やす。ゆったりと流れる静寂を噛みしめながら、今だけは、追放されたこの1週間の中で、完全な休息なのだと、そう思えた。

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