12.神殿守護者、その正体は
「ランドマーク君、それにカイデン君。魔力探知をしてください。狙うは天井……ですかねぇ」
「ゴーシュー、我は」
「シエン君は警戒態勢に入っていただくだけで問題ありませんよ」
ゴーシューの号令により、すぐさまランドマークとカイデンの2人が、正反対の方角を向き、目を閉じて魔力探知に集中を始める。そして俺たちと合流してから、ほとんど喋っていない謎の長髪男が静かにゴーシューの前に立った。
中々に素早い采配だ。それに的確でもある。
このエリア全体を神殿守護者が徘徊しているのだとすれば、不意打ちを突かれることもあるかもしれない。それにやけに高い天井付近を警戒するのも理に適っていた。
これだけ俺達が徘徊して接敵していないということは、普通の通路を使っていないのだろうしな。
やはりこの男は油断できん。
「……まずいですぜ、ゴーシューさん。マジで何かが上で這い回っていやがる。これに気づかなかったんですかい、俺たちは……?」
数秒経って、カイデンが先に何かを見つけたらしい。
続けて――。
「ゴ、ゴーシュー卿! 申し訳ありません! 私の方でも探知できましたが、その!」
『FGOoo……逆探知されたか』
「そのようですね」
「――――っ!!」
青ざめるランドマークをよそに、ゴーシューはそれでも笑みを絶やさないでいた。
(思ったよりも、懐が広い男なのか? このゴーシューという男)
さっきから物腰は柔らかいが、上層の騎士にしては珍しい。普通なら、自分より爵位が下の部下ならば、叱責どころではすまないだろうに。それとも、このランドマークという男の家は、それほど爵位が高いのか……。
まぁ今は他人の爵位など、どうでもいいことだ。
神殿守護者がエリア全体を徘徊するということは、このエリアの何処かに神器が隠されているということ。もしくは、神殿守護者を倒さないと出現しないギミックになっているかもしれないということ。
いずれにせよ、神殿守護者をどうにかしなければ、これ以上は先に進めそうにない。
少しリスキーだが、もう少しだけゴーシューらと共に様子を見るべきか……こいつらが騎士でなければ、共に戦うのも視野に入れたんだがな。
「ランドマーク君とカイデン君はそのまま敵存在を補足し続けてください。逆探知されても構いませんので、決して逃さないように。それでは残った者で迎撃に入りましょうか」
俺が出方を伺っていると、ゴーシューはそう言い、新米騎士らの方へと視線を投げる。
「そうですねぇ……あなたと、あなたと、そこのあなた」
「え、我々ですか?」
「はい、先陣を切ってください。まずは相手がどんなものか知りたいので初撃は受け止めるように」
「なっ!? 我々は第五等騎士ですよ!?」
名指しされた新米騎士らは、見るからに狼狽えた。
ま、当然だろう。
第五等騎士は騎士の中で最も位が低く、また実力も乏しいと判断された階級である。
ゴーシューも言っていたが、騎士見習いから卒業して日も浅く、また経験も乏しい新米達だ。魔物との戦闘なんて騎士学校で学んだか、過保護な親同伴で狩猟として嗜んだくらいだろう。命をかけた実戦なんて、やったことすらなさそうだ。
「目標敵存在、こっちから来やすぜ! 残り100メートル!」
「何をしているのですか? これが帝国との戦争だったら、あなた達の迷いが敗戦に繋がるんですよ。私はそんな風に教えた覚えはなかったんですがねぇ……まだまだ教育不足だった、ということでしょうか」
「っ――――い、いえ! とんでもありません!」「おい、行くぞ!」
「あ、ああ! やってやる……やってやるさ!」
『?』
よく分からんが、ゴーシューの今の一声で、どうやら新米3人はやる気を出したらしい。
1人がカイデンの前に立ち、残り2人が横並びで最前線を張る隊形。2人が前に出ることで敵からの攻撃を分散し、その隙に真ん中の彼が器用に対処する思惑だろう。
しかも後ろには、この隊の中で明らかに力があるように見えるカイデンが控えている。万が一、自分たちが漏らしたとしても、カイデンにフォローを入れてもらえる範囲だ。
「残り30メートル! 気張れよ、新米ども。これが初陣だ!」
「は、はい! クソッ……こんなところで、死んで堪るか……!」
「い、いくぞ……! 姿を現した同時にお互いに横へ散るんだ……!」
