第五話 味見をしまして
すぐに蘇生術が使えるものが呼ばれたが、子爵の命は返らなかった。
どうやら毒物に、魔術を
つまり、中身はポーションではなかった可能性がある。
また、閣下の命令で駆け付けた鑑定術者が調べたところ、ベツトリヌさんの主張の通り、すべての杯から同様の毒物が確認された。
猛暑日である。
冷暖房用の魔導具でも緩和しきれない熱は、慌ただしく捜査がされる邸宅内を満たし、杯の中で氷は溶けてカラリと鳴る。
私たちは喉の渇きを覚えながらも、杯に手を付けることも出来ず、ただ状況を見守るしかなかった。
「今回の一件、どう見る」
現場の封鎖や、各所への指示を終えられた閣下が私へと尋ねるが……どうもこうもない。
「一見して、ハゴス子爵による大量殺人未遂とも考えられますが」
「ありえぬな」
そう、ありえない。
毒杯である、という疑いを持たれた時点でなぜ強行する必要がある?
一度飲み物を下げさせて状況をリセット、日を改めて同じようにすればいい。
子爵が犯人であるとするなら、他にも不自然な点が目につく。
自ら毒を食らったことだ。
ごねるなり無礼と断じるなり、ポーションを口にしない理由など無数に思いつけたはず。
そもそも、心中でもするつもりがなければ自分のグラスに毒など入れない。
……全員が狙われていたのだという状況を作りたかったのならその限りではないが、あまりに
「転移魔術によって杯に毒を入れる……というのは普通に無理ですね」
「当然だ。
それこそ伝説に名を残すような術士が、たまたま暗殺依頼をこなしているとは考えにくい。
……いや、これは順序が逆か。
暗殺が容易すぎた時代が存在したからこそ、大陸では転移を封じる魔術が発展したのだ。
なにせ、人を殺すだけなら杯に毒を混ぜる必要などない。
井戸に糞でも投げ込めばいいのだから。
……やはり、子爵が毒を仕込んだというのは考えづらい。
協力者がいて、自らの杯には毒を入れなかったところを裏切られ、逆に毒殺された……そんな妄想たくましい可能性ならば、ゼロとは言わないが。
では、現状で一番の容疑者は誰か?
毒杯を指摘した男、仮面の商会代表だ。
「閣下、ベツトリヌさんは」
「取り調べている。だが、期待せぬことだ」
この場は非公式。
エドガーさまや剣聖閣下など、身分を偽っていないかたのほうが珍しい。被害者であるハゴス子爵ですら出生は不明なのだ。
となると、誰も彼もがあやしく見えてくる。
ベツトリヌさんが筆頭なだけで、全員等しく容疑者と言っていいだろう。
「お願いがあります、閣下」
「
「取り調べに同席したいのです」
彼が、微かにため息を吐いた。
しばしあって、首肯が返る。
よしと、私は拳を握って、ベツトリヌさんのもとへ出向くのだった。
§§
結論から言えば、ほぼ全員が調査に非協力的だった。
ベツトリヌさんは一貫して容疑を否認。
なぜ毒杯の話を持ち出したのかと訊ねれば、子爵といえば黄金郷の毒杯だろうと開き直られてしまう。
また、事前にトレニー導師とハゴス子爵が打ち合わせをしていたのを聞いたから、なにか不思議な酒が出てくるのではないかと考えたとも証言していた。
そのトレニー導師はといえば、毒物の生成など出来ないの一点張り。
遠方にある
あくまで子爵とは、術者と雇用主の関係であると言い張っている。
トマス男爵は黙秘を貫いており、身分から全てが不明のまま。
逆にマーズ夫人は多弁家で、まったく聞いてもいない情報をのべつ幕なくまくし立てられて逆に
一方で、
彼は自分が食客であることは事実とした上で、秘密の理由があってここに居ると明言。
また子爵より生前から、冒険者ギルドのパトロンにならないかとたびたび打診を受けていた旨を口にされた。
曰く、
「いずれ
とのこと。
ううむ……まったくもって、事件の解決とは無関係そうな証言ばかり。
「どうだ、小鳥。明瞭か」
「残念ながら……」
まったくちっとも明瞭ではない。
というよりも、解らないことが多すぎる。
この事件は、そもそもなんなのだ?
〝黄金郷の毒杯〟が、かつて
いいや、それはあまりに飛躍した考えだ。
犯人は、歴然と存在するはず。
ならば子爵による自作自演だろうか。
私たちを毒殺したい理由が彼にはあったのだと仮定して……ダメだ。なぜ自分まで毒を飲むのか筋が通らない。
逆に彼が犯人でないのなら、誰がどのようにして毒物を混入させたのか。
その意図は何なのか?
おまけに一つ。
閣下がこの宴に参加した理由。
そう――〝結社〟の関係者とは、誰だ?
全て謎のままである。
「小鳥よ、口元を隠しておけ」
言われて、ハッと手を当てる。
私の口角は、いつものように弧を描いていた。
それもそのはず。
解らないなどと言いながら、私は一つ、謎を解く鍵を手にしていたのだから。
「……閣下。重大な告白があります」
「
「なにを仰っているのですか?」
急に世迷い言を口にした彼をジトリと見詰め。
私は、隠していたことを白状した。
「じつは、子爵が毒を呷った直後、ポーションの味見をしました」
「――――」
虹色の瞳が見開かれ、めまぐるしい勢いでその彩りを変える。
「きゃっ」
突如、彼は私を抱き上げると、そのまま回復術士の元へ走り始めた。
「閣下、大げさです。この通り、なんともないのです」
「なんともないわけがあるものかっ」
「いいえ、なんともなかったのです。つまり」
謎の重要な基点へと、私は踏み込む。
「鑑定人が駆け付けるまで、あのポーションは無毒であったということです」
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