神殿迷宮(婚儀まで残り3週間)

3.問「呪いってなんだと思う?」




「コナール、ニッワトコ、レンプクソ〜♪ 杖の素材になりゃせんさ〜♪」


 ラスティの妙竹林な歌を背景に、俺たちはマトークシの森を引き続き歩いていた。

 

 前を行くラスティの背は小さく、だいたい俺の胸のあたりで落ち着いている。さっき素顔を出したというのに、またフードを被り直したラスティは、鼻歌まじりに地を踏みながら、一定のリズムで背嚢を揺らしていた。


 ゆさゆさ、がしゃがしゃ。


 ラスティの背嚢には、色んな物が入ってるようで、動くたびに音が聞こえてきた。

 冒険キットというやつだろうか。

 森の中を歩く姿といい、彼女がどれだけこのマトークシの森に慣れているのかが分かる。


「ドラグ、ミスリル、アダマンチ♪ 欲張り竜の腹ん中さ~♪」

 

 奇妙な歌詞の旋律を口ずさみ終えると、ラスティが不意に立ち止まった。

 俺もそれに合わせて足を止める。


「そうそう、聞くの忘れてた。ウォーカーってさ、そもそも呪いについてどこまで知ってる?」


 思い出したように振り向いたラスティが、そう聞いてきた。


「いきなりだな。そりゃー、色々と調べたから人より詳しいと思うが……」


 そもそも「呪い」とは何なのか。


 しかし、改めてそう問われても、俺の頭に浮かんだ答えは凡俗なものである。きっと王国の人間100人に街頭で聞けば、内80人はそう答えるだろうと思われる解。

 特に深く考える必要もなさそうだし、思ったままを口にするのでいいか。


「んー、相手に害意を持ってデバフを与える魔法のこと、だろ」

「ブッブー! はい、違いまーす」

「え、違うの?」


 意外にも返ってきたのは、不正解の言葉だった。

 ラスティは顔の前で可愛らしくバッテン印を作ると、おもむろに外套のポケットから何かを取り出す。

 見たところ木箱のようだ。


「不正解したウォーカーには、ででん! ベアービートルの毒蜜巣をプレゼントです!」

「お、おう、ありがとう。不正解したのにプレゼントくれるんだ…………ん、毒?」

「その蜜はね、ある工夫をすると最高に甘くて美味しく食べられるんだー。もうそりゃ、ほっぺたが落ちるくらいに甘いんだから。あ、でも、間違っても生食はダメだよ? 最悪あれなことに……って、生で食べることはないし説明はいっか!」

「生で食べるとどうなるんだ!? え、おい、ラスティ!? 持ってるだけで死んだりしない、これ!?」

「GAO、そんなに心配なら中身を覗けばいいよ。ちゃんと美味しそうだからさ♪」


 この娘がそこまで言うなら、大丈夫…………なのか?

 何はともあれプレゼントされたものに違いはない。言う通り、この木箱を開けてから決めても良いのかもだ。

 

 俺はそう考え、思い切って箱を開けてみる。


 ぱかり。 

 ヴォォォォォォォォ……。


「……」

「ね? 美味しそうでしょ」


 中を覗いてみると、あら不思議。

 そこには紫色の蜂の巣が。

 しかも、巣の穴が全て髑髏のように見えるんだ。


 ナンダロコレー呪物カナー?


(……よし、どっかその辺で捨てて来よ)


 俺は固く決心し、木箱を閉じた。

 

「……ラスティ、呪いの話に戻そう」

「GAO、そう? まぁいいけど。えっと、王国の人は勘違いしがちだけど、ウォーカーの言う、そういった類の魔法は<呪術>ってのに分類されるんだ。弱体化魔法の一種だね」

「? 何がどう違うんだ、その〈呪術〉と〈呪い〉って」


 ひとまず、なんでもないような顔で話を戻し、俺は木箱を懐に忍ばせて問いかける。

 

「ほんと大雑把に言うけど、呪いが信仰系で、呪術が魔法系かな。信仰系の界隈じゃ、呪いは元もと邪神からの加護を刺す言葉なんだよ」

「信仰系に、邪神からの加護……ねぇ」


 そう言われてピンときた事柄はひとつもなかった。

 俺は生来より、王国では珍しい無神論者である。神に祈ったこともなければ、神に助けを乞うたこともない。


 そんな俺が邪神からの加護を受けて、被呪者になった?

 

 いやいや、論理が飛躍しすぎている。

 そもそも俺は呪いを掛けられたと自認しているし、呪いを掛けてきた奴の顔まで、くっきりとこの目に焼き付いているくらいだ。


 だがラスティは、そんな俺の顔をフードの奥から覗いて指を振る。


「今あり得ないって思ったでしょ、論理が飛躍しすぎとかって。でもさ、だからこそ、それは呪いって言うんだと私は思うの。一方的に向けられる寵愛とでもいいのかな。呪いって名付けた人は、そういうのが一番怖いって知ってたんだろうね。ウォーカーも身に覚えがない? そういうの」

「……ノーコメントだ」

「?」


 ラスティーがフードの奥で光瞳を、俺から横に逸らした。

 

「ふーーーん。ま、思い当ろうがなかろうが、どうでもいいんだけどね。呪いっていうのを正しく理解してくれたらいいよ」

「すまん、助かる」


 俺としても、あの時のことはあまり思い出したくない記憶だ。無駄な詮索をされないことに正直ホッとした。もし根掘り葉掘り聞かれたら、俺は意地でもラスティには沈黙で返しただろう。

