第二話 猛暑日に成金子爵邸へ

「ではくか小鳥よ。無際限の献身によって成り立つ貴族の責務を果たしに。即ち――慈善事業だ」


 猛暑日に少しでも涼を取ろうと、使用人の皆さん達と水遊びをしていたところ、閣下はそのように宣言された。

 私は皆さんと頷き合うと、即座に身支度を調える。

 

 予告されていた日が、ついにやってきたのだ。

 ハゴス子爵のサロンを来訪するときが。


 曰く、冒険者成金。

 曰く、ほら吹き子爵。


 ハゴス子爵を、多くのものはそんな渾名で呼ぶ。

 私のつまみ食い盗人や黒鳥よりは幾分マシだが、だとしても不名誉なもの。

 けれど彼がひとたび口を開けば、滑稽な二つ名は名声となって聴衆を魅了するのだ。


 港町に生まれたハゴス少年は冒険者を志し、たった一代で成り上がり爵位を買い取った。

 それは黄金郷と呼ばれる前人未踏の地から生還し、膨大な金銀財宝を持ち帰ったためである。


 お家の事情で世間に疎い私でも伝え聞くほど、彼の噂は各地に広がっている。

 子爵となった彼はその唸るような財産を湯水のように使い、定期的に晩餐会やサロンを開催。

 その中で語られる驚くべき冒険譚や武勇伝は、客人を魅了してやまないらしい。


 閣下はそんな人物の元へ、私を連れて行ってくださると約束してくれていたのだ。


「興味津々か。それほどほら吹きの嘘を暴き立てたいのか、ラーベ」


 馬車に乗り込んだところで、閣下が奇妙な質問を投げてこられた。

 確かに私は、ハゴス子爵という人物に強い興味を感じている。


 人跡未踏のダンジョン、黄金郷とはどんな場所か。

 そこで手に入れた財宝とはどのようなものだったのか。

 なぜ勇魚捕いさなとりが冒険者を目指したのか。

 しかし、その最たるものはもっと別にある。


「嘘を暴きたいわけではありません。私が知りたいのは、子爵の成り立ち・・・・です」

「ほう?」


 エドガー閣下の眉が、僅かに持ち上がる。

 どうやら意外な言葉だったらしい。


「閣下から見て、ハゴス子爵はどのような方です?」

「奇特なる篤志家とくしか、金払いは湯水の如く、それでいて会計は明朗。成り上がりでありながら貴族の責務をわきまえた男。しかして嘘吐き」


 これは凄まじい高評価だ。

 子爵の背後になにかしら後ろ暗いものがあったとしても、その全てが帳消しにされるほど、閣下はかの御仁ごじんを買っておられるらしい。


「ちなみに、嘘といえばどのような?」

「冒険者としての武勇伝。あれは偽りか、或いは誇張されたものであろうよ」

「しかし主賓ホストが客人を楽しませるため、大げさに話すことなどよくあることでしょう」

「……読めたぞ、小鳥。お前はハゴスの仮面を引っ剥がしたいのか」

「そこまで乱暴にするつもりはありませんが」


 不自然なほど急速に成長した金満家。

 それは、裏社会との繋がりを疑うには十分では?


「あるいは、〝結社〟と繋がっているとか」

「お前はおおよそはじめの推理を間違えるが、重要な部分で本質を突く」


 と言いますと?


此度こたびの訪問、サロンへの招待を受けた理由は子爵を探るためではない」


 彼が。

 防人さきもりの顔で笑った。


「ハゴスの周囲に集まってきた虫どもの内情を、白日の下へ照らすためだ。そう――〝結社〟の末端が、確実に今日の宴を訪問しているのだ」

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