第二話 姿なき襲撃者

「第一王子殿には意中の女性がおられてな。これを訪ねようと王家秘伝の通路を使ったところを襲われたのだ」


 事前に用意してもらっていた防諜などが行き届いた宿で。

 ノイジーさまが、そのように切り出された。


 辺境伯家が所有する別邸を使用しなかったのは、話し合う内容が内容であったから。

 なにせことは、王家の醜聞しゅうぶんに関わる。

 聞く人間は少なければ少ないほどいいし、息がかかっているほどよい。


 とはいえ……王子さまに訪問される女性か。

 私には理解出来ないロマンがあるのだろうが……相手方の名前や地位が明かされない時点で察するものもあった。

 身分差の恋。

 スキャンダルの種としては申し分ない。


「失礼いたします」


 そんな話の流れをぶった切るように、カレンが淹れ立ての紅茶を全員に配っていく。

 馥郁ふくいくとした薫りが、部屋に広がった。


「おっと、それがしは不要だ。これがあるからな」


 言って、ノイジーさまはひょうたん・・・・・を持ち上げられる。

 どうやらお酒の入った水筒らしい。

 承知しましたと頭を垂れるカレンを、セレナさんは憎悪の眼差しで見詰めていた。

 隙あらば抜剣してきそうな様子だが、だからといってカレンは職務を放棄しない。

 論議の場には、絶対にお茶が必要だと解っているし。

 このお茶を飲まないと私の調子がいまいち出ないと、他ならない彼女は知悉ちしつしているからだ。


「ありがとう、カレン」

「もったいなきお言葉。カレン、悦楽」


 そこまで感動されても困るのだが……とりあえず紅茶を一口。

 うん、いつもの味だ。

 脳みそが回ってきた。


「他の王族の方は、どのような状況で襲撃を?」


 仕切り直しも兼ねて確認の言葉を投げれば、老境の剣聖は僅かに顔をしかめた。


「説明は当然するぜ。だが、子細な立場や名は伏せさせてもらう。全員王族ということだけ理解してくれ」

「承知しました」

「さてと……あるものは秘密裏に行われた会談の場で襲いかかられた。またあるものは王宮の予定表にない場所での移動中に刃が降ってきた。他にも、例外的な食事の最中。儀礼祭典から抜け出して遊んでいたとき、隠し部屋で書をしたためていたときなどを狙われている」

「ノイジー。それは」


 おそらくエドガーさまが危惧したことを。

 私も思い至っていた。


「王族以外が知らない予定、場所、隠し通路で襲撃を受けている、ということですか?」


 深く頷かれる剣聖閣下。

 ……これは、国家の一大事だ。


「何を問題視されているのか、言葉にして共有されるべきでは? カレン、名案」


 親友の言葉はもっともだった。

 エドガーさまを見遣れば彼は私を見ており、ノイジーさまも同じく。

 他に説明を買って出てくれるものがいないので、私は仕方なく口を開く。


 しかし、嫌だなぁ。

 だってこれは、謎ではない。

 単純なる危機なのだから。


「王家の秘密が外に漏れている。それはつまり、闇討ちから諜報まで好きにしてくれと言っているようなものです」


 そう、あまりにも重大な危機。

 捨て置けば早晩、パロミデス王の統治は崩壊する。

 王位継承権を持つものが、全員寝首を掻かれるという最悪の形で。



§§



「理解した、自体の究明は急を要する。襲撃者について、解っていることはあるか?」


 エドガーさまの疑問へ、剣聖閣下は僅かな時間思案してから返答した。


「おそらくは単独犯。そして凄腕であり……得物ぶきが解らない」

「暗器や毒の類いということか」

「近いが遠いぜ、エドガー。明らかに斬撃や刺突によって手傷を負わせてくる。だが、その武器の形状を見た者がいないのさ。なんなら、襲撃者自身すら、数えるほどしか目撃されていない。高速の一撃か、不可視の武器か、あるいは現場に痕跡を残さない術を心得ているのかって話だ」


 それは、実に奇妙なことだ。

 王族の皆さんが口裏を合わせているのでもなければ、一度ぐらい武器が見えても不思議ではない。

 射撃が通っているのなら、矢の一本、石つぶての一つぐらいは残るはずだが、その痕跡もないという。


 姿が見えないという点も解せない。


「認識阻害や転移の可能性は……考えなくてもよろしいですか?」

「小鳥よ、正しい」

「ああ、お嬢ちゃんの推測であってるぜ。王都でも、転移門ポータル以外では転移魔術は使えない。で、認識阻害なんて大魔術を行使すれば、いくら何でも王宮付きの魔術師が気が付く。冒険者が使う姿隠しのいんぺい術式じゃねぇんだからよ」


