15.奔る魔剣、相手は死ぬ!




「全員、心の準備はいいな? 特にランドマーク」

「あ、ああ、問題ない! もう腹は括った!」

「俺も、問題な――うぷ、やっぱ吐きそう」

「クソったれ、クソったれ! こんなところで、終わって堪るか……!」


 俺の問いかけに、皆いい返事をしてくれる。

 腹を括ってしまう、というのは意外にも良いことだ。うだうだ悩んで失敗するより、ただ我武者羅に事へ当たった方が上手くいく時もある。


 俺たちの今の配置はざっと言えば、蜘蛛山羊の神殿守護者――バエルの前に大盾を構えたランドマーク。

 そのランドマークより10メートル離れた地点に、俺、次男、三男が三角形を形成するように散らばって立っている。


 魔力探知を20メートル広げたランドマークから、「後5メートル」とカウントダウンが入った。

 魔力を生成できない俺は、残念ながらランドマークの魔力探知がどうなっているのか感じ取れない。そのため、後ろでは見えづらいと適当に嘘ついて、こうやって口頭で合図を送ってもらっている。


「後3メートル……!」


 極力、魔力探知しているランドマーク以外、魔力を強くしないように……逆にランドマークは、魔力探知でバエルを捕捉するまで、決して強すぎず、弱すぎずの魔力量をキープするように。

 そんな緊張感が伝わる広場で、ようやく、ランドマークから最後の合図が聞こえた。


「あと、1メートル…………――――入った!!!!」


 バエルの攻撃動作を感じ取ったランドマークは、自分の目ではなく、魔力探知に頼るように顔を盾で守るベく掲げた。

 本来であれば、馬鹿のすることだ。自分の盾で自分の視界を塞ぐなど。しかも、相手が自分よりも早い敵に対してやるのは、どう考えても命取りとなる。


 しかし、五感ではなく魔力探知に頼った場合は話が違う。

 相手の魔力の流れを感じ取れる使い手は、それだけで相手の動きを読み取り、達人ともなれば魔力探知だけで五感の代わりを果たすこともできる。


 当然、ランドマークにはそこまでの技巧はないだろう。

 奴は奴で優秀だが、決して達人や英雄の域には達しきれていない。


 だが、たった一匹。

 目の前の、しかも来るタイミングが分かっている格上の一撃くらいなら――――攻撃を凌ぐことは容易い。


「カアアアアアアアムゥ(来い)!!」


 タンク成功の叫びが木霊する。

 同時、俺はバエルに向かって全力で駆け出した。



 わずか30メートルの距離は、たった5足で走破された。

 時間にして1秒未満。

 暴風と見紛う速度で駆けた俺の躰は、潜り込むように、ラウンドマークの背後へと並ぶ。 


 呼吸を止め、腰を低くし、感覚を研ぎ澄ます。


 魔力を生成できない俺が、完全にバエルの意識外へといくように全神経を注ぐ。

 今も眼前では、ランドマークが大盾を構え奮闘しているが、それも持ってあと2秒だろう。

 猶予はもう僅かしかない。


 ――狙うは何処だ。


 許された瞬きのような時間を使い、俺はすぐさま思考を切り替える。

 斬れば致命傷となる部位――。

 脚、腹、背中、鉤爪、頭胸部、そこから生える3つの山羊頭。

 バエルの肢体に沿って視線を滑らし、静かに魔剣を懐へと引き絞る。


 ――ぎょろり。


 俺の視界が、両目を忙しなく動かす山羊頭を捉えた。

 嗤っている表情の山羊頭。

 そいつだけが、今も走ってきている次男たちを見下ろしている。


(脳は、テメェか――――!)


