7.神殿迷宮を攻略せよ
焼き爛れた右手の応急処置をし、俺たちは神殿迷宮へと足を踏み入れた。
まさか扉に刻まれている古代文字を読み上げると開く仕掛けになっていたとは。ラスティ曰く、その読みあげるための呪文を、あの施錠魔法で分からなくされていたらしい。
俺が開けようとしたの、全部無駄じゃん……。
それを聞いたときのラスティの表情は、なんとも言えなかった。
……ぎぎぎ……。
物思いにふけっていると、さっき潜ってきた入口扉が勝手に閉まっていく。俺とラスティはそれを見て、再び前へと振り向いた。
神殿迷宮の入口扉――それを潜って現れたのはマトークシの森でなく、どこかの山岳地帯。その山陵部と思わき場所に建てられた大きな神殿の中であった。
「やっと入れたー! これこそ神殿迷宮と呼ばれる古代の遺跡。なんていうかー……これぞ感無量ってやつだね」
「今思うと俺たち、神殿迷宮にすら入れてなかったわけだしな。……気が滅入りそうになる」
「もう、なに弱気吐いてるの。冒険は始まったばっかり――て、ウォーカーは何してるのさ?」
「いや、体が欠損とかしてないかと思って確認をな……ほら、聞いたこと無いか? 転送魔法っていつの間にか、四肢のどこか無くなってる時があるらしいぞ」
「GAOH、いつの時代の話!? そんな迷信を信じてるウォーカーのほうが、よっぽど遺跡に見えるんですけど!?」
「でも、あの入口扉って古代人が遺した奴なんだろ? もしかしたら、指の一本や二本持って――」
「そうなってたら、今頃痛いじゃ済まないことになってるよ!!?」
もう、とラスティは腕を組んで嘆息する。
「馬鹿なこと言ってないで行くよ! マッピングしながら、じゃんじゃん進むんだから!」
ラスティは唇をフードの奥で「いー」と歯を剥き出しにすると、マッピング用の革と羽ペンを背嚢から取り出しながら神殿の奥へと入っていく。
俺も自分の体を確かめるのが馬鹿らしくなり、そんな彼女の横を歩くように続いた。
「GAO、神殿の中は外観通りの石造りだね。ザ・古代って感じかも……」
「声もすっげー響くな。あ、あーー……ほら? 天井もやけに高いし、そこそこ広いのかもしれん 」
「となると、どう考えても面倒だよねー」
ラスティはそこまで言うと、何かを見つけたらしい。
その場で突然しゃがみ込み、石畳に付着していた土の残骸を手に取った。
「見てウォーカー、泥の跡だ。……ほとんど乾いて土になってる。先に来た人達はそこそこ奥に行ってるのかも」
「泥の乾き方から、どれくらい経過したのか分かるのか?」
「ざっとだけどね。大森林を練り歩くうちに自然と覚えたんだ。ひとまず急がないといけないから、寄り道は最低限にしとこうね」
「あぁ、できたら最短ルートを行きたい」
「だね」
ラスティと話していると、いつの間にか分かれ道に出たらしい。
俺には何がなんだか分からないが、ラスティは変な木の実を放り投げると「ん、こっち」と言って、T字路を右に曲がった。
やっぱり、随分と手慣れている様に見える。
「ラスティは本当にこの神殿迷宮初めてなのか?」
「そうだけど……どうしたの、藪から棒に?」
「いや、やっぱりどう見ても熟練感が出てるというか……俺から見てラスティは、明らか迷宮経験者のようにしか見えなくてな」
「そっか……でも、ごめん。私は本当に神殿迷宮を潜ったのは初めてだし、誰かと冒険をするのもこれが初めてだよ。冒険譚好きだから色々と読み漁ってるんだけど、でも結局は影響されて森を1人ぶらつくのが精一杯だった……えへへ、魔女って期待させといて、こんなのでごめんね! 無駄に期待させちゃったよね、謝るよ!」
「あ、ちょっと待って」とラスティはそこで言葉を区切ると、石壁へと軽やかに近づいて耳を当てだす。
俺には何も分からなかったが、どうやらラスティには壁に違和感を覚えたらしい。軽く石壁を叩いたりしながら、「……んー、隠し通路とかありそう……」とラスティが呟いた。
