9.騎士団からの刺客?




「――――いた。ここの通路を曲がったところ。こっちに近づいてきてる」


 ラスティがそう呟き、唐突に足を止めた。

 

(本当にラスティの言う通り来やがった……やっぱり凄いな、この娘は)

 

 さっきまで休憩していた給水スポットを出て、少し経った時だ。

『相手もずっと最深部を探してるみたいだから、待ち伏せしよう。多分ここら辺を通る』とラスティは言った。

 

 その言葉を信じ、俺たちは最深部に近いこの辺を歩きながら待ち伏せしていたが、本当に先に入った連中が戻ってきたらしい。


「GAO、じゃあ作戦通り、協力を申し込むよ」

「あぁ、異論ない」


 さて、ラスティと打ち合わせした通り、さっさと相手の前に顔を出してお願いするとしようか。

 入口扉に施錠魔法なんていう陰湿な嫌がらせをしてくる連中だ。こちらがちょっとでも気に食わないと感じる事をしたら、どんな難癖をつけられるか分かったもんじゃない。


 俺は神器で呪いを解呪させてくれれば、それで良いわけだし、協力の報酬としても相手もそこまで嫌な気にならないだろう。

 なんせ、神器自体は譲るわけなんだから。


 相手が通路を曲がってくるのを、今か今かと待っていると、不意に俺の鼻腔がある臭いを拾った。


「――――――っ!?」

「え、ぢょ――――、ふぉーふぁ!?」


 拾った臭いは、同族の――それも生ぐさい血の臭い。

 

 こちらに近づいてくる異臭を嗅ぎ取った瞬間、俺は咄嗟にラスティの口を塞ぎ肩を引いて、隠れるように石像装飾の影へと逃げ込んでいた。

 

 俺はすぐさま騎士服についてあった銀色のボタンを剥ぎ取り、それを石像装飾からこっそり出すと、反射で映り込む通路先を睨む。

 案の定、銀色のボタンに映り込んだ連中は、俺に最悪の結果を教えることとなった。



「あぁ? おっかしいな……ゴーシューさん、さっき何か音が聞こえんかったですかい?」

「さて、私には特に何も聞こえませんでしたねぇ。カイデン君の気のせいではないですか」

「我も同じく」


 

「……とんだ貧乏くじだ、クソッたれ……!」

 

 俺の呟きに抱えられているラスティは、不思議そうに見上げてくる。よりによって、俺達は最悪の連中を引き寄せてしまったらしい。

 

 ボタンの反射越しに見えた3人……いや、その配下も含め9人の隊で形成された集団。彼らの着る隊服には、ひときわ目を引く肩章が付けられていた。

 

 自然を思わせる深い新緑に、黄金の横三本線。 

 その土地では昔から王国内でも自然豊かな地方として有名であり、黄金の果実が採れると評判だったために付けられた証。


「ウォーカーは、あの人達を知ってるの?」

「誰かは知らん……だが、あいつらが何者かは分かる……王国南西部コークシーン地方直轄の騎士大隊――通称 コークシーン騎士団の連中だ」


 面倒なことになった。 

 コークシーン騎士団は、全7つある地方直轄騎士大隊のひとつだ。王都ロンデブル直轄の騎士団本隊より位はひとつ下がる部隊であるが、それでも地方の貴族らが多く在籍している主力部隊の1つである。

 

 あの肩章をつけているということは、連中は最悪なことにコークシーン騎士団本部に所属しているということなのだろう。普通は地方騎士大隊の下に、さらに都市中隊、村落小隊、と枝分かれして行くのだが、そんな肩章も見当たらない。

 どっかの小さい集落を守ったり、そこそこの都市を守ったりする衛兵とは訳が違う。

 しっかり、コークシーン地方の主要城塞都市に駐屯するエリート集団だ。

  

「内6人は第三等から第五等騎士か……行軍に慣れていないところを見るに新米か? 可哀想に、なんの目的か知らんが上官に振り回されてるな……」


 それよりも面倒なのは、あの上官と思わしき3人だろう。

 間違いなくあれは、第一等騎士の肩章だ。


 クソったれ、思わず悪態をつかずにはいられない。

 なんでマトークシという辺境の集落に、そんな位の高い騎士がいるんだ。

 ラスティには悪いが、普通ここみたいな田舎に派遣されるのは、精々が第三等までだ。しかも、それも複数人ではなく単騎で送り出されるレベルのはず。

 

 第一等騎士が徒党を組んで分隊を連れてくるのは、それこそ都市崩壊レベルの発災時か、帝国などと戦争状態にある時くらいなもんだろ。今ここにいることが、あまりに異質すぎる。


(いや…………もしかして、俺の存在か?)


 そうだ、忘れてはいけなかった。

 というより、いち早くその可能性に気が付くべきだった。

 たしか今のコークシーン騎士団をまとめる大隊長はイドの関係者だ……つまりこれは、イドヒからの差し金という可能性も考えられる。


 俺が解呪アイテムを求めて、マトークシに潜伏しているのがバレたのか?

 いや、奴のことだ。単純に追放だけでは飽き足らず、裏で俺を誅殺する企てをしていたのかもしれん。


 俺はちらりとラスティを見やる。

 彼女も俺が見ていることに気がついたのか、不思議そうに首を傾げてフード越しに見上げ返してきた。


(もし、俺のことを狙ってきた連中なら……上等だ。この娘の見えないところで、一人ずつブッ殺してやる)


 俺は人知れず、そう決意するのだった。


「GAO、まさか騎士さんだったとはね」

「――っ、あ、あぁ」

「ウォーカーは、相手が騎士さんだから隠れたの?」


 いつの間にか、ラスティも釣られるように、俺の出したボタンをまじまじと屈んだ状態で眺めていたらしい。意外にも、ラスティは平然とした声音でそのように聞いてきた。

 

 俺はさっきまで感じていた仄暗い感情を隠しながら、なるべく平坦な声を保てるように意識する。

 

「……ラスティは知らんかもだが、騎士は高慢ちきな奴が多い。見ず知らずの俺たちが協力を申し込んだところで、その場で切り捨てられるのがオチだと思った」

「GAO、知ってる。王国騎士は傲慢でプライドが高いもんね。私も騎士団の司祭に何度か後蹴りしてやろうと思ったことあるし。……でも同じくらい、身分差には厳しいでしょ?」

「それはそうだが……でも、あの騎士連中より身分が高いやつなんてここにはいないし……それに俺は――」


 と、ここで言葉が憚られた。

 今思うと、俺はこの娘に自分が、どのような境遇にいるのかを話していない。

 冤罪とはいえ、令嬢を襲ったという罪で騎士団や王都を追放された男だ。女の子であるラスティが聞いて、あんまり気持ちのいいものでは無いだろう。


 ラスティも俺が途中で話を止めたことに疑問を感じながらも、特に詮索するつもりはないらしく、話を続ける。


「別に、実際に高くなくてもいいんだよ。そう見えるだけで十分なんだしさ」

「? それはどういうことだ」


 俺が尋ねると、まだ気づかないの、と言わんばかりに、ラスティはフードの奥で目を細めて俺に人差し指を突きつけた。

 

「もー、まーた忘れてる。ウォーカーが着てる服はなにかな? その無駄に高そうな服は何のためにあるですかねー?」


 そう言われた俺は、自分の高そうな騎士服を見て「あ」と漏らすのであった。

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