2.一方その頃、騎士団総長は




 一方その頃。

 シルヴェスタが見習い魔女に拾われたのに対して、ある女性に拒絶される男が1人いた。


「いま何と言った……?」

「婚礼の儀まで、私はイドヒ卿を夫としては認められない。そう言ったのです」


 公爵まで上り詰めた男であり、騎士団総長を務めるイドヒの屋敷にて。

 可憐な立ち姿を披露する第二王女ルリスは、丁寧に頭を下げた。


「王太子である兄様が決めた事とはいえ、王族の仕来りとして、王女が貴族に降るまで必要な儀礼が幾つもございます。私は体も弱いので、イドヒ卿の元へ嫁ぐにも時間が掛かってしまい……どうか、ご理解いただけませんか?」

「ハ、ハハ……そういうことか。てっきり私は貴女が嫁ぎたくないと駄々を捏ねたのかと思ったぞ」

「? 嫁ぎたくはありませんよ?」

「……は? 今なんて」


 ルリスの言葉にイドヒは目を丸くした。


 それもそうだろう。王太子との密約で心も、体もルリスを自分のものにできると思い込んでいた男だ。拒絶されるという算段は立てていない。

 ましてや、体が弱く王城内でも疎まれ気味である彼女なんかに、下に見られると思っていなかった。


「私はイドヒ卿を特別お慕いしている訳でもありませんので、自分から嫁ぎたいとは思わない、そう言ったのですが……言い方を間違えたでしょうか」

「っ――なにを本気で言い直しているんだ、貴様は!? 騎士団総長ならび、公爵にまで上り詰める私に対し不敬も良いところだ!」


 イドヒが怒鳴り声を上げれば、ルリスは申し訳なさそうに目を伏せた。


「傷付けてしまったのなら、ごめんなさい……ただ、私は貴方様に特別な魅力を感じていないのも事実です」

「キ、キキ、貴様はっ……まだ言うか……!」

「せめて、お相手が貴方ではなくシルヴェスタ様なら、私も自身の婚礼を我が事のように喜べたのですが……そこは非常に残念ですね」

「な、にを……シルヴェスタ、だと……?」


 本気で残念そうにするルリスに、イドヒは呆けてしまう。


 シルヴェスタの追放事件は王城内、ならびに王都周辺を領地にする上位貴族間では有名な話だ。

 自身の地位を確固たるものにするため、ひ弱な子爵令嬢エリアスタを襲った。

 そのような卑劣な行為に走った男が、正義の貴族イドヒによって葬り去られたのだと。


 だというのに、目の前にいるルリスは、そんなことも知らないように、イドヒには映った。

 体が弱く、あまり外に出ることもないとは聞く。

 いいや、シルヴェスタが近衛騎士まがいのことをしていた時は、精力的に外へ出ていたこともあるそうだが、彼がいなくなってからは、めっきりとその回数も減ったとイドヒは聞き及んでいた。


「ハハ、ハハハッ。そうか、貴女は知らないのか! あれは子爵令嬢を犯したことで追放された罪人だぞ? そんな男を成敗してやった私より、良かったなどと、本気で……」

「……」

「――――っ!!?」


 ルリスの冷めた目線。

 それを受けたイドヒは、思わず顔を烈火の如く染め上げ、近くに置いてあった装飾品を蹴り上げる。


「本気で、本気でそう思っているのか!!?」

「ええ、思っています。彼が悪意ある者の奸計により、冤罪を着せられたとも」

「っ」

 

 追い出したと思っていたのに、まだ追い出し切れていない。忘れようとしていたのに、周りがまだ覚えている。その事実に苛立ちが暴走を始めてしまうほど、イドヒはシルヴェスタのことが嫌いだった。

 

 ルリスはそんなイドヒを眺めながら、自身の目に垂れた金色の髪をすっと耳に掛け直す。

 

「イドヒ卿。これは私からの善意で教えることですが」

「なんだ!?」

「貴方の行いは貴族の習性のようなものなんでしょう。ですが、今回ばかりはやり過ぎましたね。お兄様からの勅命であったとしても、貴方はそれえを跳ね除けるべきだった……きっと、ろくな死に方をしませんよ」

 

 少女はそれだけを言って頭を下げると、イドヒの部屋から退室する。


 まさかこの予言が本当に実現することになろうとは……。

 これより先の話。正確にはルリスと婚礼の儀をあげることになる3週間後のこと。

 イドヒはあの日のことを強く後悔することになる。

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