第九話 解決編
日がどっぷりと暮れて、夜のとばりが降りる。
王都だけあって、それでもしばらくは賑わいはあったものの、やがて静寂が一帯を包み込んでいった。
月と星を雲が隠す完全なる闇夜。
そんな中、私はそろりそろりと大通りを歩いている。
すれ違う人影もなく、供連れもいない。
無防備な格好で、そのまま裏路地へと入った。
一歩、人目のつかない場所へと踏み入った瞬間。
空気がピンと張り詰めた。
武芸を
緊張で足が絡まり転びそうになる。
ダメだ、それは許されない。
一つの狂いが、全てを無為に帰してしまうのだから。
元の姿勢に戻ったときには、路地の入り口――或いは出口に、人影が立っていた。
全身黒ずくめ、顔まで隠した小柄な影。
無言で振りかぶられた刃は、数秒ののちに私を一刀両断するだろう。
だが、初めから来ると解っていれば、対策も出来る。
私はずっと握りしめていた〝お守り〟を発動。
細工町で買い求めたそれが、
されど襲撃者もさるもの。
ひらりと身を
距離は、とっくに刃の間合いの内側。
振り下ろされる剣。
防御の〝お守り〟が起動。
それを見越していたように振り抜かれた手にはなにもなく、上方に静止する剣が。
下方、新たに生じた一剣とともに、私を食い破るため、姿なき獣の
死。
確実な死。
しかしそれは、次の瞬間弾け飛んだ。
「はて、言ったはずですが? 続きをおっぱじめても構わないと」
私の後方から突き出された
それなるは鉄扉切り。
偉大なりしハイネマン家の秘宝。
これを執るのは――私のメイド、カレン・デュラ。
闇の中でなお映える、オレンジ色の髪をたなびかせ、カレンが追撃の刃を放つ。
だが、襲撃者はこの瞬間に剣聖を超えた。
砕かれたはずの刃が再生する。
否、複製魔術によるコピー。
それは瞬く間に数を増し、百の刃となってこちらへ降り注ぐ。
「シン・尋常逸才流〝
「――残念でございました。カレン、
「っ!?」
だが、届かない。
ヒュパッという音とともに、一切の伏線なく、一切の脈絡なく、突如として現れた
「では、次はこちらから」
岩壁が消滅、颯爽とカレンが駆ける。
繰り出されるティルトーを、襲撃者は
己の全精力を込めて放った必殺の二撃――尋常逸才流〝空顎〟、その発展系たる〝
これは、既に剣聖閣下が神前試合で示した客観的な事実であった。
そう、飛来する
秘剣は、破られた瞬間に隙が生じるのだ。
「はぁっ!」
ティルトーが、さらに三度閃き。
ついに襲撃者は、地に
……決着である。
僅かに乱れていた呼吸を整えて、可能な限りの冷静さをもって、私は相手を見下ろす。
「連続王族襲撃犯、およびノイジー・ミュンヒハウゼン剣聖閣下殺害の実行犯は、あなたですね」
雲が切れ、月が覗く。
降り注ぐ月光を浴びながら、私はその名を口にする。
「セレナさん?」
カレンが襲撃者のかぶっていた覆面を引き剥がす。
現れたのは、間違いなく剣聖閣下の愛弟子。
セレナさんの、憎しみに歪みきった表情だった。
§§
謎に対して。
或いは罪と罰に対して、私は公平であり、誠実であることを己に課している。
だから、捨て置けば王族襲撃の主犯として処刑されかねないセレナさんを、そのまま王宮へ引き渡すという真似は出来なかった。
……答え合わせが、出来ていないのだから。
よって、彼女を連れて宿舎に戻った私たちは、エドガーさまと。
そして王宮よりやってきた役人様――ということになっているが、恐らくはなんらかの
まだそのままにされていた剣聖閣下の遺体を見たとき、セレナさんは大きく身もだえをした。
両目に宿っているのは、殺意と
カレンに指示を出して、猿ぐつわを外させ、彼女の口を自由にする。
「殺してやるのっ」
真っ先に飛び出した言葉は予想通りのもの。
