第四話 成金子爵の素性を探れ

「閣下、お話が」

「……どちらだ」


 露骨に不機嫌そうなエドガーさまは、隣に腰掛けているノイジーさまを見遣って揶揄やゆを口にした。

 さきほど毒杯を舐めた話して以来、この調子だ。

 どうやらよほど、私の無謀が目に余ったらしい。

 小さく息をつき、気を取り直して真っ直ぐに彼を見詰める。


「私の夫であるエドガーさまにお話があります」

「聞こう」


 まったく、もう、このひとは……。


「ハゴス子爵について、素性をご存じだったりしませんか?」


 私の問いに、二人の閣下が顔を見合わせる。

 当然だろう、謎のお金持ちというのが子爵の価値だ。

 既にお亡くなりになっているとはいえ、過去を掘り返すような真似は歓迎されない。

 それこそ噂好きが戯れにやるようなことだろう。


 だが、この事件を解決するためには、必要なピースがあまりに足りていない。

 毒杯が殺人に用いられた動機。

 子爵、或いは今日の参加者全員が狙われた理由。

 毒の混入方法は……ある程度算段がつくのでいいとして、集まっている一堂があまりに秘密主義者なのも状況をややこしくしている。


 だから、明らかにすべきは以下の二点。

 誰ならば杯に毒を入れられたか。

 どうしてそうしたか。


 後者を解き明かすためには、唯一最大の犠牲者である子爵のことをもっと知らなくてはならないと、私の直感が告げていた。

 だからこその問いかけだったのだが……答えてくれたのは剣聖のほうの閣下だった。

 実をいえば、その知識を期待して二人がいるところを訪ねてきたので、丁度よかったとも言える。


「某が知る範囲では、冒険者なのは確かだ。だが、腕利きとはとても呼べまい」

「……つまり、武勇伝のほとんどは嘘であると?」

「そうは言っておらんよ。間違いなく、ある程度の死線をくぐっている。ただ、ダンジョンを踏破するとなれば、よほどの幸運に恵まれたと考えるべきだ。あるいは、大きく身体能力をげんずる何かがあったかとな」


 たしかに、語られる逸話の中で、子爵はいつも新米冒険者だった。

 それが上級者に助けられたり、奇跡的な幸運に恵まれたりで黄金郷へと辿り着く。

 そんなご都合主義的で、だからこそわくわくが止まらない物語だからこそ、多くの者が魅了され、彼を愛したのだろう。


 ……待て。

 逆説的に、全てが嘘というわけではないと言うことか?

 そこに一抹の事実があるとすれば?


「閣下」

「…………」

「エドガーさま」

「お前の考えるとおりだ、小鳥。〝結社〟の関係者を調べる過程で、ハゴスの過去はおおむね明らかになっている」

「裏切りがあった、ということですね……?」


 私の問い掛けに、彼は重々しく頷き、それから横に首を振る。

 さだかとは言い難いわけか。

 しかし、推論はたつ。


 黄金郷の毒杯という物語において、仲間達は愚かさから死に、子爵だけが生き残る。

 もしこれが事実であり、しかし虚偽でもあるとすればどうだ?


「子爵は仲間に見捨てられた。もしくは自らの手で仲間を殺した」


 それがどんな場所で、どんな状況かは解らない。

 だが彼は孤立し、死にひんした。

 裏切られたのかもしれないし、自分から見限ったのかもしれない。

 ただ、最終的に生き残ったのはハゴスさまだけで。


 かくして彼は大金を持ち帰り、子爵の地位を買い、冒険者ギルドの隆盛に貢献する。

 なぜか。


「自らのようなものを、二度と出さないために」


 ……臆測だ。

 推理とも呼べないあやふやなものだ。

 どっちつかずだし、ちっとも明瞭ではない。

 だが、これが事実ならば、少なくとも彼が語った武勇伝に近しい現実があったとすれば。

 動機というのは、絞られる。


 子爵は復讐したかった。

 或いは復讐されたのだ。


 このサロンの中に紛れ込んだ――かつての仲間に。



§§



 漠然とではあるが、動機モチベーションは解った。

 あと解き明かすべきは犯人と。

 そして、毒をポーションへ入れた手段だ。

 とはいえ、後者に関してはほぼ当たりがついている。


 なので私とエドガーさまは、トレニー導師のもとを訪ねた。

 現在容疑者である宴の参加者は、それぞれ子爵邸の部屋に監視付きで軟禁されている。

 導師も例外ではなく、エドガーさまの顔を見るなり、


「どうか、この老い先短い憐れな老爺を釈放してはいただけませぬですかじゃ?」


 と、懇願してきた。

 閣下は巷で冷酷無慈悲な辺境伯と呼ばれている。

 一緒に生活してみて、それが対外的なものであることは既に明らかだったが、しかし頭脳が怜悧冷徹であることは疑いようもない。

 だからこんな時、彼は完璧な対応をしてみせる。


「では話せ。なにをした?」


 主語も何も明確ではない、どうとでも受け取れる問いかけは。

 追い詰められた人間にとって、これ以上ない効果を発揮する。

 導師が、せきを切ったように語りはじめた。


「氷室の氷を運ぶ途中、金を積まれたのじゃ。当初の予定にあった氷ではなく、新たに用意した氷を使えと」

「それは誰に?」

「わからん。顔は見ておらんし、声も魔術で調整しておった。ただ、姿は男のようで……」


 私はエドガーさまに頷いてみせる。

 十分だと。


 その後、導師の部屋を辞した私は、しばらく廊下で考え込んだ。

 両手を顔の前で合わせ、頭脳をフル回転させる。

 足りないピースは無数。

 けれど、この方法ならば――


「エドガーさま、皆さんを集めて下さい」


 手を打ち鳴らし、閣下にお願いをすれば。

 彼は虹色の瞳でこちらを見遣った。


「解ったのか、小鳥。いかようにして杯に毒を入れたのか」

「はい、明瞭なことです」


 私は、笑顔で告げる。


「杯に毒は盛られていません。毒が入っていたのは」

「入っていたのは?」


「氷の方だったのです」

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