4.クラーケン踊り野郎





「マジで驚きだ……森の中に石扉だけが建ってるなんて」


 何もない場所にぽつんと立つ両開きの石扉。

 それを見た俺は、思わず声を漏らしてしまった。


 森の中に鎮座する扉の高さは、だいたい4メートル程だろうか。近くに立っている大木と、ほぼ遜色ないため、この人工物の異質さが際立っているように思う。 よくよく見てみれば、扉の外表部分に古代文字がうっすら彫られていた。


「ウォーカーは神殿迷宮見るの、はじめて?」


 俺がぼーと入口扉を見つめていると、ラスティが上目遣いで(フードのせいでちゃんとは見えないが)そんなことを聞いてきた。


「ああ、王国では神殿迷宮なんて滅多に発見されてないからな。それこそ建国神話で聞いた事ある程度だ。……これが、さっき言ってた女神とやらに関係があるのか?」

「神殿迷宮は基本、神様にちなんだものだからね。王国の建国神話では"古代人が作った遺跡"くらいの伝承なんだっけ? そりゃー、王国人のウォーカーが知らなくて仕方ないかも」


 ラスティは「はぁ」とため息をつく。


「基本的に神殿迷宮って、こうやって入り口だけが世界各地に点在してるんだけどさ、これみたいに分かりやすいものから、『発見させる気ある!?』ってやつまで多種多様なんだよね。ぱっと見じゃ、中がどこに繋がっているのか分かんないのも相まって――――」

「――――発見も解析も遅れる、と。発見困難なうえに、入り口をくぐった先は未開の地ってわけだ」

「まぁ未開であって、完全な未知ってわけではないんだけどね。入口扉なんかに掘られた絵や文字を読み取れば、ある程度の情報は明らかになることもあるし。えーと、例えば……ほら。眠っている神器のこととか書かれてる」

 

 ラスティはそう言って扉に近づくと、苔生した外表を指さした。

 いや、「ほら読んでみ」みたいな顔されてるけど、古代文字なんか普通読めんから。


(それにしても、神器について、ね……)

 

 この石扉のせいで、マトークシには解呪の噂があったのだろうか。

 そうであるなら、ある意味俺にとって渡りに船な扉様である。

 ……拝んどくか。


「そう言えば今思ったんだけど、ラスティはこの神殿迷宮を攻略しようとはしなかったのか? 建国神話にも、神殿迷宮を攻略した者には、莫大な恩恵があったって書かれていたけど」


 思いつきで俺がそう尋ねたからだろう。

 ラスティは遠慮しがちに、少しだけ目を伏せた。


「むぅ、そりゃまーしたかったし、伝説に残ってるあの魔女ならできるだろうけど……見習いの私じゃ単独攻略なんて無理だよ。それに彼女だって、初代国王らの援助があってこその力だったんだし……私、そういう仲間には恵まれなかったからさ」

「っ、すまん。今のは失言だった、忘れてくれ」

「GAO!? あー、いいよ、全然気にしないで! 今はウォーカーが私に付き合ってくれるんだし、ちゃらだよちゃら!」


 手を横に振ってなんでもないように言うラスティ。

 なんとなく、ラスティは只の冒険好きな少女で、でもちょっとだけ彼女の歩んできた苦難の道が見えてしまったような気がした。


「それよりも、さっさとこの神殿迷宮に入って呪いを解呪しちゃおうよ! 私がんばるぞー! 今ならドラゴンだって倒せ――――」

「どうした、ラスティ?」


 ラスティはそこまで口にして、一瞬だけ時が止まったかのように身を硬直させる。

 

「――――最悪だ、ウォーカー。足跡がある」

「? 魔物がここを通ったってことか?」


 ラスティが指差した地面を見てみると、人間の――それも複数人の足跡と思われるものがある。

 木々が鬱蒼と生い茂るせいで日光もろくに当たらないからだろう。地面は少々ぬかるんでいて、この足跡が付いてから、そこまで時間が経過していないことを教えてくれた。


「GAO、まずいね……この足跡たち、扉に向かうものはあって、引き返したものがない」


 ラスティが「ほら、ほら」と指でいくつもの足跡を指差し、最後に俺の方へと視線を投げた。


 彼女に言われるまで気が付かなかったが、よく見るとこの娘の言う通りだ。地面に残っている足跡はすべて扉の前に向かうものと、その場で立ち往生したものだけである。どれも引き返した時につく足跡じゃない。

 

