第3話 闇 疾走せん

―鼓動が近い。心臓が顔になったようだ

――息が荒い。血液が溶鉄になったようで

―――とめどない汗。滴る雫は爆発しそう


胸が痛い。呼吸をしても酸素が巡らない。熱が上気する

壊れる。壊れる。壊れる。壊れる。

痛い。痛い。痛い。痛い

焼け付く喉に飴玉がどろりとぬめっている


気が付けば全身が汗でしとどに濡れていた

休日布団にくるまり汗にまみれたシーツを取り換える

学校へ通ってはや一か月。未だ記憶は戻らない

失っているのはエピソード記憶のみで意味記憶と言ったものはなくなっていない

故に勉学に困ることはなく頭はそこそこ良かったようだ

八雲栞の話を頼りに俺の人物像は輪郭化している

基本的に出不精で引っ込み思案。目立とうとせず細々とクラスの隅であまり認識されない学生。といった具合だ。その時の俺の心証は不明であるがある程度目立ちたくない性分というのは理解できる

それでも記憶は一向に戻らない。脳への障害はなくショック状態にある通院している医師は言っていたが…

俺としては脳ではなく体に埋め込まれた何かに由来していると考える


胸に手を当て鼓動を聞く。心音が手を伝いそれ以外は響いていない

さきほどの寝苦しさで早鐘を打ってはいるがそれ以外のものは感じられない


何なんだ。俺は一体何をされたんだ?妄想だとか思春期だとかで一笑に付す状況でないことは確かだ


「埋め込まれた何か。リビングストリーム…」


謎の単語と俺に埋め込まれたモノは共鳴しあっている

そして俺の中にあるものはリビングストリームを知っている

ひしゃげたドアノブは依然として放置してあり

突如風がなびけば膂力が強化されるという事態。それはもはや…


「俺は、人間じゃない…?」


茫然としながら、茫漠までにその事実を叩きつけられる

そして、瞬刻。


「その通りだよ朋友ともよ。お前はもう人間じゃない

私と同じく、ね」


うねる湿度、狂う強度、窓が壊れた瞬間覗く蛇の眼に捉えられる

何者と問うまでもない。射干玉ぬばだまめいた双眸がぎょろりと回転するそれは人間と形容するのは無理があった

漆黒の影が爬行し接近する…!!


*******


「くっ…!!」


投げ出される体躯。三階から落下。謎の男から前兆なく腹部に掌底を受けながら

俺は当然のように受け身を取り着地する。その体に瑕疵かしひとつなく落下中に胸の疼きと共に膂力が込められていく。


「良いねぇ。君の性能はピカイチと教授も言っていた

確かに言う通りだ。私の攻撃を受けて臓腑が寸断されていない

リビングストリームを受ける前から、すでに君は人間の体をしていないわけだよ。

ところで下見に来た際君のバイクが見当たらなかったがどういうことだい?

まさか鎧なしで私に挑むつもりかね?」


「挑むって、あんたから来たんだろうがっ!!」


「おっと失敬、私は君の先輩の角内かどうち こうぞ

被検体45に充たる『罕人シャーデン』だ。シャーデンフロイデからきている

そして君と私は同じシャーデン。挨拶がてら寄ってみたがどうやら君は苦しんでいるみたいで私が直々にストレス発散に来たわけさ。――私のね」


どうやら話していた言葉が通じないタイプだと直観が告げている


矢継ぎ早につるべ打ち。三階から俯瞰したのち直下に拳を地面に叩きつけコンクリートの地面が破砕する


土煙と砂塵を起こしながら振り下ろした拳を地面から引き抜き体をゆらりと起こす

その姿は、人間ではない

さっき俺は奴を蛇と形容したがその通りだった。爬虫類特有の生臭い香りを漂わせ白皙の体躯は鱗に覆われて有鱗目の瞳が炯々と輝く


「何なんだよ…アンタは!アンタらは!??」


「何ってさっき言ったようにシャーデン。罕人まれびと。新人類。ミュータントと言っていいかな?適正者に絶大な力を与える選ばれし者たち。

それが私と君なんだよ。光栄に思い馳せるはずだけど君は違うみたいだね

いないの?ぶっ壊したいもの。圧倒的な力でねじ伏せたいモノが

それとも力が足りていないとか?」


小首を傾げとんと理解できないといった様子で奴は、蛇人間は近づいてくる

さっきから意味不明な事や分かったように口を開きやがって…!!