 となると、発動は簡素。

 或いは一度発動してしまえば察知されないような魔術が用いられているということになる。

 ゴーレムの生成などは、これにあたるだろうが……人に刺さる強度の土塊を飛ばせば、さすがに証拠が残るはずだ。


「詳細をお聞きするのは難しいと思いますが、犠牲者はどれほど?」

「いまのところはみな軽傷で済んでる。近衛とうちの門弟もんていを総動員して被害を押さえ込んでる形だ。また各地から腕の立つ者を呼び寄せる算段もあるという」

「門弟?」

「これでもそこそこ名の通った道場の主なんだぜ? 尋常じんじょう逸才流いっさいりゅう、知らないかい?」


 茶目っ気たっぷりにウインクをされるが、私はその名前を先ほど聞いたばかりだ。

 困ってしまってエドガーさまに視線を向ければ、「大陸一の間違いだ」と訂正を受ける。

 それだけの武芸者が集まっていれば、確かに襲撃者はやりにくいはず。


「ひょっとして、セレナさんも護衛を?」

「応とも。愛弟子だからって特別扱いはしねぇ。今日は某の目の代わりをしてもらってるが――ほとんどの場合は、擬似的な王宮勤めって寸法よ」


 愛弟子と呼ばれて、セレナさんはまた頬を紅潮させ、もじもじと身もだえる。

 彼女にとって彼は、それほど重要な人物なのだろう。

 他方、ノイジー閣下にとっても、彼女は必要らしい。


「失礼ですが、ノイジーさまは、目を」

「ああ、ほとんど見えちゃいないぜ。おかげで気配を読む修行になって丁度いいわけだが……噂ってのは一人歩きするもんでな。最近じゃあ、手合わせの相手もいなくなっちまって退屈さ」


 カラカラと笑う剣聖さま。

 もしも、彼が今笑い飛ばさなかったら、こちらをすごい目で睨んでいる少女剣士に、私の首は切り飛ばされていたかもしれない。


「お、なんでしょうか? やられますかな? うちのお嬢様に手を出すというのでしたら、さきほどの続き、いますぐおっぱじめても構わない……カレンにはその覚悟がありますが?」


 シュシュッと拳を繰り出しながら挑発するカレンと、今にも鞘走りそうな剣。

 しかし両名の威嚇行為は、続いたノイジーさまの言葉で蚊帳の外へと置かれた。


「そういや、護衛といえば、クレエア家からも数名が選出されてるな」


 立ちこめたのは重たい雰囲気。

 エドガーさまがこちらを見遣る。瞳の色は黄色、警戒色。


 なるほど、ハイネマン辺境伯家がそうだったように、相談を受けて参上したという形になっているのか。

 少なくとも防諜の大家としての名前を、クレエア家は勝ち得ている。

 ならば不思議なことではない。


 よし、状況をおさらいしよう。

 犯人は、おそらく単独犯。

 王族しか知らない予定や通路で襲撃してくる。

 そして武器は不明。

 投擲とうてき投射とおしゃは可能だが現物は残らない。

 剣聖閣下の門弟やクレエア家の精鋭を突破出来る力が襲撃者にはある。

 ……ふむ。


「しかしよぉ。襲撃者よりも、もっと先に手を打たにゃならん問題があるんだぜ、お嬢ちゃん」

「……? なんですか、それは」


 重苦しい様子で悩む剣聖閣下。

 彼は、さも重大といった様子でその〝問題〟を口にする。


「どこから王家のスケジュールが外へ漏れたかって話よぉ。こりゃあ、王族と一部の信頼が置ける近衛兵しか知らない絶対の秘密なんだぜ? それを調べ上げるなんて、相手はどんな凄腕の読心魔術の使い手で――」

「いえ、出所は明らかですよ?」


 首を傾げば、全員が勢いよくこちらを凝視してきた。

 いやいや、そんな食いつくような謎ではないだろう。

 そもそも、これが目当てで王都くんだりまでやってきた私は、話を聞いてがっかりさせられたのだから。


「明瞭なことです」


 とはいえ、情報の共有は大事だとカレンからもたしなめられたばかり。

 ノイジーさまは護衛、エドガーさまに至っては事態の解決に勤しむことが王様から期待されているのだ。

 懸念材料は少ない方がいい。

 ……もっとも、知れば知ったで、別の問題が発生する答えではあるのだが。


「スケジュールや場所を王族か近衛騎士しか把握しておらず、近衛騎士が絶対信用出来るのなら」

「できるのなら、なんだい、お嬢ちゃん」

「消去法的に考えて――王族の誰かがリークしている。そう考えるべきではないでしょうか?」


 私の答えに、男性陣がもれなく頭痛を堪えるような顔をした。


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