 彼女もそれを察したのか、潔く身を引いてくれた。


「なんにせよ、ウォーカーの呪いは凄まじいのに変わりないから。邪神の加護――つまり呪いは同じく信仰系の力でしか取り除けないし、そのレベルの呪いともなると、最早それに秀でた女神様に頼るしかない。以上、ラスティ授業終わり!」

「ちょっと待ってくれ! 最後にぶわーっと情報がきて頭がついていかん! まず女神様ってなんだ? 神様は男しかいないだろ」


 俺がそう言うと、ラスティは肩に掛かった背嚢の紐を、落ち着かない素振りで弄り始めた。


「あー、それ言っちゃう? ウォーカーもそれ言っちゃうんだー。王国は国教が一神教のせいで、他国より信仰系への知識が遅れてるだけなのにね。この場合、廃れたって言う方が正しいのかな? まぁ、どっちでもいいけど。

 だいたい男神じゃなければ神様として認めないとか、すっごく時代遅れって思わない? あ、思わないからそういう配慮が足りないというか、自分だけの世界しか見ようとしない事が言えるんだ! というかあーもう、思い出しただけでイライラしてきた! 王国教の司祭どもめ! 次あった時は、皆んな呪術かけてやるんだから!」

「……お、おう。なんかごめんよ……」

 

 うーん、このキレ具合。

 残念ながら、こと信仰系に関しては弁明の余地もなさそうである。


 王国は初代国王のみを神様の化身として祀っているせいか、神は男神しかいない、というのが常識だ。

 かく言う俺も、ラスティに女神の存在を言われるまで、そんな存在はいないと思っていたくらいである。というか、キレ散らかしているラスティを見てもなお、女神には少し懐疑的なままだ。

 

 一応、女神の存在は許されていないが、初代国王を導いたとされる魔女は、王国内ではめちゃくちゃ有名で、人気の高い信仰相手だったりはする。

 だがそれでも、彼女は彼女で<神を育て上げた存在>、または<神に仕えるため生まれてきた存在>のような位置付けだ。神と同等の存在としては、王国で崇められていない。

 

「とりあえず、今向かっているのはその、女神?って言うのが祀られている場所か何かか? ということは、王国教以外の教会とかになるんだろうが……マトークシは森と山ばかりで、そんなのがあるなんて話聞いたこと――」

「森と、山ばかり……?」

「――え」


 俺の言葉を遮って、ラスティはフードの奥からぎろりと睨む。

 しまった、この流れで地雷を踏んだか!?

 

「へーーー、ふーーーん。そっかそっか、王都で暮らしてたウォーカーは、こんな田舎ってマトークシを内心見下してたんだ」

「ち、違う! 今のは言葉の綾と言うか、別に馬鹿にした訳じゃないというか……とにかく悪意とかは全くない! だからすまん! その物騒な短杖しまって! 今の俺に魔法はシャレにならんから!」


 俺は必死な形相で謝り倒す。

 失言って怖い! さっきまで可愛らしく笑っていたラスティの目が、完全に笑っていないんだけど!? いつの間にか短杖を取り出して、手のひらでくるくると弄っているくらい、本気で怒っている。

 しかし、俺の平謝りを目にして怒る気力を削がれたのか、ラスティは短杖を下ろした。


「むぅ……次、私たちの住むマトークシを馬鹿にしたら、1メートル区切りで転ばせ魔法掛けるから、そのつもりで!」

「はい、気をつけます!」

「よろしい! では、許します!」


 ふんすっと軽い鼻息を漏らして、ラスティは腕を組む。

 

 なんとか見逃してもらえたか……やれやれ、普通に死ぬかと思ったぜ。魔力を生成できない俺には、どんな魔法であれ必中必殺になりかねんからな。冗談でも、冷や汗が止まらん。

 

「GAO、ウォーカーのせいでまた話が逸れちゃった。……とにかく! 今、私たちが向かっている場所は、実はここからそんなに離れていない所にあるんだよ! というより、すぐ其処!」

「すぐ其処? まだ森の中にしか見えんが」

「まぁ、森の中にぽつんと立っているからねー」 

「?」

 

 ラスティはそう言って俺に微笑みかけると、軽いジェスチャーで「こっちこっち」と案内してくる。

 一瞬、何かの罠かと思いもしたが、ラスティが俺にそんな嵌める意味もない。……多分、ない。

 

 そのままラスティが大木を回り込んで行ったため、俺も意を決してラスティの後ろに着いていく。

 すると目の前に突然、異様なものが姿を現した。この森には似つかわしくない――古びた石材の両開き扉だ。


「おいおい、冗談だろ……ラスティ、これってまさか」

「GAO! これこそ私たちの目指していたもの――マトークシにしかない神殿迷宮! その入口扉だよ!」


 きらきらした光瞳をグッと俺に近づけて、ラスティは楽しそうに続ける。


「ウォーカーに掛かった呪いを解呪するために、まずはこの神殿迷宮に眠る<神器>を何としてでもゲットしなくちゃね! よーし、行くぞーーー! 私たちの初めての冒険だ、ウォーカー!」

 

 内心、冷や汗が止まらない俺に対し、無邪気な笑顔を振り撒くラスティ。俺は何度か言葉を詰まらせながらも、最終的には「……お、おう」としか返せないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る