第四話 剣聖の謝罪

 宿に戻るなり、エドガーさまは準備があるからと外出された。

 他方、部屋に残った私は、これまでの経緯から推理を進めていく。


 今回の宿屋は剣聖閣下が借り切ってくださっているため、滞在している人間は全員関係者。

 その数も多くなく、考え事をするのには打って付けだ。


 カレンの煎れてくれたお茶をたしなみつつ、私はあらゆる可能性を検討する。

 第三王子の傍らにリーゼがいたことで補強された推論。

 即ち、誰が裏切り者で王族の秘匿情報を流しているか、ということについてだ。


 ほぼこれについては明瞭になっているのだが、物的証拠はない。

 のちに起きるだろう不和や政治的リスクを勘案すると、なあなあにしてしまうのも手ではあるが……と悩んでいたら、ノックの音が聞こえた。

 現れたのはメガネの老爺、ノイジーさまで。


「どうされましたか?」

「かっかっか。聡明なご婦人と語り合いたいというのは、ジジイならばみな考えることでな」

「まあ、冗談がお上手で。本題は――セレナさんが斬りかかってきたこと、でしょうか?」

「……うむ。そちらのメイド殿に謝罪しておきたくてな、それがしの弟子が無礼仕ぶれいつかまつった、御免ごめん


 すっとこうべを垂れる剣聖さまを見て、私とカレンは顔を見合わせる。

 とりあえず顔を上げて戴き、ついでに座ってもらって一緒にお茶を飲みながら詳細を聞くことに。


「弟子の失態は師匠の失態だ。求められれば地に這いつくばりもする」

「だそうですが……」


 カレンを見遣れば、うんざりといった表情を浮かべており「これだから戦士というものは……カレン、大呆れ」なんてげんなりしていた。

 事実、誰も怪我をしなかったわけだから、さほど事を荒立てる必要もないのではないかと思う。

 とくに当人であるカレンが、この態度なのだから。


「しかしな、セレナが先に剣を抜いたのは事実だ。そちらのメイドちゃんが美味そう……ゴホン! もとい、剣呑けんのんに見えたとは言えな」

「ほほほ、このカレン、お嬢様の忠実な侍従なれば。決して剣呑なことなど」


 彼女がなんらかの秘密を抱えていることは知っているので、ここは一旦スルー。

 それよりも興味があったのは、もうひとりの当事者セレナさんのことだ。


「彼女は、今どちらへ?」

「おぬしらと入れ替わりで王族の警護に戻ったところだ。もっとも、それは児戯のようなもの。王都へ連れてきた理由は別にあってのう」

「伺っても?」


 問えば、ニンマリと口角を吊り上げる剣聖閣下。

 そこには、強さへの執着があった。


「某と引き分けた男、エドガー・ハイネマンを体験させたかったのだ。より高みに登り、より強くなる、その切っ掛けとしてな」

「……お弟子さんを、大切にしておられるのですね」

「かっかっか、解ってくれるか」


 解らないわけがない。

 私は武門の生まれではないが、それでも自らの経験を、理念を、願いを継承しようとする人間の心は理解出来る。

 剣聖閣下の中で、エドガーさまとの戦いは生涯唯一の引き分け。

 己の弱みととられても不思議ではないものを、弟子へと与えようとする。

 ならばそれは、期待というほかない。


「お嬢ちゃんの言葉は正しい。某はセレナに夢を見ている。あれには、天稟てんぴんがあるゆえな」


 天稟。

 生まれついての天才性。

 常人を超えた境地。


「某が人生の大半をかけた秘剣に、僅か十五にして至りおった。いずれは大陸一、否、もっと大きな舞台で活躍することも適おう。この目に入れても痛くないほど、可愛い弟子だとも」


 もっとも、自分の目は見えていないのだがと言って、彼は笑った。

 しかし剣聖と称される人物がここまで絶賛する才覚とはどのようなものか。

 疑問の答えを求めてカレンを見遣れば、


「凄絶無双の極み、といったところかと」


 と、曖昧な言葉を返される。


「あなたと引き分けるほど強いと?」

「武力、技量、センスでいえば、いずれもあちらが上でございます。ただ、カレンにも勝っている部分がありますので」

「それは?」

「お嬢様への愛にて。カレン、滅私めっし


 ……なるほど、欠片も解らない。

 なので剣聖閣下を見遣ると、彼は小さく頷かれた。


「確かに愛では劣るかもな。性格にも難があり、先ほどのようなヤンチャもするが……なに、尻拭いを出来るうちは、某が靴でも地面でも舐めておけばいいってことよ。それだけの価値が、セレナにはある」


 言葉の裏を読むならば、彼は危うさを語っている。

 未熟で、向こう見ずな弟子を憂い、その上で責任は自分が取ると断言されているのだ。

 ならば問題など起こらないと信じたい。

 またカレンが襲われても、たまったものではないし。


「それについては重ねて謝罪するぜ。秘めおきし剣を外部に見せるなどもってのほか……厳しくしつけよう。あれはいずれ尋常逸才流を背負って立つ。某を超えるほどに強くなる。いや、既に肉薄している。いま試合しあえば――そんな未来を考えるだけで心が沸き立って仕方がない。あるいはメイドちゃんに、同じような感情をあれは抱いたのかもしれんな」


 純粋な好奇心。

 己よりも強い相手を見たいという感情を、私は知らない。

 けれど。


「承知しました。謝罪を受け容れます」


 カレンの主として、決断を下す。

 感情の味を知らずとも、似たような経験は幾度もしてきた。

 抑圧される情動、謎を解きたいという渇望。解き放ってくれたのは、前当主おじいさまで。

 だから。


「楽しみですか、剣聖閣下」


 多くの思惑を込めて訊ねれば。


「応ともよ!」


 彼は、ニッカリと笑うのだった。

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