11.いつも頼りになるなぁ




【シルヴェスタ視点】


 ふぅ、なんとか騙せたな。

 

 ゴーシュー率いるコークシーン騎士団を見ながら、俺はそう思った。

 俺の騎士服は王都直轄ロンデブル騎士団にのみ許されたものだ。地方直轄のコイツらからしたら、さぞ立派な身分に映っていることだろう。


 じゃなきゃ、ねぇ?

 この変装はいささか無理やりすぎる。なんでバレていないのか、不思議なくらいだ。


 今の俺の姿を率直に言うと、騎士服に鉄兜を被っただけの変態、である。


 隠遁の鉄兜にただの騎士服。帯剣もしていなければ、鎧すら身に着けていない。

 普通、おかしいと思わないか? 服に鉄兜だぞ? なんでコイツ、ヘルメット被ってるんだろ?ってなんだろ。

 

 しかもこの隠遁の鉄兜、ラスティが変身魔法で偽装しているだけで、実際はただの鉄鍋だ。見た目はそっくりにできているが、なんの効果も発揮していない。

 それを俺が被って、あたかも隠匿の鉄兜のように気配を消して動いているだけ。

 もう一度言おう。


 今の俺は、騎士服に鉄鍋を被っただけの変態である。


 …………。

 どうしてこうなったんだ。

 

 いや落ち着け、シルヴェスタ。たしかに、シドニー・T・ランベールという騎士は実在する。なんなら、そいつは万年鉄兜を被っている変態騎士で有名な奴だし、間違っちゃいない。変装するにはうってつけの相手だと言うことも、十二分に理解できる。

 

 でも、それでもなぁ……なんで騙せてるんだろう(遠い目)。

 俺が変態を真似ても、違和感ないってことなのかなぁ……。


「GAO……えっと、一番偉い人に挨拶だっけ、一番偉い人って誰だろう……あの目が一本線の人かな? すご、あれで外見えてるんだ……」


 俺が鉄鍋の奥で、遠い目をしていると、ラスティがいつの間にかゴーシューを見て、ぶつぶつと何かを言っていた。

 というか、声を出して言うな。聞こえたらどうするんだ。 


「ん、んん! よし、は、初めまして、です! ゴーシュー卿」


 ぎこちなさが抜けてきっていない様子のラスティが、そう言って頭を下げる。

 ラスティに少しだけ目上の人間との話し方を教えたが、こればっかりは一朝一夕で身につくものでもないしな。

 仕方ない。とりあえず、フォローを入れていこう。


『FGOoo……コイツは当方の従騎士だ。あまり外に連れ歩かないのでな、この通り少々礼儀がなっていないところがある。だが迷宮探索において役に立つ故、中まで連れてきた』

「ほぉん、従騎士ってことは、そいつ平民なんですかい? 道理でみみっちい姿をしてますね。……こんな奴、本当に使えるんで?」

『貴殿は当方が信じれぬと?』

「――っ、いや、足引っ張らないならいいんですよ、別に」


 いかん、思わず睨んでしまった。

 カイデンが「ひぃ、おっかね」と言いながら、そそくさと身を引く。


 さすがに今のは王都の騎士らしくなかった。

 軌道修正だ。軌道修正。


『FGOoo……威圧するつもりなどなかった、許せ。当方もこの神殿迷宮の最深部の部屋を目指している1人だ。貴殿らと道は同じ。ここは協力するべきだと思うのだが、なにか手がかりがほしい。……そちらのマッピングしたものなどあれば、寄こしてくれないか』


 丁寧なように見えて、高圧的に、なるべく上から目線で。

 俺はそう心掛けながら、ゴーシューたちへ命令とも取れる言を吐く。


「ええ、それは構いません。ですが、私どものほうにも、卿らがマッピングした地図をいただいてもよろしいですか? こちらも半日練り歩いておりましてねぇ。もしかすると、シドニー卿しか通っていない場所があるかもしれません。後学のためにも拝見したいのですが」

『……いいだろう』

「では、お先にこちらの方から。ランドマーク君」

「は、はい! おい、さっさとマッピングした地図を寄こせ!」


 ランドマークと呼ばれる男が、新米騎士から地図を半ばひったくるよう受け取ると、それを俺に仰々しい態度で渡してきた。


『FGOoo……なるほど、当方より奧へ進んでいるものの、行き止まりしかないのか』

「そうなりますねぇ。魔法によるギミックも見当たりませんでした」

『つまり、隠し扉が何処かにあると?』

「私はそう睨んでいます」


 ゴーシューが重く頷くと、後ろで手を組んだ。

 なるほど、これもラスティが言っていた通り。


「では、失礼ながらシドニーさんの地図も見せていただいてもよろしいですか」

『FGOoo……あぁ、ラスティ』

「え、あ、地図だ、ですね!」


 今この娘、絶対話を聞いてなかったな。

 俺が地図が欲しいと思って振り返ったら、杖いじってたし。


「GAOH……あった、はい!」

『FGOoo……ゴーシュー卿、好きに検分してもらって構わん』


 俺はもうラスティに突っ込むのも、フォローするのも面倒になり、投げやりにゴーシューらへ渡す。

 ゴーシューがその地図を開いてみると、糸目だったはずの彼の眼が、わずかに開いた。


「これは――」

「ん? どうしたんですかい、ゴーシューさん。なにか大事なもんでも――……って、おいおい、まじか」


 固まってしまったゴーシューとカイデン。

 何か気づいたか? いやまさか、俺たちの地図を見て何かに気がつくことなんてないはず……だが、二人はすぐに再起動すると、俺の方を見てきた。


「失礼、こちら何か暗号のようになっていますが、どのように見ればよいでしょう? 見たことない暗号ですねぇ、王国円文でしょうか?」

「いや、それにしてはルールがごちゃごちゃですぜ。これはあれじゃないですか、線暗号とか」

「何を言ってるのですが、お二人とも! 王国の暗号と言えば、ランドール暗号です! このランドマーク、もとは情報騎士隊におりましたから、解読は得意です! あれ、Rの文字が見当たらない……」


 あー、なるほどなるほど。

 そりゃまぁ、驚くよね。俺も最初は驚いたもん。

 

『……すまない、それは素で下手なだけだ』

「はい? 下手暗号というのですか、これ?」

「ははは、まさか。そんな暗号聞いたこともないですぜ。きっと暗号を作るのが下手とかそういうやつでしょ」

「むむ、ではやはり、これがRの文字では……?」

『……残念ながら、どれも違う。純粋に絵心がないという意味だ』

「「「……」」」

「GAO、いやこれは、そのー……何と言いますかぁ……えへ、あはは〜……」


 絶句する二人。

 それをただただ沈黙で返す俺。

 そして、後ろで恥ずかしそうに顔を赤らめ、冷や汗を流しながら目をきょろきょろさせるラスティ。


 ……すごいよな、魔女って。

 自分以外、解読不可能な暗号を一瞬で作り上げられるんだぜ?


「……そうですか。では、私とあなた方のマップをあわせて、隠し扉がありそうな場所を導き出すことはできそうですかね?」


 あ、こいつ諦めやがった。


『良いのか?』

「ええ、私にはその高尚なマップを理解できそうにありませんから」

「へ、へぇ~、こ、高尚なんだぁ……」


 さっきまで一方的に情報を渡すのを嫌がってたくせに、ラスティの地図を返すゴーシュー。

 遠回しの皮肉に気が付かないのか、それとも気が付いた故の恥じらいか。ラスティは手をもじもじとさせていた。


『FGOoo……ラスティ』

「っ、GAO、少し回復したらかいけるです」

『そうか。では、貴殿らも少し下がれ』


 兎にも角にも、さっさと最深部にある部屋を見つけないことには話が進まない。

 俺はゴーシューらを二歩下がらせると、自分も半歩ラスティの後ろへ移動する。

 少しだけ警戒心を孕んだカイデンの視線に気づかないふりをしながら、俺はラスティに目配せで合図した。


「ふぅ……構造を明るみにせよライ・ハルンダード


 ラスティが最後に短杖を振ると、宙にこの神殿迷宮の模型が転写される。

 魔力だけで象られた小さな神殿迷宮。

 その再現性は非常に高く、半透明で作られているため内部までしっかりと見ることができた。


「なるほど、転写魔法の一種ですか。あると便利な魔法ですが、随分とマニアックですねぇ……これを使う人も久しく見ました」


 ゴーシューは興味深そうにしながら、ラスティの作った神殿模型をまじまじと眺める。

 側から見ると、どこか薄ら寒さを感じてしまう目だ。


「それで、これを作っただけで終わりではありませんよね? なにか分かりましたか、ラスティさん」

「え、なにかって……――――ちかっ!?」

「ふむ、意外とお奇麗な顔をしていますね」


 すると突然、ゴーシューがラスティの顔を覗き込むように尋ねた。

 ラスティが急いでフードをさらに深く被り直す。


『FGOoo……戯れはそこまでにしていただけるか、ゴーシュー卿。彼女は私の従騎士だ』

「”たかが”従騎士でしょう? なにをそこまでいきり立つ必要があるんでしょうねぇ。王都の騎士にしては、少し余裕が足りないのではないですか、シドニー卿」

『……なにが言いたい』

「いえいえ、特に他意はありませんよ。お気に障ったのなら謝罪しましょう。彼女に対しての非礼も詫びましょうか?」


 クソ、こいつ分かっていて言ってやがる。


 ここまで下手に出られたら、追求しようにも、自分でそれが急所だと教えているようなものだ。

 第一、クソ貴族どもは、相手が自分より下だと誠意を見せてきたとき、下手に攻撃をしない。それこそ、特定の気に食わない相手以外はどうでもいいというスタンスを貫く。


 ふぅ、落ち着け。ここで手を出したりしたら、それこそ俺がゴーシュー自体を気に食わないと言っているのと一緒だ。ここで角を立てる必要もないし、その原因が従騎士役のラスティというのは非常にまずい。

 別にバレたわけでもないんだ。変に事を荒立てるな。


「っ、わ、分かったかも!」


 俺が鉄鍋の奥で自分をたしなめていると、唐突にラスティが声をあげた。

 半ば叫びに近いそれに、俺はゴーシューから視線を外して、ラスティを見る。


『FGOoo……本当か、ラスティ』

「GAO、あ、はい……多分この神殿迷宮には、最深部の部屋がないんだと思うです」


 彼女がそう言えば、少し後ろで聞いていたカイデンが、額に青筋を浮かべる。


「はぁ? 何言ってんだ、こいつ。神殿迷宮は普通、最深部の部屋があって、そこに神殿守護者と呼ばれるものが神器を守ってんだぜ? 神器がない神殿迷宮なんざ存在しなけりゃ、当然、それを守る部屋も守護者も存在してる」

「GAO、別に神殿守護者とか、守るための部屋がないなんて言ってないよ、です」

「はぁ? さっき最深部の部屋がないって言ったのは、お前だろ?」

「そうだよです。でも、それは皆んなが思っているような最深部の部屋がないって意味であって」

「なるほど、そういうことでしたか」


 ゴーシューの頷きと共に、俺もラスティが何を伝えたいのか漸く理解することができた。

 俺達はどうやら下手な先入観に囚われていたらしい。 

 これは神殿迷宮の常識を知っていれば、あり得ないと思ってしまうこと。というより、まず考えようとは思わない可能性だ。


 でも、ラスティがマップを照らし合わせた結果、それしかないと思ったのだろう。


『FGOoo……つまり、ラスティ。このエリア全体が、当方らの思う最深部の部屋そのものだった、ということだな』


 俺はやけに高い天井を眺めて静かに言う。

 このエリア全体が最深部。通りでエネミーやギミックがほぼ皆無だったわけだ。

 神殿守護者本体が徘徊しているのだから、他の雑魚エネミーなど、この神殿迷宮に配置されているわけがない。

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