幕間 とある策謀家(自称)の歯ぎしり
「なぜだ? 何が間違った?」
クレエア家当主、ドノバン・クレエアは頭を抱えていた。
なにもかもが上手くいっているはずであったのだ。
厄介者である娘を政略結婚のコマに使い、相手方の
同時に、〝結社〟の人脈を用い、ハイネマン領の国力も
〝結社〟が紹介してくれたゲーザンという暗黒街の住人を用い、鉱山の責任者たるミズニーと内通。
大量の稀少鉱物を手に入れ、秘密裏に魔導具を大量生産し力を蓄え、それを傘に他国と内通。
最終的にはパロミデス王へ叛旗を翻す算段だったのだ。
だというのに、全ては無為に帰した。
ゲーザンは死に、ミズニーも死んだ。
僅かでも安堵するべきところがあるとすれば、自らとの繋がりがあることを口封じする必要がなかったと言うことぐらいで……。
「まったくですわ。わたくしもせっかく私兵を繰り出して、お姉様に自粛するよう
「……待て、リーゼ。今なんと言った?」
愛娘が同じ言葉を繰り返す。
ラーベに釘を刺したのだと。
「――――」
ドノバンは机に突っ伏しそうになる自分を律するので精一杯だった。
そんなことをすればどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
目の前に謎を与えられ、それを解くなと言われて自省が出来るなら、この家からラーベという存在が追放されることなどなかったのだから。
「あれに餌を与えるとは、何を考えている?」
「そんな、酷い! わたくしよかれと思って致しましたのに、あんまりですお父様」
途端に泣き崩れてしまう娘を見て、ドノバンは弱り果てた。
子煩悩な男である。
これ以上、リーゼを悲しませることなど彼には出来なかった。
ゆえに怒りは、もうひとりの娘、出来損ないの失敗作へと向く。
「おのれラーベめ! 家を出てまで我らが邪魔をするとは……!」
「そうですわ、お家のために尽力するのが家族の使命だというのに。本当ダメで愛らしいお姉様」
「全くだ……愛らしい?」
「可愛らしいでしょう、
なるほどドノバンは同意しつつ、ここ最近のお家事情を思い出してズンと胃が重くなった。
ラーベがいた頃に築かれていた、謀略に対するカウンターとしてのクレエア家のイメージは損なわれつつあった。
当然だ、もとからそんな意志はないのだ。
先代の当主であったドノバンの父が、ラーベの異常性を上手く活用した、それだけの話なのだから。
〝結社〟の暗躍も、まもなく表立ってくるだろう。
そうなったとき、悪の貴族たる自分はどう動くのが最善か。
「これなれば、次の策を用いるまで……」
ハイネマン辺境伯領との対立は長きに渡る。
国防の
そしてその武力を支えているのは、領地に根ざすダンジョンと、そこから金銀財宝や魔物の素材を持ち帰る冒険者達があってのもの。
即ち。
「冒険者ギルドを締め付けるために、援助をしているパトロンどもを潰す」
圧力をかけ、暗殺を企て、恐怖によって萎縮させる。
これしかないのだと、ドノバンは断じた。
「ゆえに行け、〝影〟よ。薬? ああ、今回の分をくれてやる。存分に働いて見せろ!」
かくて〝影〟は再び暗躍する。
だが、その主たる男は知りもしない。
全ての謎を解き明かすものへ、敵意をもって関わるということがどんな意味を持つのかと。
暗愚なる彼らは、何も理解しない――
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