「来るな、来るな、来るな、来るな、来るなぁ……!」
呪詛のような言葉を言い連ねる新米3人などお構いなしに、どうやら敵は無慈悲にやって来たらしい。
魔力探知していたカイデンが続けて叫ぶ。
「残り5メートル! ……3、2、1――――目標、上だ!!」
カイデンの合図が飛んだ瞬間だった。
何かを感じ取ったらしいラスティが、フードの奥で息を呑んだのが聞こえた。
「ッ、今すぐ退かせて! アレは駄目だ!!!」
しかし、そのラスティの忠告よりも早く――
「へ?」「あ?」
――通路の両脇へと跳ぼうとした新米2人の胸に、とつじょ風穴が空く。
「う、うわああああああ!」
真ん中に立ち、攻撃を加えようとしていた新米が、その凄惨な一瞬を見て恐慌に陥った。
すぐさま己も逃げようとするも、また見えないナニカによって、そいつの胸も貫かれる。
残ったのは、床にぶち撒けられた肉と骨と皮だったもの。人体の中に詰まっていた臓器らしきものが、空けられた穴から溢れ出し、地面にぶち撒けられている。
「ふむ……ゴーシューさん、こいつは思った以上にヤバいかもですぜ。あっという間に全滅だ」
目の前で部下が死ぬ様を見ていたカイデンが、無警戒そうに後ろを振り返ってきた。頬を部下の血で濡らしながら、それでも落ち着いた態度で。
見れば分かる。
今この男は、助けようと思えば助けられた部下の命を、即座に見殺しにした。手を伸ばせば助かったであろう命を、助ける気も起きなかったと言わんばかりに無視してみせた。
そしてそれは、この采配を下した男も同様らしい。
「一瞬の出来事でしたねぇ。まさに早業と言えるでしょう。……仕方ありません。敵存在もあやふやなままでは立ち向かうこともできませんし、もう3人くらい様子見をしてもらいましょうか」
「GAO!? ま、待って! そんなぽんぽんと簡単に相手させたら、また死んじゃ――」
「私の部下ではないとは言え、従騎士ごときが、騎士である私に口答えですか?」
「っ!!?」
ゴーシューの穏やかな笑みに気圧されたのか、ラスティは何も言えず一歩、二歩と後ずさってしまう。
どうやら前言撤回をしなければいけないらしい。
懐が広い男? 上層の騎士にしては珍しい?
いいや、ゴーシューという男は歴とした騎士であり、貴族らしい性分をしている。
ここは反抗してしまったラスティのフォローを入れないと、疑念を持たれ続けるな。
『FGOoo…………許せ、ゴーシュー卿。当方の従騎士は仲間が殉職する姿を見たことがない故、気が動転してしまっているようだ……構わず続けてくれ』
「ちょっ、ウォー……ランベール卿まで何を言って――」
「ええ、承知しておりますとも。では、あなたと、あなた。……あと、ランドマーク君。君も行ってください」
「えっ」「――ひぃぃ!」「私、もですか……!?」
次に名指しされたのは、さっきよりも位が一つ高い第四等騎士2人と、第三等騎士であるランドマークだった。
第五等騎士の3人が死んだことにより、残ったゴーシューの部下は第四等騎士の彼らが最も低い階級となるから、まぁ予想できたことだ。
「ゴ、ゴーシュー卿、どうして……? 私は第三等騎士で、あなたに3年も仕えてきたというのに!?」
「どうして、とはどういう意味です? 私は適任だと思う人材を、的確な場面で投入しているつもりなのですが。それともランドマーク君には、これが私情の挟んだ采配だとお思いで?」
「っ、い、いえ、そんなことは、ありま……せん」
「では、命令に従ってください」
「…………はい」
必死に抗議をしていたはずのランドマークが、唐突に声を萎めて踵を返す。向かうのは、さっきゴーシューによって名指しされた第四等騎士たちのところ。
彼らは彼らで、何か醜い言い争いをしているようだった。
「お、俺はパール家の次男だぞっ。こ、こんなところで死ぬわけにはいかない男だ! お前が前線に立て! 俺が後ろから、え、援護をしてやるから!」
「なっ、俺だってサレヴァス家の三男だ! お前の家より身分は高い! 安全な配置には俺がつくべきだ!」
「三男の分際で、家の爵位を持ち出すってのか!?」
「それを言うなら、貴様だって家を追い出された次男であろうが!」
