13.死にたくなきゃ剣を寄越せ、剣
「なるほど、それが貴方の素顔ということですか、ランベール卿……いいえ、それはあり得ませんよねぇ? なんせ、ランベール家は王国でも珍しい黒髪が特徴的な家系。あなたの髪色はどう見ても銀色です」
鉄鍋を脱がされた俺を見て、ゴーシューは確信を得たような笑みを浮かべる。
「……当方が染めているという可能性を考えないのか?」
「浅ましい演技はやめましょう。血の証とも言える肉体的遺伝を貶すことこそ、あなたがランベール家の者でない証拠ですよ」
はっ、確かにその通りだ。
俺が本物のシドニーであったならば、絶対にあの黒髪を染めた、なんてこと言わないであろう。貴族として血の証とも言える肉体的遺伝を、自ら消すことなんてする必要がない。
それこそ家を追われた落伍者か、罪人でも無い限り。
(俺の変装を見破れたことで喜んでいるようだが……しかし俺も、今のゴーシューの発言で確証を得ることができた)
俺は髪をくしゃりと掻き混ぜながら、誰にも見えないように笑う。
こいつらはイドヒからの差し金ではない。
ずっと会話から探っていたが、俺のことを知らなさそうだ。本当に偶然、この神殿迷宮で出会ってしまっただけなのだろう。
「まぁ、今はあなたの正体は置いておくとしましょう。シエン君、光明の魔法をお願いできますか」
「御意」
ゴーシューの命令で、紫の挑発男が光を広間に投げ入れる。それによって、俺が突入した部屋の全貌がある程度見えるようになった。
足元に転がる泣き腫らした顔をしているランドマークらと、天井部分にぶら下がり、こちらを警戒しているバケモノ――――ようやく、俺達を襲っていた神殿守護者の姿が露わになったわけだ。
「コイツが神殿守護者だって……? ただの、蜘蛛の化け物じゃねーか……」
俺たちの上、天井の闇の中から、ぶら下がっているそいつは、蜘蛛のような巨大な体を持ち、頭胸部からは不気味なほどに静かな三つの頭部が生えていた。その頭部は、山羊のものだが、人間の感情を思わせる表情をしている。
一つは怒りに満ちた顔。もう一つは、口角を上げ嘲笑うような笑み。そして最後の一つは、涙を流し、悲しみにくれているような面である。
「ひぃ、あ.……コイツが、神殿守護者……!?」
ランドマークが震える声で言う。
蜘蛛の体に山羊の頭を持つそいつは、ゆっくりと動き始め、まるで獲物をじっと見つめるようだった。三つの山羊頭は、それぞれ異なる感情を発露しながらも、共通して俺たちを狙っているらしい。
天井にぶら下がっていた巨体が、床に落ちる。
「さて、王都ロンデブル騎士団を騙った罪人の死に際でも見るとしましょうか。たかが余興ではありますが、存分に私どもを楽しませてください」
「はっ、随分と趣味が悪いじゃねーか、あんた」
「ええ、そうなんです。本当に困ったものでねぇ……私も難儀しているんですよ、自分の性癖には」
ゴーシューはすき上げている髪を、そっと手で撫でた。
「GAO、え、ちょ……なになに、これ!?」
「一応言っておきますが、その広間から逃亡したり、私たちに害を与えようとした場合、こちらのお嬢さんを殺します。どうせ従騎士というのも嘘なのでしょう?」
「俺が脅して連れてきた本物の従騎士かもしれんぞ」
「はは、さっきから言い訳がお上手ですねぇ。まぁ、そうであったとしても従騎士は皆平民あがりです。いくらでも替えはききます」
ラスティの首にゴーシューの剣がそっと当てられる。
ガリっと俺の奥歯が鳴った。
(……いや、落ち着け。大丈夫だ)
考えがあっての行動とはいえ、流石にラスティを置いて飛び込んだのは愚策だったかもしれない。だが、彼女を担いで、このバケモノがいる広間に飛び込むのも、かなりリスクが高かった。
俺が下手なことをしない限り、あの娘の無事が保証されると言うのであれば、今は我慢する時だろう。
「カイデン君、シエン君。2人はあの銀髪男が逃げないよう、広間の入り口に立っていてください」
「承知」「たくっ、うちの副将は人使いあらいねぇ」
がっちり入口も固められたか。
ただで広間を逃してくれそうにもないな。流石に第一等騎士を3人相手するのは、ラスティが人質になっていなくても、分が悪い。
俺が状況把握に努めていると、ようやく何が起こっているのか理解できたのか、ランドマーク含む3人の騎士が、声を震わせた。
「ゴ、ゴーシュー卿、それでは私たちは……?」