「ウォーカーには言ってなかったけど……神殿迷宮には、もうひとつ特性があってね。それは――――攻略した者にしか神器は使えないってこと」

「はぁあ!?」


 俺は思わず、ここにきて投下された爆弾発言に驚く。


 つまり俺たち以外の誰かが、この神殿迷宮を先に攻略してしまった場合……正確にはこの神殿迷宮に眠る神器を回収されてしまった場合。

 

 ――俺の解呪に必要な神器は、一生手に入らないってことか。


「GAO、正確には攻略者として認められた者達、だけど……それでも、私たち無しで攻略されて、しかも解呪に非協力的な人たちだったらお終いかも!」

「っ、急いでそいつ等より早く攻略するぞ、ラスティ! ――――て、重た!? なんだこの扉、開かねー! 壊れてるんじゃないのか!?」


 俺が勇んで石扉を開けようと力を込めるも、全然開く気配がしなかった。

 びくともしない、という感じだ。それどころか、跳ね返されるような力さえ感じてくる。


「GAOH……まさか――――最ッ悪! 先に入った誰かが施錠魔法をかけてる! ちょっと待ってて、今すぐ解析して解錠呪文を当てるから!」

「マジかよ!? クソッ、どこのどいつだ、こんな陰湿なことしやがるのは……! ラスティ、できるだけ早めに頼む!できるだけでいいから!できるだけ!できるだけでいいけど、ちょっと急いでくれ!」

「できるだけできるだけ、うっさいウォーカー! 気が散るから、今は黙ってて!」

「はい、ごめんなさい!」


 俺に一瞥もくれることなくラスティは一喝すると、扉に両手を当て呪文を唱え始めた。

 すると扉に掛けられている施錠魔法が防衛を始めたのか、先ほどまで無かった鎖のように巻き付いた赤色文字が、びっしりと浮かび上がり、踊り狂ったようにとぐろを巻き始める。

 たしか掛けられた施錠魔法から解錠呪文を当てるのは、ぐちゃぐちゃに結ばれた紐を解く作業に近いと聞いたことがある……この無数に流れる赤色文字を全部解読するってのか。


 んンー、じれったい……!

 俺としても何か手伝えることがあればいいんだが……!今は魔力も生成できないし、魔法面からのアシストはできそうにない。

 でも、何もしないってのも歯がゆいし――。


「なんでもいい、ラスティ! 俺に何か手伝えることはないか!?」

「GAO、じゃあ踊っててくれる!?」

「お、おう?」

 

 たしか、東洋の魔法には舞によって、出力を底上げするものがあるんだったか……?

 なるほど。ラスティはきっと、そういう経緯から頼んできたに違いない。


 平民の出である俺だが、実はこう見えて踊りには自信があるほうだ。ルリス王女の面倒を見るようになってから、社交舞踏というものを学んだからな。彼女と踊っても見劣りしないくらいには、腕前も上達させている。

 

 俺は脳内で仮想パートナーを作り上げると、幻想彼女の腰に手をあて腕を添える。想像するのは、理想のダンスパートナー……。

 さぁ、とくと見よ!

 不肖シルヴェスタの全力の踊りを! 


「どうだ、ラスティ! これで魔法出力は上がりそうか!?」

「GAO、なにそのひっどい踊り!? 溺れかけの海蛸魔クラーケンでも真似てるの!?」

「っ――――!!!?」


 クソ、なんで気づかなかった!

 社交舞踊は二人用だから、俺一人じゃどうしても不格好になるんだ! こんなことなら、もっと城下町の民族舞踊とか、酒場で披露される腹踊りなんかを練習しとくんだった!


 しかし、俺がひとり絶望に耽っている時。

 茂みの奥が揺れた。

 


 ――がさ、ばき、どん。



 木々が揺れ、枝が折れ、何者かが地を踏んだ音。


 どうやら魔力探知ができない今の俺は、そいつの接近に気づくのに遅れてしまったらしい。またラスティも、解錠呪文を当てるために神経と魔力を注いでいるため、気付いていない。

 だから、この場にいる俺だけが、この時になってようやく目視した。


「ブゴォォォォォォ!!!」

「っ、まじかよ……!」

 

 視線の奥――。

 体毛から立ち昇る赤い闘気に、2階建て家屋はあるだろう巨体。頭部には牛のような角を持ち、口には剣のような鋭い牙を持つ。

 低く構えられたそれら合計四本の凶器は、今にも俺たちを害さんと、殺意に満ちた瞳とともに向けていた。

 

(――巨大猪の魔物か!)

 

 ラスティに助けてもらった時に遭遇した地直猪アグリオスとは比較にならないほど、巨大で、凶悪で、悍ましい個体。

 牙を剥いた咆哮により、いま地が揺れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る