第六話 秘めおきし剣の謎

 尋常逸才流秘剣〝空顎うつほあぎと〟。

 何度でも言うが、私には武術というものがわからない。

 そんなド素人にも、あれが常軌を逸した技術であることは明白だった。


「振り下ろされた片手が、まず対敵をまどわし。ついで生じた二の剣が逃げ場をふさぐ。上方、下方、どちらの剣を受けるか、いっそ切り込むかと悩む間に、雷速にて両の剣が対敵を食い破る。文字通り、見えぬ獣のあぎとの如くな」


 絶対に、初見ではかわせない、対応が出来ない魔剣としか呼びようがない技術。

 必殺剣か……うん、それは要するに、謎めいているということでは?

 むくりと、私の中で抑えきれない探究心キュンリアスが首をもたげた。


「おそらくですが、あの技を可能にしているのは、2種類の魔術によるものではありませんか?」

「……空恐ろしいほどの慧眼だ、小鳥」


 エドガーさまは一度顔をしかめ、それから頷かれた。


「やはり黒鳥の血筋は悪意を見破るか」


 いやいや……武術的な部分は、正直なところまったく把握出来ていない。

 けれど、これを可能にする技術があるとすれば、それは魔術だろうと考えたのだ。


「上方に放った剣とまったく同様の剣を、振り抜いた手に〝複製魔術〟で再現、同時に引斥力いんせきりょくを操作――〝重力魔術〟の類いで一気に引き寄せることで回避不可能な速度と位置関係を成立させる、これで合っていますか?」

「合っている。俺の出した結論も同じだ。だが、それゆえに沈黙を守らねばならぬ」


 どうしてと訊ねれば、彼は極めて真剣な表情を覗かせた。


「あれは〝秘めおきし剣〟だ。その術理は門外不出、立ち会った相手は主君以外、なべて殺さなければならぬ」


 正しい意味での、必殺剣なのだと彼は言う。

 それほどまでに強力無比で、致命的な刃なのだと。

 知られないことこそ意味のある殺人剣であると。

 だが――恐るべきことに眼前の貴公子エドガー・ハイネマンは、その対人魔剣を打ち破り、無傷で生還している。


 一体どんな理屈があれば、あの技より生還出来るのか?

 ……待て。

 もしかして、これはそういうことか?


「エドガーさま、ひょっとしてティルトーとは」

「……神前試合において立ち会ったとき、俺はあらゆる面でノイジーに後れを取っていた」


 悔恨の情をにじませながら、彼は語る。

 繋がれた手に力が入り僅かな痛みを覚えるが、それよりも続きが気になった。


「心技体、勝るものなし。敗北もかくやという場面で、俺は全霊を賭して足掻き続けた。魂を燃やし、命の限り刃を振るい、やつへと肉薄し、実力を漸近ぜんきんさせ――ゆえに、ノイジーは放った。戦いの渦中にて成長する俺を、その場にてとどむための――とどめを刺すための一撃を」


 それが、尋常逸才流秘剣〝空顎〟。


「瞬時に悟った、死を。重ねて言うが、俺には彼奴きゃつに勝るものがなかった。たったひとつ、武具を除いて」


 やはり、そうなのだ。

 剣聖ノイジー・ミュンヒハウゼンと、エドガー・ハイネマンの勝敗を分けたもの。

 それは。


鉄扉切りティルトー。俺は破壊した、やつの武器を」

「ですが、一方を壊しても、もう一方が襲いかかってくるのでは?」

「運良く複製元を壊せた。複製元が消えれば、複製先もさほど長く形をとどめることは出来ない。とくにティルトーにはそういった性質がある。なにより……砕いた剣の破片が、ノイジーの目を潰してな」

「――あ」


 だから、彼は眼鏡をかけているのか。

 その時、視力を大きく失ったから。


畢竟ひっきょう、俺は生き延び、しかし最強者の称号はノイジーの元へ残った。目を患ったやつは気配のみにて対敵を斬れるほど己を研ぎ澄まし、剣聖としての地位を不動のものにした。それだけの話だ」

「……その後、命を狙われたりは?」

「ない。やつは俺を信じたのだ、口外こうがいせぬと。ゆえに俺もその信へ応える。お前は自力で術理へ行き着いた、だから語ったに過ぎぬ。どうせ再現など出来まい?」


 言葉もなかった。

 ただただ、謎が解かれたことに満足感を覚えていた。

 それは、おなかいっぱいに菓子を食べて眠くなっていたときのようなもので。

 脳髄は充足され、思考は緩慢さを帯び。


 ――つまり、気が緩みきっていたのだ。


「お嬢様!」

「ラーベ!」


 二人の警鐘ひめいが同時に響く。

 私は。


「――おや」


 自分の身体を、斬撃が貫通する瞬間を、確かに見た。


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