「あぁ、そう言えばまだ生きていたんでしたねぇ。もう、あなた方は必要ないので、適当に頑張ってくださって結構ですよ」
「は、い?」
「聞こえませんでしたか、ランドマーク君。頭だけでなく耳までお悪いようですねぇ」
ゴーシューの非情な言葉により、自身が完全に捨てられたと悟ったランドマークらから、目の光が消えたような気がする。
(可哀想に)
絶望に塗れたその顔は、到底言葉では言い表せそうにない。
「ランベール! 私のことはいいから、逃げて! そいつはバエルっていう強力な神殿守護者だよ! 今の君じゃ勝て――ふぉうふぁ!」
「ふふふ、甲斐甲斐しい少女というのは嫌いじゃありませんよ、ラスティさん。ですが残念なことに、君は一つ思い違いをしています。結局のところあなたが居ようと居まいと、あまり関係ないんですよ」
「――ぷは! それって、どういう意味かな!?」
「難しいことではありません。単純に今見張りをしている彼らは強いということです。第一等騎士ではありながら、実力は第一等聖騎士クラス。あの銀髪男がいくら強かろうと、彼らからは逃げられません。それこそ、彼らを簡単に相手取る者がいるとすれば、あの姿なき英雄くらいのものです」
「姿なき、英雄……?」
「ええ。英雄です」
ラスティとゴーシューが何やら言葉を交わしているが、途中口を塞がれてから俺の方まで聞こえてこない。
というか、そっちに気を逸らせない状況だ。
この蜘蛛か山羊か分からん神殿守護者――ラスティの叫び声がちょっとだけ聞こえたが、バエルだっけ――は、図体がでかいくせに動きはやけに俊敏に思える。
まさか俺の反撃に出遅れたくせに、鉄鍋を弾いてくるとはな……どういう攻撃方法をしたかは分からんが、あの攻撃は俺の目でも捉えることはできなかった。
目を離すと殺られる危険性がある。
「おい、ランドマーク! ……あと他の雑兵ども」
「雑っ――、貴様!! このパール家の次男に向かって、なんという口を!!」
「うるせぇ! そういうの良いから、話を聞けって! 名前知らねーんだから、仕方ないだろ!?」
俺がそう怒鳴り返すと、ぬぐぅと唸って次男坊が黙る。
よし、この短髪白髪は次男坊でいいや。
もう1人の茶髪男は確か、どこぞの三男坊だったか。じゃあ、コイツは三男坊だな。
「いいか、今あのバエルていう神殿守護者が襲ってこないから大丈夫だが、その内俺たちが大したことないのがバレて、襲いかかってくるかもしれん! 見ただろ、最初にやられた奴らを? 一瞬で風穴を空けられていた……あれじゃ、回復魔法を掛ける暇すらない。お前らが自殺願望者じゃないんなら、俺と協力しろ!」
「わ、分かった! 業腹だが貴様に従う! な、何をすればいい?」
「お、俺も三男坊として死ぬわけにはいかねぇ!」
「よし、いい心構えだ。ランドマーク、あんたはどうだ?」
「私は……」
俺がそう言うと、ランドマークはさっと目を逸らす。
よっぽど、信頼していた上官に裏切られているのが堪えているらしい。
だが残念ながら、俺がこのランドマークを見捨てるという選択肢はない。
「おい、はっきりしろ。あんたが了承するかどうかによって、アイツに勝てるかが決まるんだ!」
「な、何を言って……」
俺の言葉に信頼できないのか、ランドマークが怪訝な目で見返してくる。
仕方ない。別に隠すつもりもなかったから、言おう。
俺がなぜコイツらを助けるため、広間に入ってきたのかを。
「お前の剣だ、ランドマーク。俺はそれが欲しいから、助けに入った」
俺はランドマークが握っている片手剣を指差して言う。
「それ、今は眠っているがドラドールという魔剣のレプリカだろ?」
「っ、何故それを!? これは私と、譲渡してくれた商人しか知らないはず……!?」
「ちょっと剣とかには目敏くてね……つか、それよりもだ、俺はそれが欲しい」
「はぁ!?」
ランドマークが素っ頓狂な声を上げると、次男坊と三男坊がいきなり俺に剣を向けてきた。
「き、貴様! ランドマーク卿の剣を狙った簒奪者だったのか!?」
「違う。……いや、確かに違ってないか」
「何ぃ!? 許せん! ランドマーク卿、早くコイツから離れてください! あのバケモノの前に、コイツが牙を剥くやもしれませぬ!」
「あー、もうッ、ややこしいな!」
確かに言い方がよろしくなかったのは認めるが、そこまで敵視しなくてもいいだろうに。
こう見えても、俺は本当に王都で働いていた騎士だぞ? お前らより身分は高かったからな? もっとさっきみたいに敬えよ!