だから無視して、私は語りはじめる。
「さて、今回の一件、王族連続襲撃犯ならびに剣聖ノイジー・ミュンヒハウゼン殺人事件について、お話をさせて戴きたいことがあります」
「話すことなんて無いの……!」
「私はありますよ? ノイジーさまが、今際の際に何を考えられていたか、とか」
「っ」
ぐっと押し黙るセレナさん。
一つ息をつき、続ける。
「第一の前提として、二つの事件の犯人は同一です。セレナさん、あなたが行ったことですね?」
「違うの!」
噛みつくような否定。
……ここで、剣聖閣下の名を出し、丸め込むのは容易い。
だが、それは脅迫だ。
脅迫で勝ち得た自供など意味がない。
ゆえに
「なぜ、違うと断言出来ますか」
「証拠がないの。闇討ちならそこの、腐った目をしたメイドにも出来るの! こいつは転移魔術を習得しているの。相手の魔術適性ぐらい見れば解るの。だから、刃を飛ばせばいいはずなの!」
いろいろと思うところはあるが……なるほど、理解しよう。
カレンへと視線を向け、ついでエドガーさまを見遣る。
彼は頷き、手元の資料を読み上げはじめた。
「確かなことだ。カレン・デュラには転移門を使用した記録が多数残っている。また、転移魔術を習得していないとする証明も難しい」
「ほらみるの!」
「だが」
彼は役人さんへ資料を手渡し、内容を確認させながら答える。
「転移魔術では刃を落下させることは出来ても飛ばすことは出来ない。また、あらゆる襲撃現場において、物証となる武器は発見されていない。唯一の例外が、ノイジーに対する一撃。つまり、喉へ突き立てられた我が剣、鉄扉切りだ」
「ならあんたが犯人なの! あんたがマスターを殺したに違いないの!」
否、それは不可能だ。
なぜなら彼は致命傷を負っていた。
あれほどの手傷がありながら、大陸最強の剣士を向こうに回すことは、いかな辺境伯閣下とはいえ無理としか言いようがない。
だが、少女剣士は
「マスターの不意を突いて殺した後、自分で傷つけたの。それなら」
「それなら、何ですか? 剣聖閣下は隙を突かれたぐらいで敗北するほど弱かったと。愛弟子であるあなたは、そう言いたいのですね?」
「――ふざけるな、なのっ!」
意地悪な私の物言いに、彼女が激昂する。
激しく身をよじり、いくつもの罵声を織り交ぜながら、師に対する感情を吐き出していく。
「マスターは最強で、誰よりも偉大で、わたしの、わたしの――そう、マスターが負けるわけがないの。きっと毒でも盛られて」
「ノイジーさまから毒物は発見されませんでした。ただ……」
言葉を切る。
彼女が私を見た。
憎悪ではなく、揺れ動くままの心を移した瞳で。
「お身体は、相当に悪かったようですね。ほぼ末期の症状で、ポーションを常飲されていたのも、それが理由かと」
「――――」
セレナさんは何も言わなかった。
ただ脱力し、暴れることすら止めて。
思えば、剣聖閣下がハゴス子爵の元を訪れた秘密の理由というのも、ポーションを求めてのことだったのかもしれない。
側にいてもまったく悟ることが出来なかったが、ノイジーさまの肉体はそれほど老いに蝕まれていたのだから。
けれど。
「彼は剣聖です。大陸最強の武芸者。もしもそんな人物に打ち克つことが出来るひとがいたというなら」
それは、きっと。
「彼の術理を全て把握していた天才――セレナさん、あなたをおいて他にいないのです」
だから、結論はこうなる。
王族を襲った形跡の残らない技。
そしてノイジー・ミュンヒハウゼンを殺した方法とは。
「尋常逸才流秘剣〝空顎〟。これが、暗器を現場に残さず、そして剣聖閣下に死を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます