10.変装のコツは恥ずかしがらぬこと




【Side コークシーン騎士団】


 シルヴェスタらが身を隠して少しした頃。

 ここで一度、シルヴェスタとラスティから視点を外し、彼らが目撃した騎士たちへと当てる。


 彼らはコークシーン騎士団の小隊であった。

 隊長を務めるのは糸目の男――ゴーシュー・ベネ・アーノルド。

 副官を務めるは、豪快さと無精髭が特徴的な、カイデン・ラ・グーテンベルグ。

 

 彼らは神殿内を無闇に彷徨っているわけではなかった。神器が眠るとされる最深部の部屋。そこへの入口が見つからないが為に、何度も通った道を行ったり来たりを繰り返していた。

 

 神殿迷宮に入ってから、おおよそ半日。

 それが彼らの彷徨っている時間である。

 等間隔に並べられた石像のオブジェにも、不規則な石で作られた石畳にも飽き飽きしていた頃。隊長ゴーシューが、おもむろに部下へと投げかける。

 

「さて、カイデン君の幻聴は置いておくとして……まだ入口は見つかりそうにありませんか? もうそろそろ、半日はこうしているように思いますがねぇ」

「も、申し訳ありません、ゴーシュー卿! 今しばらく、今しばらくお待ちください! おい、お前たち、何をのろのろやっている! いい加減に最深部の入口くらい見つけないか!」

「ランドマーク君は、元気だけは良いですねぇ」


 ランドマークと呼ばれた部下の騎士は、大粒の汗を垂らしながら深く頭を下げると、さらに下の者へと叱責を飛ばすべく、軽く前に先行している男らへと駆け寄って行った。

 ゴーシューが、そんな光景を絶え間ない笑みで眺めていると、横から豪快な男であるカイデンに話しかけてくる。

 

「あーあ、ダメだ、ありゃ。今時の新人は使えんですな、ゴーシューさん」

「あまり部下の愚痴を、本人達の前で言うものではありませんよ、カイデン君。私たちにも新人の時代はあったのですから、寛大な心で見ましょう」

「へっ、良く言いますぜ。この中じゃ、旦那の腹が一番黒いくせに。どうせ帰ったら、あいつら全員、再教育送りにするんでしょ?」

「さぁ、それはどうでしょうねぇ。私も君も、あまり暇という立場ではありませんから。彼らが正しき力を欲するというのなら……まぁ、考えても良いとは思っていますが」


 ゴーシューは、今なお目の前で繰り広げられている失態の押し付け合いを、にこにこと眺めながら呟く。

 カイデンは「欲するなら、ね」と意味深に顎を摩った。


 すると、何かに気がついたのだろうか。

 さっきまで呑気にゴーシュート会話をしていたはずのカイデンが、なんの前触れもなく、背中に掛けてあった戦斧の柄を握った。


「――――、旦那。奥の方、誰か来やすぜ」

「ほう」


 カイデンの目線に釣られて、ゴーシューも部下たちの醜態のさらに奥。長く続く通路の闇から、うっすらと誰かが歩いてくるのが見えた。

 

 かこん、かこん。


 近づいてくる革靴の音。

 歩いてくる姿はまさに幽鬼。

 そこにいるはずのに、そこにいないような気もする曖昧で朧げな気配で、その男はやってきた。


 魔力探知を伸ばしてみてゴーシューもカイデンも初めて気がついたが、近寄ってくる男は、異様に魔力に乏しいようだ。それこそ、魔力を生成できない呪いにでも掛かっているかのように。

 されど、ゴーシューだけがいち早く気がつく。


「ほう、隠遁の鉄兜ですか。使っている人なんて久々に見ましたよ」

 

 なるほど、だから気配も朧げなのか、と横で聞いていたカイデンは納得した。

 

 ゴーシューの言った隠遁の鉄兜は、己の魔力を極端に封じることで、隠密行動の恩恵を受けることができるマジックアイテムである。少しでも魔力を漏らしてしまうと、すぐさまその効能は無くなってしまうため、非常に使い勝手の悪いマジックアイテムとしても有名だが、目の前に立つ男はそんなこと関係ないらしい。


 物言わず近づいてくる謎の男。

 カイデンはゴーシューを守るように、さらに一歩前に踏み出すと、それに倣い、慌てて他の部下たちも臨戦態勢に入ろうとする。

 しかし、暗闇より不気味に現れた男の全身が全て見えた瞬間だった。

 

「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」


 ゴーシューを除く全員が驚き、すぐさま片膝をつく。

 当然、戦斧の柄を握っていたカイデンも、その例に漏れてはいなかった。


「し、失礼しました! その騎士服は王都ロンデブル直轄――――騎士団本隊の騎士とお見受けします! まさか、このような場でお会いできるとは……!」


 カイデンを筆頭に、口々と片膝をついた騎士らからそのような言葉が飛んでくる。

 鉄兜を被った男が、煩わしそうに手をひらりと払えば――

 

『FGOoo……気にするな。当方は王都より、マトークシへ調査派遣されただけだ。其方の邪魔立てするつもりはない』


 ――と、くぐもった声で返した。


「調査派遣……ですかい? もしや」

「それはとてもありがたいですねぇ。まさか本隊である王都ロンデブル騎士団から、応援をいただけるとは」


 カイデンの言葉を遮るように、ここでようやくゴーシューが男へ語りかける。

 静かな笑みと同じく、穏やかな口調だった。


『FGOoo…………貴公は?』

「これは失礼。私この部隊を指揮しております、コークシーン騎士団 第一等騎士 ゴーシュー・ベネ・アーノルドです。どうぞお見知りおきを」

『……そうか。当方は王都ロンデブル騎士団 連長 シドニー・T・ランベールだ』


 兜でくぐもった男の名乗りに、ゴーシューは一瞬だけ目を見開く。

 カイデンらも、まさか、といった表情で唖然としているようだった。


「これはこれは失礼しました、ランベール卿。なにぶん私は田舎者ですから、少しマナーに疎いものでしてねぇ。先程までの名乗りもそうですが、ここへ入る時の非礼も踏まえ、心からの謝罪を」

『FGOoo……入口扉に仕掛けてあった魔法のことか。二度言うが、気にするな。あの程度の仕掛けは稚児に等しい』


 シドニーと名乗る男は、さらにゴーシューらへと続ける。

 

『それで現況は?』

「その前にお聞きしたいのですが、シドニー卿はこの神殿迷宮を攻略するために来られたので?」

『FGOoo……否、当方はただ騎士団総長に命じられ、この場に来た。神殿迷宮を発見したのは、ただの偶然に過ぎん』

「なるほど、そうだったのですね。であれば、私どもと変わりません。私たちも、遠征訓練の際にたまたま神殿迷宮を見つけたので、調査のために入った程度ですから。……ああ、情報共有でしたね、少々お待ちを。ランドマーク君」

「は、はい!」


 先程まで、自分のさらに下の部下へ怒鳴りつけていた男――ランドマークがゴーシューに指名されたため、慌てて返事をする。


「げ、現在、我々の隊は本神殿迷宮を調査するため潜入! 構造からして最深部間近と思われるも、そこに入るための経路が見つからず! 半日ほど近辺を調査探索し、あらかたのトラップおよびギミックは解除しましたが、それでも入口と思わしきものは、以前見つかっておりません!」

『……では、この部隊に魔法に秀でた者、或いは斥候ができる者は?』

「すみませんねぇ。コークシーン騎士団も毎年人手不足でして。私とそこの2人以外は、騎士見習いから騎士になって1年も経たない新米たちばかりなんですよ。それに私たちも、魔法はあまり得意な方ではありません」


 ゴーシューがそう言うと、カイデンが「うっわ」と小さく漏らしたのが聞こえた。

 だがシドニーと名乗る男は、あえてそれを聞き逃すことにする。彼にとっても、その方が都合良いと言わんばかりに。


『FGOoo……分かった。ならば、アイツは連れてきて正解だったわけだ』

「アイツ、とは?」

『……来い、ラスティ』


 シドニーが振り返れば、こちらも同じく暗闇から、とたとたと走ってくる少女がいた。

 

 水色の外套についたフードを目深く被っているせいで、顔は口から鼻しか見えない少女。いや、骨格や身長が少女と推測できるだけで、本当に少女かは怪しい生命体。

 そんな彼女が、シドニーの半歩後ろで立ち止まると、手に持っていた短杖をギュッと握りしめながら不安そうに呟く。

 

「えっと、もう出てきていいの……じゃなかった、出てきて問題ありませんか、ランベール卿」


 そのような不慣れさを醸し出す少女は、服装を変えども、まさしく只のラスティであったことをここに明記する。

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