閑話 引かれ合う刃事件 ~犯人視点~

 敬意リスペクトなの!


 生まれたときから暗殺者学校で育てられて、名前も与えられず、生きてるのか死んでいるのかも解らない日々を過ごしてきたわたしに、変化の切っ掛けをくれたのはマスターだったの。


 わたしは無敵だったの。

 誰にも負けたことがなくて、任務達成率も完璧。

 そんなわたしはあるとき、要人暗殺に出向くことになって。


 そして、返り討ちになったのです。


 その相手こそマスター。

 マスターは弟子にならないかと誘ってくれて、セレナという名前まで与えてくれたの。


 打ちひしがれたの。

 胸が高鳴ったの。

 世の中には、こんなにも強いひとがいるんだって。

 だからわたしは、リスペクトすることにしたの。


 マスターの弟子として、必死に稽古に勤しんで。

 学校で与えられていた洗脳毒の離脱症状、その死ぬほどきついやつも敬意があれば乗り越えられたの。


 殺し殺されしか知らなかったわたしにとって、日常は凄く大変だったけれど、マスターを思えばいくらでも耐えることが出来たのです。

 だってマスターは仰ったの。

 わたしはもっと強靱つよく、もっと疾速はやく、もっと孤高たかみにいけると。

 うれしかったの。だって、強くなればなっただけ、マスターは喜ぶから。


 やがてわたしは免許皆伝を受けて。

 秘剣だって授けられて。


 それは順風満帆、幸せな日々。

 間違いなく最良の時間。

 けれど――奪われる日が、唐突にやって来たの。


 暗殺学校の連中が現れたの。


 やつら、従わないとわたしの素性をばらすとか言い始めて。

 世の中にアサシンであることがバレたら、お前の師匠はどうなるかなって脅されて。


 カチーンと来たの。

 なのでとりあえず、脅してきたやつらを半殺しにしてから考えることにしたのです。

 確かに、このままじゃマスターは立場を失うかもしれないの……。

 それはとても嫌なことで、迷惑なんてかけたくなくて。


 だから、リスペクトなの。

 マスターは仰っていたの、だいたいの問題は武力で片がつくって!


 というわけで、口止めを条件に、やつらのいうとおり王族を夜襲しておいたの。

 王侯貴族とか、民から税金を引ったくるだけ引ったくって遊びほうけるロクデナシだってマスターも言っていたの!

 よってこれは誅伐ちゅうばつなの。


 ……? もちろん殺さないの。

 無関係な殺しはしない、なぜなら弱さに繋がるからって。

 そう、マスターから教わっていたから。


 ただ、それがたぶんやつらの癇にさわったらしくて。

 とてもふざけたやつが現れやがったの。


 昔のわたしと同じ、腐ったドブ川色の目をしたオレンジ髪のメイド。そう、メイドなの。

 二秒ぐらい長考したの。

 こいつ、放置するとゼッタイろくでもないことやらかすの。

 なら一息にと思って秘剣を抜いたのだけど……マスターに止められてしまったのです。


 どうしてなの?

 なぜ阻むの? こいつは強者なのに。

 解らない……解らないの!

 戸惑って、悩ましくて、むしゃくしゃしたので。


 また王族を闇討ちして憂さ晴らしをしたの。


 思いっきりしっちゃかめっちゃかにしてやったのです。

 ……で、やりすぎたの。

 やつらはおかんむりで、今度はメイドの主である黒い女を殺せって言ってきたのです。


 殺すなんてまっぴらごめんなので、いい感じに急所からズレるように狙い撃ったのだけど、なぜか失敗しちゃったの。

 その上、マスターにこれまでの仕業がバレたの!

 大変なの、一大事なの!

 もはや自刃するしかないと思い詰めるところまで行って。


 でも、マスターはやっぱり敬愛すべき相手だったのです。


 彼は真剣な顔でこう仰ったの。

 これより最強と試合しあうのだと。

 最強とはつまり、マスターのことで。


 持てる全てをついやして挑んでこいと言われたの。

 暗殺の術も。

 学んだ尋常逸才流も。

 いつでもいい、隙を見て襲いかかってこいと。牙を突き立てろと。


 わたしにとってマスターは全て。

 マスターの指示が、わたしの人生。

 その真意がどれほど謎めいていても、彼が何より絶対で。

 だから、従ったの。

 全力全霊の敬意リスペクトをぶつけて、わたしは挑んで……!


 ――あとは、ご存じの通りなの。


 罪を暴かれたわたしは王宮へと連れて行かれて。

 そこで、声を聞かされたの。

 相手が誰だったのかは知らないの。

 ただ、ちょっとだけマスターに似た、威厳のある声は、わたしにこう言ったのです。


 ノイジー・ミュンヒハウゼンから全てを聞いている。そなたは今後、この国に降りかかる災厄、猛威、邪悪の全てを切り払う剣となれ――って。


 なぜなら、いまこの国で一番強い剣士は、わたしだからって。

 ……そこで、やっとわかったの。

 マスターは、わたしがひとりでも生きていけるようにしてくれたんだって。


 わたしが彼を尊敬していたように。

 彼は私を尊重してくれていたの。

 それを、よくよく思い知ったから。


 だから……生きていくことにするの。

 マスターが願ったとおりに。

 最強を、目指すために!


 それで?

 おまえ・・・はどうするの?

 わたしなんかよりよっぽどがんじがらめに見えるおまえは。


 腐ったメイドのおまえは、なにをするの?


「決まり切っております。剣聖様があなたにやられたように、わたくしはお嬢様を縛る枷を全て断ち切るだけ。その命さえも」


 ……そう。

 なら、敬意を払って、ひとつだけ教えてあげるの。

 そのお嬢様ってのには、注意したほうがいいのです。

 だってあの人。


 マスターと同じで、心はただの人間だから。


 わたしたちと、同類じゃないのですよ?


「……心得ました。では、二度と会うこともないでしょう。さようなら、セレナさん」


 バイバイ、愚かなメイド。

 もし、万が一また会うことがあったら。

 その時は、再戦するの。

 今度はきっと、わたしが勝つので!

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