第十話 引かれ合う刃事件(答え合わせ)
「二つの事件には共通点――いえ、非共通点とでも言うべきものがありました。対照的だったのです」
まず、襲撃事件では現場に武器で争った痕跡が残されていない。
また武器自体を見たもの、覚えているものがいなかった。
闇討ちは、王族と一部の護衛しか知らされていない秘密の場所で行われ、致命傷を負った人物は出ていない。
一方で、剣聖殺人事件では、凶器がありありと残されていた。ティルトーだ。
現場である宿の部屋は鍵がかかっておらず、誰でも侵入出来た。
しかし、ノイジーさまを正面から、あるいは汚い手段を使ってでも殺せるほどの
一見して、まったく異なるように見える二つの出来事。
だが、根底に流れる同一の襲撃手段を読み解くことで、裏側に潜んでいた真実は
「襲撃事件において、宮殿側が最も知りたかったこと、それはなぜ
秘密の情報が漏れ出た場所を早急に絶たねばならない。
それがあちらの意向だ。
けれど、謎を解く上で重要なのはもっと別の箇所。
なぜ犯人の武器が、誰にも観測されなかったかということ。
「一つは、襲撃者がほとんど姿を現さなかったことによります」
私が狙撃されたときと同じように、犯人は身を隠して攻撃していた。
だから武器が見えなかった。
これは一見穴のない推論のようでいて、実際は大きな
弓を引けば矢は残り、魔術を放てば残滓が計測されるはずだからだ。
この二点をすり抜ける方法は何かと考えたとき、真っ先に脳裏に浮かんだものがあった。
「それこそが、複製魔術と引斥力操作でした」
「マスターが狙っていたって言うのっ?」
セレナさんの叫び。
自作自演で己の名声を剣聖があげようとしている、という説は既に考えたが棄却されている。
彼にはそんなもの無用だ。
しかし、尋常逸才流の術理が、今回の事件を引き起こすのに極めて適していたことに間違いはない。
「短剣や暗器などを、事前に複製魔術で増産。王族がとおるような場所にオリジナルを仕込んでおき、現れた瞬間に引力を操作してコピーを放つ」
放たれたコピーは術者の意志で分解出来るため物証が残らない。
また、魔力の残滓も、はじめに複製したときのみに生じるので探知が難しい。
オリジナルとコピーが引き合うという術式は既に発動しているので、こちらも探りようがない。
「尋常逸才流の門弟の方々は、常に王族の護衛へ当たっていました。監視の目があったのは剣聖閣下も同じくです。ただひとり、ノイジーさまから自由行動を許されていたセレナさん、あなたという例外を除いて」
「…………」
彼女は答えない。
反論しない。
そこはどうでもいいと言わんばかりに。
……やはり、そうなのだ。
この少女は――
「小鳥、続きを」
「……はい」
エドガーさまが促してくる。
彼は本来、まだ寝ていなければならない容態なのだ。
だから速やかに話をまとめなければ。
この胸にわだかまる葛藤など、いまは捨て置け。
「第二の事件、剣聖閣下の殺害。これは、常人には不可能です。いかに閣下が老衰から弱っていたとはいえ、大陸最強であること、殺気を探知し半自動的に反応することにかけては他の追随を許しません。面と向かってでも、暗殺という形でも不可能です」
「だったら」
「ただし、殺気が意図しない方向から向いたのであれば――それが精緻な
当然セレナさんは反論する。
そんなことがあり得るわけがないと。
私とて、この方法でノイジー様を殺せたとは思わない、
だが、今回に限っては出来るのだ。
彼女が犯人であるという前提がある限り。
「マスターを殺したトリックがあるって言うなら、説明してみせるの」
セレナさんの怒りを正面から受けつつ、私は表情を変えず答えた。
「落下です」
「落下ぁ?」
「彼が寝室に使っている部屋は、天井が高く出来ていました。もしもそこに、鉄扉切りを設置出来ればどうでしょう?」
「落ちてきた剣が、そんな都合よく喉に刺さるわけがないの! 第一マスターが」
「はい、ただ落ちてきただけの剣を躱わせない……ということはないでしょう。けれどその時、目が見えていなかったとすれば?」
「!?」
遺体発見時、彼が常用していたメガネは枕元にあった。
ベッドに横になり、眼鏡を外す状況とは何か?
