第三話 第三王子の罵倒

 私の立ち上げた推論について、二人の閣下はやはり感づいていたのだろう。

 とはいえ、王族の身辺調査ともなれば、大事を超えた一大事。

 調べるにしても手順を踏まないことには、どうにもならない。


 そこでエドガーさまが登城して、パロミデス王と謁見えっけんするということになった。

 辺境伯が王都に来ていることを知らしめ、襲撃者サイドに圧力をかける意味もある。

 じつに効果的だろう。


 これについてはエドガーさまに全てお任せしようと考えていたのだが、なぜか私にも登城の命が下った。

 一介の辺境伯夫人が謁見など本来有り得ないところだが、王命とあらば致し方ない。


 そういうわけで、エドガーさまと二人して、王さまと拝謁したわけだが。


「余は統治者である。よって臣下臣民の声を等しく聞かねばならぬ、一方に重きを置くことは出来ぬ。ハイネマンとクレエアによって国が割れるなど、もってのほか。ゆえにこそ、そなたらの関係がこの大陸に穏やかな日々を齎すこと、余は切に願っておるぞ」


 と、えらく寛大なお言葉を頂いた。

 さらに加えて言葉はこう続く。


「ハイネマンのせがれよ、苦労をかける。我ら王族が清算すべきことを汝らに押しつけることとなるだろう。気兼ねなく、存分にやるがよい」


 これは前述の下知と矛盾するほどの、事実上の自由裁量権の付与だ。

 もしかしてパロミデス王は、極めて善良で優しい君主なのかもしれない。

 それは逆説的に悪意に弱いことを意味するが……さすがに周囲がなんとかするだろう。たぶん。

 失礼がないように礼を尽くして玉座の間を辞し。

 帰途に就こうかと廊下を歩いて居いたとき。 


「待てよ、田舎貴族」


 私たちは、突然呼び止められた。

 振り返ればそこに、豪奢な衣装を身につけたひと組の男女が。

 ……というか、一方には凄く見覚えがある。


 リーゼだ、妹の。


 胸元が大きく開いた真っ赤なドレスを着こなし、嫌味にならない程度、自らが最も輝くように宝飾品を身につけた彼女は、実家にいたときよりも遙かに美しく、そして淫靡な笑みを口元に貼り付けていた。

 そんな彼女に抱きつかれる形で、豊かな乳房を押しつけられているのは、嘲笑を浮かべた第三王子だ。


 彼はこちらをつま先から頭の上まで何度もなめ回すように見詰め、突如ゲラゲラと品のない笑い声を上げられる。


「いかがされましたの、第三王子様ぁ? 目に涙まで浮かべられて、よほど可笑しなことがありまして?」

「おお、おお、愛しいリーゼ! おかしいことだらけじゃないか! みろ、お前の姉を。なんと冴えない女なのか!」


 自然な様子で訊ねる妹に、第三王子さまは大仰な身振り手振り口ぶりで答える。


「貧相な胸! 消し炭のようなみすぼらしい髪の毛に瞳の色。色気も覇気も無いちんちくりん! 顔立ちだけは妹に似ているが、他の全てがろくでもなくて台無しだ。おまけに性格に難ありなんだろう? 他人に迷惑しかかけない毒婦とも聞いた。そんなものを押しつけられて、ハイネマン卿もさぞや大変なことだろう。なあ、そうだろう辺境伯殿?」


 エドガーさまは何も答えない。

 つまり、即応するような用事ではないということだ。

 図らずも襲撃者のターゲットと接触出来たのは有り難いし、無事を確認出来たもの僥倖だ。

 べらべらと饒舌に悪罵を投げてこられるが、それは生きているということの裏返しでもある。

 死人に口なし、生者に貴賤なし。

 いや、王族なのだから高貴な身分ではあるが。


「父上もなぜ、ハイネマン卿へその陰険女をあてがったのかねぇ……え? 俺がリーゼと仲良くしちゃったから? はっはー、これはすまないことをしたなぁ、辺境伯殿ぉ……? なんならもっとよい女を紹介してやろうか。いくらでもいるさ、この陰湿黒炭娘よりマシな相手なんて――」

「――無用な気遣いである、第三王子殿」


 王子様の軽口が、ぴしゃりと遮られる。

 ついで、ぐいっと抱き寄せられる感覚。

 気が付いたときには、私はエドガーさまの懐中にいて。


「自分にとってこれ以上の伴侶はなく。如何なる毒婦よりも、我が妻こそが傍へ置くにふさわしい。なぜならば! 辺境の混沌を平定し、あらゆる罪科をほふる猛毒であるゆえに」

「なっ」


 エドガーさまの啖呵を受けて、王子様は鼻白む。

 何か言い返そうと口を開き、パクパクとして、やがて閉じ。


「~~~~! 行くぞ、リーゼ!」

「あ、お待ちになってぇー」


 不機嫌そうな王子様と、そのあとを追うどこか楽しげな様子の妹。

 彼らはあっと言う間にどこかへ去って行ってしまう。


 私はエドガーさまの両腕に包まれたまま、彼の顔を見上げる。

 いつもの超然とした褐色の美貌。

 けれど瞳の中には、燃えるような真紅が宿っており。


「えっと、エドガーさま?」

「……これで、俺を狙ってくるだろうな。対応がやすくなった」

「あの」

「案ずるな小鳥。お前は誰に劣ることもない我が自慢の」

「ではなく。ちょっと苦しいのですが?」

「ん」


 バッと、彼の両手が開かれ、私は自由を取り戻す。

 ああ、よかった。ようやく呼吸が出来る。

 心臓が早鐘を打つ。

 全身が熱い。

 まったく、ほんとうに、まったく。


 深呼吸をしてから見遣れば、エドガーさまはどこかバツの悪そうな顔をしており。

 私は苦笑して、手を差し出すのだった。


「では、宿へ戻りましょう。みんな待っていますよ?」

「……ああ」


 先ほどまで双眸を怒りに燃やしていた彼は。

 微かに口元を緩め、優しげな水色の眼差しで私の手を取ってくださったのだった。

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