6.5. 騎士団総長の受難




 時は遡り、シルヴェスタを追放してから3日後のこと。

 ここ最近の騎士団本部では、怒りの叫びが聞こえることが多い。


「どうして、こんなこともできていないのだ! 武具の数が全く合っていないであろう!」

 

 それは騎士団総長となった私が、日々の業務のストレスから、無能な部下へ叱責を飛ばしているためだ。 


 騎士団が保有する武具の数は、必ず帳簿し管理する。

 武器庫にはどれだけの剣があり、薬剤保管庫にはどれだけの調合薬が備わっているかなど。

 帝国との戦争にいつでも発展していいように。または、魔物討伐任務により、どれだけのものが消耗しているのか見るためにも必須の業務だ。

 

 それだと言うのに、この無能どもは……こんな簡単な業務すらこなせないのか。

 

「ひ、す、すみません! あ、あまりに武具の数や種類が多いため、今の人数では管理が難しく……」

「言い訳をするなら、もっとマシな言い分を持ってきたらどうだ? 今までは、その人数で足りていた筈だ。まさか……私が騎士団総長になって、手を抜いているのではないだろうな?」

「めめめ、滅相もない! 前任者の方がバケモノだったんですよ! あの人ひとりで何人分もの働きをしていたんですから!」

「前任者だと? 誰だそれは」

 

 私がそこまで言うと、準男爵家の部下は物言いづらそうに目線を伏せる。

 

 何故さっさと言わない。

 やはり、何かやましいことでもあるのか?

 

 私はそう判断し、「さっさと言え、首を刎ねるぞ」と抜剣して自ら部下へ近づいていく。

 部下も流石にこの脅しには観念したようで、私の目を見ないようにしながらも、ボソリと呟いた。


「……スタさんです」

「聞こえん、本当に首を刎ねてしまうぞ?」

「……ヴェスタ、さんです」

「何度も言わせるな。準男爵家など、私の権力を使わずとも葬るのは容易い。もっとはっきり言え」

「シ、シルヴェスタさんです!」


 そう鮮明と告げられた言葉に、私は思わず静止してしまう。

 男の首に当てていた剣も、力無く落としてしまった。


「――何故その男の名が出てくる」

「す、すすすすみません! ですが、彼は自分が戦いに行けない代わりにと、いつも管理番の仕事を率先してやってくださっていて……!」

「奴に、貴様らは頼っていたのか……? いや、まだそれはいい。平民を働かせるのも我らの仕事ではある……が、あの男がやっていたことを、さっき貴様は出来ないと言ったのか? 準男爵とはいえ、貴族でありながら……?」

「っ――――!!? す、す、す、すみません! お許しくだs」

「もう遅い」


 私はそれだけを告げると、拾った剣で男を遠慮なく断頭する。

 騎士団本隊である王都ロンデブル騎士団に、このような害虫が紛れ込んでいたとは……私の目も曇っているのかもしれない。

 自身の血を裏切り、貴族としての自覚が足りぬ者など、さっさと処分してしまうに限る。


(それにしても……またしても、あの忌々しい男か)


 私はそう考え、さっきまで生きていた部下が告げた男を思い出そうとする。

 ………………いや。

 

「ハハハッ、私としたことが。最早あのゴミのことなど考えるだけ無駄ではないか。この騎士団にいないのだから、私が認知する必要などなかった!」


 そうだ、そんな男はもういない。

 この騎士団は私のものになった。そして私のモノの中に、あの男は不要だ。不純物だ。塵芥とでも呼ぶべきものだ。

 

 ぎろり、ともう物言わぬ存在となった準男爵家の部下を見る。


「……害虫駆除とは言え、いささかやり過ぎたか。後処理が面倒だな」


 私は自身の執務机の上に置いてあった鈴を手に取り、それを鳴らした。

 共鳴の鈴と呼ばれるこのマジックアイテムは、必要な時、そう感じた時にのみ、対となる鈴を鳴らせる便利品だ。

 

 鈴を鳴らして少し、ある女が頭を下げて執務室に入る。


「お呼びでしょうか、旦那様」

「あぁ、今日は貴様か。悪いが、この死骸を掃除してくれ」

「……かしこまりました」


 女はお辞儀をすると、そのまま掃除を始める。

 

 ふむ、やはり下級貴族の令嬢は良い。私が命令を下すだけで、二の句を告げることなく従順に首を縦に振る。

 この女も、私が準男爵家から引き取った令嬢だ。最初は泣いたり喚いたりして抵抗していたが、今は私の躾の賜物で、なんでも言うことを聞いてくれるようになった。


 侯爵家の長男たるもの、侍らせる者にも最低限ランクと言うものが必要なのは辛いところだな。

 平民や上流市民なんぞを侍らせる貴族は、どうかしている。そんなものを下女にしたところで、何の役に立つというのか。


「失礼します! イドヒ卿、至急お伝えしたいことが――っ!?」


 私が掃除されていく様を眺めていると、また一人無能な部下が執務室へと入ってきた。

 その男は、断頭された死骸を見て、一瞬だけ目を剥くも、気を取り直して私の方へ近づいていく。


「どうした? そんなに急いで」

「はっ! それが、北部へ魔物の討伐に向かっている隊達の補給線が、機能していないと報告が上がってきています! このままでは、孤立する隊が増えてしまい、最悪かなりの被害が出るかと!」

「なに?」


 私はそこで身を硬直させる。

 すると視界の端で、命令を下していた令嬢が、ぴくりと肩を跳ねさせたのが分かった。


「すぐに補給線を管理している騎士を洗い出せ! 北部の魔物討伐は王命であるのだぞ!? 失敗したら、どのようなことが待っていることか……!」

「もう探しておりますが、今も情報が錯綜しています! どうやら、任されていた騎士どもは、その任に従事しておらず、他の者に任せていたと……!」

「な、にを」

「その者たちの証言では、その任せていたのは……あの<銀の咎人>だったと言っております」


 部下の男がそう言えば、私はグッと肩の力を抜きざるを得なかった。

 銀の咎人。その隠語が指す意味はたった一つである。


「また……また、あの男かあ!!!!」


 私はとうとう我慢の限界を迎え、執務机を両手で叩き、怒りで喉を震わせ、近くに置いてあった装飾品を蹴り上げる。

 

 呪いにより戦えなくなり、もはや奴の存在価値などゴミにも等しい筈なのに。どうしてこうも奴の存在がちらつく? あれは騎士団でもお荷物状態だったはずだろ。

 なにもできず、ただ周りから過大評価されていただけのクズ。それがあの男だろ?


「落ち着いてください、イドヒ総長! あなたの気持ちは私たち騎士一同、皆が理解しております。これは最早、奴の奸計……無能な男が我々から任務を奪い、現場を掻き乱す戦犯行為です。我々はそれの尻拭いのせいで、少々ゴタついているだけに過ぎない。そうでしょう?」

「フゥー、フゥゥーーー……そうだ、な。悪い、貴様の言う通りだ。少々取り乱した」


 そうだ、その通りだ。

 何度も言うが、奴は何もできないクズ。

 それが下手に任務を横取りするような真似をしたせいで、こうして私達が尻拭いをしなければいけない羽目になっている。

 それだけのことではないか。


 フフ、私としたことが、奴の無能っぷりを過小評価していたらしい。こんなことなら、もう少しゆっくりと奴を追い出すべきだったか。

 自分の有能さが仇となったな。


 私はそう思うと、不思議と怒りが消えていく。


 そう言えば、奴を王都から放りだした詠唱師によると、王国南西部に向かうのを見たと言っていたな。

 彼処は基本的に山と森しか無い場所。

 もっと言えば、魔獣の生息地として、そこそこ有名なところだ。


 今頃、魔力も生成できないクズは、魔物の餌にでもなっていることだろう。


(ハハハ、無様に魔物の餌か……あのゴミに相応しい結末だな)

 

 頭の中に過ぎる奴の悲惨な最期を思い、私は報告に入ってきた男と共に執務室を後にする。

 もう居ない奴の負の遺産と考えれば、なるほど。

 私にその程度の嫌がらせしかできなかったゴミに、憐憫の情すら抱きたくなった。


(どうせだ、アレも使っておくか)


 私は鼻歌でも奏でたい気分なりながら、自然と笑みをこぼすのであった。

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