第五話 鉄扉切りと呼ばれた名剣
「小鳥よ、観光に出る」
なんらかの工作を終えられたらしいエドガーさまは、戻ってくるなりそう宣言された。
少し休養されてはと申し上げたのだが、受け容れられることはなく、私はあれよあれよという間に市街地へと連れ出されてしまった。
無論、遊びに行くため……ではない。
王宮での一件で、辺境伯来訪の旨は、間違いなく襲撃者陣営にも伝わっていることだろう。
もしも襲撃者と〝結社〟が関係しているなら、こそ泥さんが伝えてきた「推理をするな」という伝言は、逆説的にこちらを監視しているという答えになる。
つまり、動向を気にされている内に隙を見せて、あわよくば犯人を釣り上げたい。
それがエドガーさまのお考えだと思われる。
さて、町中を散策するにあたって、普段の格好はいささか浮く。
目立ちたいのは確かだが、悪目立ちして足回りが悪くなっては意味がない。
そこで私は、黒のワンピースにズボンという最先端ファッションを採用することにした。
これならば、顔の造作がよすぎるせいで平民に偽装出来ていないエドガーさまともつり合うはずだ。
第三王子さまからも散々忠告を受けたことだし、粗末すぎない格好にしておかねば。
カレンも「お似合いでございます」と言ってくれているので、間違いないはず。
なんて油断をしていたら、
「くしゅん」
くしゃみが出てしまった。
……砂漠を有する辺境伯領とは異なり、王都は少し寒い。
さすがにこの格好は責めすぎだったかと反省していると、閣下が上着をそっと肩にかけてくれた。
「……? これは、閣下のお
「どの閣下か、とんと解らぬな」
「意外と根にもたれますね……。では、有り難く羽織らせていただきます、エドガーさま」
「――――」
なんで、そのように驚いた顔を?
「いや……やはり笑えるのだな、お前は、普通の顔で。悪意を受けても、気が付かぬように」
そりゃあ、謎を解いているときの、欲望にまみれた表情なんて見られたものではないだろうが、これでも私は乙女である。
笑顔のひとつやふたつ、浮かべる機能は残っている。
……かろうじて。
「それで、どこにまいりましょうか。こんなとき、街を散策する手段を私は知りませんので」
「お前は給仕の茶を好むだろう。茶葉の見立てにでも出向くのはどうだ。茶菓子を見繕うのもいい」
「あ、それはだめです」
「なぜだ」
理由は極めて単純。
「私が飲むお茶は、昔から全てカレンが調達してくれているものなのです。なので、他のものは受け付けません」
飲めないわけではないが、何か違うなと感じてしまうのだ。
そう説明すれば、エドガーさまは片眉を持ち上げてしばらく思案されたあと。
「ならば美しい妻を、より美しく飾り付けることで慰めとするか」
……随分不穏なことを、仰った。
§§
エドガーさまに連れられて向かったのは、王都一番の工房街。
ドワーフやエルフたちによる、
以前、ハゴス子爵邸ではグラスに対する彫刻の巧みさに舌を巻いたが、さすがは王都。負けず劣らずな品物が溢れている。
髪飾りに指輪、ネックレス。
教会のシンボルである翼十字をかたどった銀細工や、実用性はともかく彫り上げられた宝石のグラデーションだけで再現された野菜など、ちょっとした貴族の家でなら家宝として伝わっていそうなものが沢山あって。
なかには豪奢な意匠を凝らした剣なども置かれていた。
説明書きを見遣ると、どれも魔術的な代物で、物理的防御や身代わり、運気上昇、家内安全など、様々な効能が付与されているらしい。
当然、護身用の魔術が封入されたアクセサリーなんてのもある。
「閣下……エドガーさまは剣を新調されますか?」
「華美を罪とは思わぬ。だが、無用」
言って、腰の得物。
ハイネマン家の家紋が刻まれた剣の柄を彼は叩く。
「辺境伯家の至宝、〝
「カレン?」
普段は茶化してくるものの、こういった場面では
ティルトー。
聞き覚えはある。
古い
今では散逸した超技術が用いられた、剣としての機能を極限まで研ぎ澄まして打ち上げられた一振り。
曰く、開かぬ鉄の扉さえ、
どんな城門城壁、如何なる難敵を前にしても、決して折れず曲がらず、刃こぼれすることもなく、対敵を絶つ。
そんな逸話に
「詳しいな」
しまった、思考が言葉になっていた。
慌てて口を押さえるがあとの祭り。
エドガーさまは身を翻す。
怒らせてしまったか。
こういったことは秘するべきなのだろう。
だって、彼にとっての切り札だ。
戦場において命を預けるにたる秘伝なのだから。
解き明かすものとして、ついついに他人の謎を全て詳らかにしてしまう私でも、反省の一つぐらいする。
突然、頭に手を乗せられた。
ビクリと身体を震わせ。
おっかなびっくり視線をあげれば、エドガーさまの眼差しとかち合う。
慈しむような水色の瞳。
日頃の修練で鍛え上げられた無骨な指が、私の髪を何度も撫でて。
「これで許す。満足だ」
手が退けられる。
頭に残る僅かな重さ。
カレンがここぞとばかりに、横合いから手鏡を差し出してくれた。
鏡面を覗き込んで、驚く。
髪の上に、見事な銀細工の蝶がとまっていた。
羽の部分には虹色の――エドガーさまの瞳と同じ色合いをした
「これを、私に?」
「気に入らなかったか?」
「……いいえ、いいえ」
触るのが勿体なくて。
自分の心に芽生えた温かなものがなんだかよく解らなくて。
私は両手を合わせて、胸の前でぎゅっと握る。
祈るように。
いまを噛みしめるように。
「素敵でございます、お嬢様」
「カレン」
「そして旦那様、この甲斐性、見事と言うほかありませぬ。カレン、若干感服」
「ラーベ、お前のメイドはいささか礼を失しているな」
こ、これでも一応、とある貴族の長女ではあるんですけれどね、カレンは。
「まあいい。願いは果たせた」
「願い、ですか」
「ずっと考えていたのだ、あの夜からな」
どこか遠い彼方を見詰める彼の瞳の色は、郷愁にも似た暁色。
しかし、あのとは、どの夜のことだろう。
首をかしげれば、彼は微笑み。
「覚えていなければよい。俺だけが忘れぬ悔恨であればよいのだ。さて、気も晴れた。お前が望むのなら、ティルトーの逸話でも語るとしよう」
「よろしいのですか?」
「無論だ」
閣下が歩き出す、私の手を取って。
カレンが背後に付き従う。
いまここには、確かに満ち足りた時間が流れていて。
「かつて、俺はノイジーと剣を交えた」
スッと頭が冷静になる。
それは、神前試合の出来事では?
であるなら、ずっと気になっている〝謎〟があった。
「エドガーさまは、勝たれたのですよね?」
「お前が問いたいことは解る。俺があの秘剣を、いかようにして打ち破ったかだな?」
そうだ、それを知りたかった。
だってあの剣は――
「初見においては絶対回避不能の対人魔剣。それが尋常逸才流秘剣――
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