言葉が通じないとわかっていたのに八つ当たり気味に投げかけた言葉は答えを返してくれない


「それとも…ああそうか。力の使い方を教えてもらっていないといった様子か

なら教えてあげるよ」


そう言って奴の腕から植物の蔓が伸び始めて砕けたコンクリートの破片を持ち上げて

ツタはそれに巻き付いて破片を覆ったあと

コンクリートだったものは謎の植物へと変質していた。無機物を有機物に変異させるデタラメな現象に目を疑わずにはいられないすでに人間ではない二又の蛇舌をチロチロと出し入れし果実を舐めながら


「これがシャーデンの共通特殊能力。『トキジク』

力の渇望を果実に変える異能。これを食べればたちまち…」


あぎとを開き果実を丸のみ。咀嚼することなく嚥下し喉を鳴らす

そして――――――――――――


鱗の装甲が構築され胸を中心に外殻が形成されていく

上体から顔まで。下半身からあしゆびまでさきほどの果実の外皮を伴った鎧が装着され関節が蒸気を上げて熱を逃がす


転異てんい完了。転装てんそうも同じく。

準備は完了したよ私は、だから君も見せてよ。姿を、鎧を

君のシャーデンを…!!!」


鎧をまといし異形が再び攻撃に転じ風を逆巻きながら時速300キロはある速度での拳打を回避する。ほぼ直感だ。視認速度で回避できる攻撃ではない


奴はさも当然のようにやってのけたが俺はこの力を全く理解できていない

多少風を受けてエネルギーは吸収し怪力らしきものは出力出来るようだが

異形となりその上強化外骨格のようなものを装備した奴には到底至れない


トキジク…と言ったやつの能力は俺にも備わっているようだがどうやって使えばいいかなどわかるはずもない

そもそも、なりたいはずないだろう…あんな化け物に…!!!


要約すれば化け物となって戦えと言っている。冗談じゃない。俺は人間でいたい

人間でいられるならこのままの状態で戦うか死ぬかだ。無論後者は却下

訳の分からないまま死ぬなんてごめん被る

だが回避は続かない。攻撃はやまず精彩を欠きついに攻撃が直撃し

そのたびに胸の鼓動が早くなる。もっと風が欲しい。だが風は吹いてこない

変異に至るエネルギーが足りず。俺自身変異に抵抗しているからだ

貌半分が挿げ替えられ細胞が変容していく。その姿を不意にガラスの破片を見て

絶句した。これが…俺?奴は蛇の怪物だったが俺の場合は醜悪な屍人アンデッドの姿に近い。おおよそ人間と呼べず保っているのは形だけで表皮と内部は別の化け物に侵食されている


「これが…俺?」


「そうだ友よ。それこそが君だ。我々だけの力だ」


肯定する奴自身と違い俺は否定する

違う…違う…違うっっ!!!!!

嫌だ!嫌だ!!嫌だ!!!

認めない!絶対に!!断じて!!!


激情に駆られる衝動はすぐに収まった。それは俺自身そんな暇はないと判断したからだ。そしてそれに体は呼応し興奮状態を抑制する。


そう、今は錯乱している場合ではない。例え人間として間違っていようと今は…!


どうするか思索する。

奴は俺に起こっている事態を転異と言っていた。そして鎧を装着することを転装と。

ならばそう、否応もないのだろう。若干の諦念と自嘲を込めて

ここで怪物オレを否定すれば、明日は来ないと踏み切り


「…なってやるよ。化け物にな…っっ!!」


血を吐くような思いで口にし歯噛みで血が流れる

色は。緑。もう…すでに…それでも求めた。欲した

生きる為に。例え怪物として生きる事でもまだ俺はまだ俺を掴んでいないから…!!