「ここに入る前も言ったけどさ、私は魔女だけど見習いだから、初代国王を先導した伝説の魔女とは何もかもが違う。……だから今はウォーカーとこうして神殿迷宮入ってるだけで楽しいとすら思えてる」
「それって――」
「GAO!? 待って、今のセリフって、死活問題のウォーカーにすごく失礼じゃなかった!?」
「……いや、それは構わんが。ラスティこそ良かったのか? 初めての冒険がこんなつまらん男とで。もっと羽振りがいいというか、感動的というか、あー……もっとこう、あったんじゃないか?」
「GAO? それこそ、どうだろう……この神殿迷宮を攻略した後じゃないと分かんないかなぁー。だからさ、もう一回聞いてよ。この神殿迷宮を無事攻略できた後とかにさ」
そう言って、地面から三段目にあった石段を押し込むと、ずずずと只の壁だったはずの場所に通路が開き始める。
ラスティは隠し通路を言い当てたことが、よほど嬉しかったのか、「GAO! やっぱり!」とぴょんぴょんと跳ねて、そのまま突き進んでいってしまった。
(全く、失礼なのはどっちだよ……)
俺は明らかに迷宮攻略を楽しんでいるラスティを見て、頭を掻いた。
彼女の目的は王城へと入ること。俺の目的はルリス王女とイドヒの婚約を白紙に戻すこと。そんな希薄な利害関係だけで一緒にいるってだけなのに、焦ったあまりラスティの事情に土足で踏み入ろうとしてしまった。それどころか……一瞬でも彼女を疑おうとした。
あの娘はあの娘で、今できることで精一杯楽しもうとしているだけなのに。それなのに俺は追放されてからの一週間、色々と余裕がなさすぎだ。
――ぱちん。
俺は両頬を思いっきり叩く。
よし、気持ちを入れ替えろシルヴェスタ。男たるもの、余裕を失ってしまえば元も子もない。
「ラスティ、そっちに何かあったかー!?」
まずは大きい声でコミュニケーションを取るところからだ。
俺はリフレッシュした思いで、隠し通路へと進んでいったラスティにそう問いかけるが、どうも返事が返ってこない。
(ん? 結構深いところに繋がっているのか?)
俺がそう思って、進んでいったラスティの後を追おうとした時だ。どたどた、と軽い体が必死に地面を踏み鳴らしている音が聞こえた。
それと同時に。
「ご、ご、ご、ごめーん! トラップルームだったみたーい!」
「「「「「ガガギゴォォォォ!!」」」」」
フードを必死に脱げないようにしながら、こちらへ走って戻ってくるラスティが見えた。
しかも後ろには、ガーゴイルと呼ばれる石像魔物を十数体も引き連れている。
……あー、なるほどなるほど……そういうパターンね。
「なにやってんだ、ラスティ!?」
「今、魔力切れかけてるから、助けてウォーカー!」
助けてと言われても、俺のマトークシでの相棒だった糞石短剣は、神殿迷宮に入る前に土に埋めてきた。流石に刀身が半ばまで折れた短剣では、ろくな使い道もなかったし。
この一週間、クソ武器と言いながらも俺を支えてくれた愛剣。無くして初めて、物の大切さって分かるんだな……。
「って、そんな回想に入ってる場合じゃねぇ! ここは逃げに専念するぞ!」
「ちょ、いきなり私を担いで何する気――はぇ!?」
俺はこちらに向かって来ていたラスティに、一瞬で近寄り肩で担ぐ。
魔力を帯びた武器もなければ、防具も今はない。流石にこの状態で魔物と相対すのは危険だ。一気にラスティを担いだまま、ここを走り抜けた方が早い。
俺たちが逃げようとしていることを察したのか、後ろで追ってきていたガーゴイルたちが、一斉に口をぱかりと開ける。その中に魔力を込めた風の玉を作り、圧縮、そのまま無遠慮にも放ってきた。
「逃げるが、勝ちだあーーー!!!」
「ちょ、疾い、疾い、疾いーーー!!?」
俺とラスティは、その日風となった。
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