まぁ、今はイドヒに追放された罪人だけど……。
俺はどうしたもんかと思い悩んでいると、バエルがゆっくりと戦闘態勢に入ったのが、視界の端で映る。
おいおい、まさか……。
いや、そうだとしたら、逆に有利に……。
「悪いが、説明している暇はあんまなさそうだ。もちろん、納得してもらうための材料もない。つーか、信じてくれんだろ、どうせ。いいから、早くその剣を譲渡してくれ。レプリカとは言え、魔剣は担い手の許可がなければ譲渡不可の剣だ」
「っ、そこまで知って……」
「あー、もう、さっさと決めやがれ! ここで犬も喰わんプライドを守ったまま、俺と一緒に死ぬか! それとも、あの糸目野郎に泡吹かせるため、自分が生き残るために俺を信じるか! さぁ、どっちだ!!?」
「こんの、言わせておけば! ランドマーク卿に向かって、なんたる非礼だ、この下郎め!」
そう叫び、次男坊によって剣が振り上げられる。
(チッ、このバカが! 敵の前で乱闘をマジで始める気か!?)
俺はランドマークから視線を外し、咄嗟に拳を固める。
あまり戦力を減らしたくなかったが、こうなったら仕方ない。先にコイツを黙らせる!
しかし、俺の拳が次男坊の顔面に突き刺さるよりも早く、意外にもランドマークの声によって静止が掛けられた。
「よせ、パール卿! ……コイツの言う通りにするんだ。どのみち、私ではこの剣を扱いきれていなかった」
「ラ、ランドマーク卿!? いいんですか!?」
「そうですよ、コイツはただ貴方の剣を欲しがっているクズですよ!?」
「良い……私達が助かるなら、何でもやるべきだ。プライドも見栄も捨てず、この場で死んでやることこそ、本当に馬鹿らしい事だと私は思う。自分の家柄なんぞ関係ない、外聞だってどうでもいい! 私は一人の人間として、男して……! あんなクソ糸目野郎に好き勝手扱われるのは御免被る!」
「「っ!!?」」
そのランドマークの叫びに、2人はついぞ黙ってしまった。
俺に対し振り上げていた剣は、いつの間にか地面を向いている。
そんなランドマークの啖呵を聞いて、ひゅ〜と軽やかな口笛をカイデンが鳴らした。
「言うねー、アイツ。悪口吐かれてますよ、ゴーシューさん」
「ふふ、もう少し前から、あれくらいの胆力を見せて欲しかったですねぇ。部下いびりしかできないと思っていましたよ」
「はは、今怒鳴ったのも、一応部下なんですがね」
(クソ、マジで観客気取りだな、あの野郎ども)
「これでいいか?」
「ああ、譲渡は完璧だ」
広間前から、ゴーシューらのそんなくだらない会話を聴きながら、俺はランドマークより剣を譲渡してもらう。
魔剣――それは魔力を帯びるだけでなく、それ単体でアビリティを発揮できる剣。ある剣は魔法が封じられ、ある剣は時空切り裂くものもあるという。
この魔剣の原点であるドラドールは厄災を齎す魔剣で有名だ。
しかし、レプリカであるコイツ自体の効果は、かなりシンプルとなる。
――斬撃の魔法攻撃化。
どれだけ保有者に魔力を込めなくても、純粋な膂力だけで振られた斬撃は、全て魔法攻撃として昇華される。強く斬れば斬るほど魔力は上がり、弱く斬れば斬るほど魔力は弱くなる。
今の呪いにかかった俺にとって、これとない相棒だ。
「新鮮だな……こうしてガキの頃に鍛えた剣を握るってのは」
さて、俺がかつて作った魔剣もどき、とくと味わってもらおうか。
お前も、楽しみだろ? シュード・ドラドール3世。
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