8.またちょっと好きになる
「ラスティ、今どのくらいまで来たんだ?」
なんとかガーゴイルの群れを撒いた俺たちは、その後も探索を続けていた。今は給水できる場所まで辿り着き、少し休息をとっている最中である。
「この規模感からすると、もうすぐ最深部の部屋とは思うんだよね。でも、肝心の道が分かんないんだ」
「ふーん、どれどれ。マッピングしてたんだよな? ちょっと見せてくれ」
「いいよ。ウォーカーも怪しいところ探してみて」
俺はそう言って渡された地図を受け取る。
何かの魔物の革でできているのだろうか。質感がやけに硬い。
一瞬だけ、その肌触りに気がとられそうになったものの、今はラスティが書いた地図を見ることのほうが大切だ。さっと地図を広げると、そこに記載されているミミズが這い回ったような絵を俺は吟味した。
「ふむ……ラスティ。渡すものを間違えてるぞ。これは地図じゃなくて、呪われた絵だ」
「え?」
「だって、見てみろ。地図にしては線がやけに曲線的というか、なんだろこれ……めっちゃ線が折り重なって不気味で……あ、分かったぞ! これが邪神というやつなんだな」
俺がにっこり笑顔で「どうだ、正解だろ?」と言うと、ラスティが何故かフードの奥で涙目になった。
「……カ」
「か?」
「ウォーカーのバカ! アホ! クラーケン踊り!」
「痛い! なんでぇ!?」
意味もわからず、羽ペンで火傷した手を刺される俺。
どうやら話を聞いてみると、今さっき俺が呪われた絵といったものこそ、ラスティがマッピングした地図だったらしい。
壊滅的に不器用というか、絵心がないというか……魔法を扱う者としては、如何なものかと思わなくもない欠点である。
うん、これからは俺がマッピングしてあげよう、と俺は心の中で誓ったのである。
「と、とりあえず、最深部の部屋? そこへの道が分からないことには、神器は手に入らないってことか?」
「……GAO。神殿迷宮の最深部の部屋には基本、神殿守護者って呼ばれるものすごい強い敵が一体は配置されてるんだ。それを倒す=迷宮攻略って言っても過言じゃないよ」
「神殿守護者、ねぇ……他のダンジョンでいうダンジョンボスみたいなものか」
俺はそう言って腕を組む。
「目安でいいんだが、その神殿守護者の強さは大体どのくらいか教えてくれ」
「一概にムラつきがあるから、これっていうのは言えないけど……この神殿迷宮の規模なら、十中八九ヴノオロスよりも強いかな。今のウォーカーなんて瞬殺するんじゃないかな? ……ていうか、瞬殺されろ」
まぁ、流石に瞬殺というのは、ラスティが俺に対する嫌味の評価だとして、純粋にあのヴノオロスよりも強いのか。
ラスティは俺のことを親の仇でも見るかのようにぐっと睨むと、すぐさま息を吐いた。
「GAOH……ここからは大きく分けて二択になるんじゃないかな。まずは先に入った人たちよりも早く攻略を目指し、私たちだけで最深部の部屋を突き止め、神殿守護者も撃破する。もしくは――」
「先に入った連中と合流し、最深部の部屋を共に突き止めた上で、神殿守護者を共同撃破する……か?」
「だね。どっちが現実的かっていうと、圧倒的後者になっちゃうよ。今の私も魔力がちょっと心許ないし、何よりウォーカーは呪いにより魔力がゼロだもん。それに武器もないし」
あぁ、まさかこれだけあのクソ武器が欲しいと思うときがくるなんて思わなかった。
やっぱりヴノオロスと戦った時に、砕けず俺のために最後まで活躍してくれたからだろうか。いや、この感情はそれだけじゃないような気もする。なんせ数日も、マトークシの森で俺と共に戦ってくれたのだから。
これが、愛着というものか……。
「エクスカリバー3世……(泣)」
「GAO、意外だ……ウォーカーはそういうの気にしない人間と思ってたよ。よっぼど思い入れ深いの? 墓標まで立ててたくらいだし、恩人の忘れ形見とか?」
「いや、魔物の糞石で作った短剣だ」
「へぇ、魔物の糞石から作ったんだ、あの短剣……え、あれってウンコだったの!? てか、恩人は!?」
「ウンコじゃねーよ、糞石だって」
「おんなじだよ!?」
うんことは失礼な。
魔物の糞とは言っても、ただのウンコではない。あれはよく分からん蜥蜴の魔物から死に物狂いで採取したものだ。多分、魔鉱石とかを主食にしている魔物だったのだろう。妙に硬く、遠目から見ても魔力を帯びてそうだったので、採取したのである。
「そういえば、ラスティ。まだ聞いてなかったんだが」
と俺は神殿守護者、エクスカリバー3世と続き、あることを思い出す。
それはラスティと会った時のことだ。
「どうしたの、うんこソード」
「えー、さっきの地図のこと、まだ根に持ってんの……って、いや、それより俺と会った時のことだ。たしかラスティは呪いの裏技がどうのって言ってたことを思い出してな。それって結局なんなんだったんだ?」
そう、あの時ラスティは、呪いの解き方を教えると同時に、裏技があるということを言っていたと思う。
この神殿迷宮に来るまでの間、呪いについてや解呪については色々と教えてもらったのものの、肝心の裏技については何も教えてくれなかったような気がする。
だがしかし、ラスティは俺の疑問に「え?」と首を傾げた。
「GAOH……私、そんなこと言ったっけ?」
「え」
「裏技ってなんのことだろう……んー、私は解呪の方法を教えるって言っただけと思うんだけどなぁ」
ラスティは小首を傾げながら、フードの奥ではさも不思議そうに光瞳を揺らす。
俺の聞き間違いか?