 三つの山羊頭のうち、ちょうど中間に位置する顔。

 俺のちょうど真上にあたる部分。

 

 俺は瞬時に狙いを定め、上半身を捻る。

 背筋から右腕に掛けての力を集中させ、筋肉を一気に膨張させる。

 そこまでくれば、あとは叩き込むだけ。


 

「―――――!!!」



 音を発することもなく。

 また殺気を漏らすこともせず。

 俺という人影は、殺すべき対象を捉え垂直に跳んだ。

 

 懐へと引き絞られていた魔剣は、下から振り上げるように斬り上げられる。

 強靭な体の捻りとともに打ち出されたその斬撃は、空気を切り裂きながら熱を帯びていった。

 

 斬撃が着弾する直前――銀色の剣身が、完全に青白の光へ昇華される。

 まるで万物を焼き尽くすような超高温のエネルギーは、単純な膂力で振るわれた剣撃が、魔剣の効果によって完全に魔法攻撃に変換された証だった。

 

 そんな奇蹟が起きるのと同時。

 ついにバエルが俺の存在を感知する。

 嗤う顔だけではない。怒りや泣いている顔、計3つの山羊頭が一斉に俺を直視する。



「「「ギギゴメエエエエエエ!!!!」」」



 すべての山羊頭が一斉に鳴くと同時、蜘蛛の体に一文字の切れ込みが入るのが見えた。

 間違いなく、第二の口膣を出そうとしているのだろう。

 ヴノオロスと同様、このバエルも今俺という危機を察知して、詠唱の解禁を余儀なくされたのだ。



 しかし、もう遅い。

 

 俺という脅威を認識するのに、バエルは時間をかけた。

 最初の一撃を与えたとき、俺を殺しきれなかったのが、コイツの失態だ。


 この攻撃が届くのに、もう1秒も掛からないだろう。

 この魔剣を振り抜くのに、もう0.1秒も掛からないだろう。


 ずっと認識の外にいた俺の一撃を、きっとバエルは防御できない。

 いいや、たとえ防御できたとしても、俺のこの一撃は奴の肉体を紙切れの如く突破する。


 鈍銀から青白磁に変じたこの一閃は、

 すべてを葬り去るだけの力を込めているのだから。


 

「ギギャ―――――!!!」


 

 刹那――――嗤う山羊頭が消し飛んだ。

 それだけではない。怒った顔の山羊頭も、泣きそうな顔の山羊頭も、すべてが消える。

 


 剣を振りぬいた俺は、バエルと交差するように地面へ着地した。


 振り返れば、腹部から上が溶かされたようなバエルの肢体が見える。

 蜘蛛の体はよろめくこともなく、まるで糸が切れた操り人形のように、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

「……ふぅ」


 俺は、いつの間にか砕け散っていたシュード・ドラドール3世の、残った柄の部分を投げ捨てる。

 

 あぁぁ、流石に疲れた……いまだに攻撃に使った右手がヒリヒリとする。

 まぁ、直接触っていないと言っても、これほどの魔物だ。かなり分厚く強固な魔力膜を張っていたに違いない。流石に握っていた手に反動がきても不思議じゃないか。


「は、はは、嘘だろ……? あの偽騎士、い、一撃目だけで倒すなんて……俺たちの出番あったか、サレヴァス?」

「いいや、全くなかった……俺たちはただ走ってただけだ。なぁ、パール……?」

「はぁはぁ……私の、タンクあっての、ものだがな……!! それより、ここから出るの手伝ってくれ、ぬ、抜け出せん……!!」

「なんだ。下敷きになったのか、あんた。少し鈍臭い奴だな」

「お前の攻撃が、早すぎ、なんだ……!! 偽騎士め……!!」


 ただ茫然と立ち尽くしている次男と三男を一瞥し、その後、蜘蛛の死骸の下敷きになっていたランドマークを見る。

 ぎゃーぎゃーと俺に文句を言ってきたり、驚きの感情で眺めてくるものの、こいつらから負の感情は伺えない。それどころか、懐かしい親しみの色さえ感じとれる。


 ふぅーーー……。


 これまでの疲れで、一気に肩の力が抜けた。

 それと同時、俺は思わず笑ってしまうのだった。

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