……睡眠である。
「剣聖閣下は就寝されていた。そんなとき刃が落下してくる。しかも剣は鉄扉切り。皮膚を裂くくらいは容易いはず」
「可能だ、ティルトーならば。しかし、延髄までを断ち切るとなれば」
エドガーさまの言葉に。
私はゆっくりと頷き、
「そうですね、力が足りません。ですが」
ついで、首を横に振った。
「もしも、引力を倍増出来たなら、話は違うと思いませんか?」
「……まさか術理を? おまえごときが……なの?」
驚愕に目を見開くセレナさん。
残念ながら……既に明瞭なことなのだ。
「複製魔術によってコピーが取られていた鉄扉切り。このコピーへ、オリジナルが引きつけられるように魔術を発動すれば、落下の速度は大幅に増します。人体が対応出来ないほどの急降下斬撃。私はこの技を知っています」
「やめるの」
「尋常逸才流の秘めおきし剣〝
「やめるのぉおおおおお!」
それ以上の言葉を全て遮るように。
剣聖の弟子は絶叫した。
泣きわめく幼子のように。
憎悪も怒りもなく、ただひたすらに哀切の叫びを上げて。
「……情報を整理します」
ノイジーさまは目が悪かった。
だから部屋の天井に仕込まれた、魔力の残滓や気配のないオリジナルのティルトーには気がつけない。
ベッドに横たわったときには、視覚拡張魔導具であるメガネも外していたから、見上げても違和感すら抱けなかっただろう。
そんなとき、下の部屋から殺気がほとばしる。
重力操作の魔術、その亜種である引斥力操作によって、オリジナルの鉄扉切りと犯人が手にしたコピーが相互に引かれ合う。
剣聖閣下の意識は自然と階下へ向き、他への警戒が僅かに緩む。
その隙を突いて、凶器は上から迫り、彼の首筋を貫く。
剣聖閣下は刃を引き抜こうとして、そのまま息絶えた。
だから、自殺のような、他殺のような、奇妙な光景が出来上がったのだ。
そして、こんな真似が出来た――剣聖閣下が反応するしかない殺気と
「犯人は……あなたですね、セレナさん?」
「なのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
繰り返した言葉は酷く空しく。
少女の泣き声に掻き消された。
§§
「今回の推理、お前は大きく精彩を欠いていた」
王都からの帰り道。
馬車の中でぐったりとうなだれた様子のエドガーさまが、そんな身も蓋もないことを仰る。
そりゃあ、綱渡りのような推理もどきだったのだから、
「正直に言えば、決め手は一切なく、自供待ちでした」
「確証はなかったと?」
全くの皆無ではない。
上方と下方の刃が引き合うという術理は既に説明されていたから、とっかかり自体はあった。
剣聖閣下の宿泊していた部屋。
その直下が空き室だったのも、推理の助けにはなった。
剣聖閣下を殺せるのは、それ以上に才能のある剣士――即ちセレナさんだけだと、消去法の理詰めを行ったことも確かだ。
だが、解らなかったのは動機だ。
あれだけノイジーさまを慕う少女が、どうして師匠を殺すというのか。
どれほど考えても、私には解らない。
セレナさんが全て事実であったと認め自供を初めてくれたことも。
私には理解が及ばない。
「なにを言う。それこそ明瞭なことだろう」
「はい?」
エドガーさまが、身体をいくらか起こす。
哀悼の色が宿った瞳が、私を見て。
「お前は、ノイジーが今際の際になにを思ったか解ったと言った。推理を突きつけることで、セレナはこれを理解した。それだけだ」
意味がわからない。
あれはハッタリの一種、彼女に話を聞いてもらうための方便で。
……いや、そうか。
剣聖閣下は襲撃者の問題を解決するため、王様に働きかけてエドガーさまを呼びつけた。
そして事件が起こり、彼は死んだ。
この見方が、そもそも間違っているとしたら?
もしも剣聖閣下が、初めから死に場所を探していたとしたら、どうだ?
ハゴス子爵のもとを尋ねたのは、エドガーさまと会うため。
王都に呼び出したのは、剣の腕を競うため。
あわよくば自分を殺させるためだとすれば話のつじつまは合う。
「守るための力。俺が手にしたのはそのそれだ。ゆえに、攻撃的な意志は鳴りを潜めた」
だから今度はカレンを挑発する。
弟子を使ってちょっかいをかけて、殺し合いの場に呼び出そうとして。
しかし、セレナさんが秘剣を使ったことで状況が一変、自分が挑むことに角が立ってしまう。
王族襲撃において死傷者が出なかった理由も、もっと強い護衛を呼び寄せるためだったとすれば得心がいく。
そしてその考え方で行けば――
「ノイジー・ミュンヒハウゼンは、弟子に自らを殺させた」
「老境とは悟りではない。老いてますます力への渇望は芽生える。そんなとき、己を超える才覚を目にしてなにを思ったか」
競い合いたいと考えても、老い先は短く、セレナさんの生涯はまだ長く。
成長の余地は、無限にあって。
弟子に自らと命を賭して戦う理由はなく。
「だから、一計を案じた。彼女の才を自らが上回れるかどうかを試したわけですか」
「結果、ノイジーは破れた。他ならない己の技にな」
それが、今回の事件の真相。
強さの極限に至った男が紡いだ、なんとはた迷惑な――
「セレナさんが、報われませんね」
「さてな」
しょんぼりと告げれば、なぜだか彼は微笑んだ。
「剣聖を殺せる逸材。それを
「まさか」
「あれは今後も、好きに生きるだろうよ。強者を全て
「――――」
言葉もなかった。
何も考えられなかった。
ただ、それが武門に生きる者の命の在り方なのだと。
そう思い知るのだった。
まったく。
「エドガーさまは、私をおいて亡くなったりしませんよね? あんな無茶、二度とごめんですよ?」
「……解っている。未練は俺にもある。だが……いまは案ずるべき相手が、他にいるだろう。転移門の利用、不問にしたわけではないぞ」
彼の言葉はもっともにもほどがあった。
「第三王子が口を割った。王族の情報は全てやつから漏れ出していたものだ」
「…………」
「そして、これを手引きしていた者がいる。名を口にする必要があるか?」
「いえ」
だって、それは自明なことだ。
あの日、事件を解決したあと、〝彼女〟は
「お暇を頂戴いしとうございます。カレン、長期休暇」
親愛なる私のメイド、カレン・デュラは。
そんなふざけた言葉を残して、失踪してしまったのだから。
窓の外を見遣る。
馬車が向かう先に、黒く、重たい暗雲が立ちこめているのが、よく見えた――
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