「やめろ、お前ら!!! 一人だけ安全な配置などあるものか! ……いいから早く、ゴーシュー卿の言う通り配置につけ。これは命令なんだぞ」
「「っ!!?」」
さっきとは打って変わった様子のランドマークに、言い争いをしていた第四等騎士らも黙ってしまう。
互いに顔を見合わせ、厳かな表情を浮かべる3人。空気は重く、静まり返っていた。
しかし、そんな状況下でも、ランドマークは魔力探知を怠っていなかったらしく、敵存在の位置を逐一口頭で発し続ける。
「――――上で北東へ移動。次に南下……どうやら下に降りてきたようだ。何かを通って、いま奥の広間へ入った」
ランドマークの言う通り、奥の広間に着けられていた灯りが全て消える。
どっぷりと闇が落ちたそこを見ながら、片方の第四等騎士が恐る恐る聞いた。
「ど、どうしますか?」
「無論、突っ込む。相手が明かりを消したのだ、その闇に乗じるのが良いだろう。……お前たちは侵入と同時、広間の左右に散れ。私は正面から行く」
ランドマークらは息を詰まらせながら、何とか奥の広間への入り口に近づく。
そこから静かに暗闇を覗き込み、耳をそば立てた。
「よく聞け、お前たち。私はもう魔力探知を切ってある。これ以上しては、逆にこっちの動きがバレるからな……だから、広間のどのあたりにいるのかは分からん。誰が狙われたとしても、お互いに恨み合わぬようにしよう」
「う、うぶ……はい……」
「わ、わかりました」
どうやら突入する作戦が決まったらしい。
3人は、いつでも抜剣できるように、腰にぶら下がった剣の柄を力強く握る。
「では、せーので行くぞ……」
ランドマークの命令に、第四等騎士の2人も覚悟を決めた表情で頷いた。
目の前には、暗闇に飲み込まれた広間へと続く入口。3人が横並びになり、冷や汗を流す。
「せー……」
「「のっ!」」
そう言って、ランドマークたちが合図をした時だった。
3人全員が最初は大きく一歩踏み出し、抜剣する。
「「「っ――――!!?」」」
刹那、彼らは同時に固まった。
一瞬の後、ランドマークを含めた全員が、なぜか一斉にこちらに振り返る。そして神殿守護者が入った奥の広間ではなく、俺たちの方へと逃げ出そうとした。
震える手で剣を掲げ、必死の形相で。
静かに笑うゴーシューに向かい、目尻に涙を浮かべながら駆けようとするランドマークたち。
だが、その蛮行を許さない男がいた。
「はぁあ……やっぱり最近の若い奴はダメだ。戦争を経験していないから、すぐに命令違反を犯す」
「か、カイデン卿!?」
方向反転した彼らの前に、いつの間にか立っていたカイデンは、呆れたようにため息をつく。
抜き身になっていた戦斧を片手で悠々と振りかぶり、冷えた声でカイデンは言う。
「ランドマーク……テメェはいつも口だけが達者で、いざって言う時の根性がねぇ……だから、こういう時に足切りされんだよ」
「な、にを……まさか、まさかまさか!!? ふざ、ふざけるなああああああ! カイデンンンンンンンンンンン!!」
斧の風圧によって広間へと飛ばされる3人。悲鳴を上げながら、転げ回る音がする。
すかさずカイデンが着火道具で松明に灯りをつけると、それを彼らが転んでいる場所へと放り投げた。
薄らと光に照らされる3人は、無様に床に転がっていた。すぐさま敵に反応するため、立ちあがろうともがいているのが見える。
しかしその時、ランドマークらの上に巨大な影が迫っているのが見えた。
広間の奥から、ゆっくりと、しかし確実に、何やら鉤爪のようなものが伸びている。その爪は、まるで死を司る者のように冷たく、無慈悲なように見えた。
ランドマークは恐怖に凍りつきながらも、剣を握りしめた。なんらかの防御魔法を展開しているようにも見える。
しかし、いよいよ彼らの脳天へ、鉤爪が振り下ろされそうになった時――
――俺は奥の広間へと突撃し、それを蹴り返していた。
「ランベール、卿……?」
「チッ、鉄鍋を掠めたか!」
残念。相手の攻撃が、俺の被っていた鉄鍋にあたってしまったらしい。
鉄鍋は広間の奥へと吹っ飛び、掛けられていた変身魔法も解けてしまう。
なにより最悪なのは、ずっと隠していた俺の顔が敵さんの眼前で顕わになってしまったことだった。
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