こんなところで、死んでいてたまるか!!!!!!

そう思考する刹那。何かが来るという呼び鈴が鳴った気がした


********


警察署


「さてどうするかねぇ。このモンスターマシンをねぇ」


機械専門担当に福山は困ったように持っているドライバーの柄で頬を掻く


幽鬼めいたおどろおどろしい雰囲気を醸し出し警察署の倉庫に鎮座する少年が盗んだバイクは動いていないにもかかわらず怪物のような威容を放っている


まるで意思を持って生きているようで、眠っているわけではなく主の命令を待つ様にそのバイクは待機しているのだ。少なくとも福山はそう思い誰かに話せば鼻で笑われるだろうが彼自身は何の冗談でも誇張でもない。


このバイクは生きている。そして時を待っている。その時とはいつかは分からないがそれまで待つことを厭わない忠誠心の高さを示しているように見えた


まるでライオンと対面しているようだ。調べるよりも前に喉笛を掻き千切られないかの心配を優先するほどにこのバイクは恐ろしい。改造しただけのバイクではこうはいかない。だからこそ専門知識を持っている彼が赴いたわけだが


言われたように解体は冒涜に思えて出来なかったが出所がわかるものはなく

それ以上に不可思議な技術が搭載されていることに驚き半可通はんかつうの身では結果が出せないことに切歯扼腕せっしやくわんするしかない

どうするべきかと嘆息を吐く前に…


それは前触れもなく起こった

獣の瞳が輝いたのだ。正確にはバイクのライトが点いただけなのだが

それが誰が動かしたわけでもなく単体で動いているならばそれは獣の目覚めであろう。誰が乗っている訳でもなくギアとアクセルがオートで起動


雌伏は済んだ 雄飛に転じよ。とひとりでにエンジンをかき鳴らすその姿は獣の咆哮だ。嘶いたまま倉庫のシャッターを突き破りバイクは主君の許へ爆走する



********


獅子の咆哮を聞いた気がする。それは錯覚だ。聞こえたのは爆音で流されるエンジンとスチームの金属音メタル

呼びかけに応えるように突如として俺が乗っていたバイクが頭上の上から飛び出し

その後俺の周囲を旋回する。攻撃を妨げるように奴を轢き殺すために俺の前へそれは現れた


それは俺が逃走の際に使ったバイクであり俺を主として認めているまなざしをチカチカと明滅ライトが示してくれている。


何をすればいいか。それを教えてくれるように俺とバイクの脳波は同調し

駆ける。揺らいだ奴の動き。その間隙を衝いて散らばった破片の許へ


身を低く構え拾い、砕けたコンクリートを掴み念じる。奴の様に俺に力を…

ツタが絡み合いトキジクとなった果実を。俺は捕食することなくバイクめがけて投擲


キャッチしたバイクはその果実をスキャンしバイクの装甲から各部位を表すパーツが飛び出し俺に装着していく


呪いを衣として身に纏う

呪いは水の様に腸へ

油の様に骨髄へ

纏いし呪いは、我を縛る帯とならん…!!


―――転異。共に転装完了―――

完全な異形シャーデンへ。完全なる存在モノへの置換を確認


先ほどの異形を包むようにヒロイックに施されたからだをしばし眺め

スイッチが切り替わる。狼狽していたさっきまでの俺がすげ変わるように冷静で冷徹に敵を見据えて…


「殺す…!」


「良いねぇ!やっと君の性能を確認できるよぉ!!!」


宣誓して実行へ移す。

そして歓喜に震えながらやつオレに賛辞の拍手を送り迎え撃つ

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闇夜を歩く。《フォビドゥンサンクチュアリ》 竜翔 @RYUSYOU

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