いや、でも確かにラスティがそう言っていた記憶がある。
だが、ここに来てこの娘が俺に嘘をつく意味もメリットもないだろうし……んー……。
「まぁ、聞き間違えならいっか」
はぁ、俺も焼きが回っているのやもしれん。つい数時間前の記憶まであやふやになっているなんてな。ここ一週間、マトークシの森林でずっと神経をすり減らしながら過ごしていたせいだろうか。
頭をがしがしと乱暴に掻き、俺は気を取り直す。
「GAO♪ もー、ウォーカーは変なところで思い違いをするね! さっきの私の地図も、実はウォーカーの思い違いだったりするのかな? かな?」
「いや、あれは普通に呪われた絵だと」
「ん、なに? 私の地図がどうしたって?」
「…………ソレハモウスバラシイ地図ダッタカト」
そう言ってラスティは笑いながら、俺の肩をぱんぱんと叩くと上機嫌に立ち上がる。尻についた土埃を落とせば、ラスティは地面に置いてあった背嚢を再び背負った。
「さ、話がそれちゃったけど、どっちを選ぼっか? 先に入った人たちと合流するか、それとも先を越すために頑張ってみるか」
「ふむ……ラスティはどっちが良いと思うんだ?」
「え、私?」
「ああ。一緒に冒険しているラスティにも選ぶ権利はあるだろ?」
俺がそう問いかけると、戸惑ったようにラスティが下顎に指を当てる。
少しして。
「私は……合流した方が良いと思う、かな。神殿守護者の力がどれくらいかも分からないし、何より最深部の部屋は多分隠されてる……そこに辿り着くには、先に入った人たちの情報も欲しい」
そう結論を下した。
なるほど、まぁ俺としてはどちらもメリットもあれば、デメリットもある。どちらを選んでも破綻することのない選択肢だ。逆に言えば、どっちを選んでも良い。
ラスティが合流を選んだということは、それだけ神殿守護者は手強い可能性があるのだろう。
俺1人でも負ける気はさらさらないが、気力だけでどうにかなる問題でもない。ていうか、気力だけで呪いがなんとかなるなら、あの腐れ外道であるイドヒを、俺はさっさとぶん殴っている。
この娘が選んだ選択が必ずしも正しいとは思わないが、それでもより良い方向になるよう選ばれたことだとは信頼できる。
俺はそれだけ、この娘を買っているのだと思えた。
「だったら、そうしよう。今からは“先を追い越す“じゃなくて、“合流する“が目的だ」
「えっと、本当にいいの? 私なんかの意見に任せて」
「なに言ってるんだ、ラスティはすっげー頼りになるよ。"私なんか"じゃなくて、俺は"あんただから"信じたい。なんせ、俺なんかを助けてくれる優しい娘だしな」
俺も立ち上がって、最後に革水筒に給水しておく。
多分、これが最後の休憩となるだろう。先に入っている連中も、まだ最深部に辿り着けていないことは、ラスティの痕跡探しでわかっている。ずっと同じところをぐるぐると回っているらしいからな。
この給水スポットを出れば、いよいよ先に入った連中と接敵することになるだろう。
願わくば、変な連中――というか、騎士団の人間じゃないことを祈るばかりである。
「なんでそんなこと言うかなぁ……またちょっと好きになるじゃん……」
「ん? 何か言ったか、ラスティ?」
「GAO、なんでもなーい! えへへ」
ん? 確かに何かを言った気がするのだが、あまりに声が小さいために聞き逃してしまった。
やっぱり、変な娘でもあるな。
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