第四話 かくて成金子爵は毒に死ぬ


「これは異な事をおっしゃいますな」


 ハゴス子爵はにこやかだった。

 ベツトリヌさん、そして私たちへと、酒杯の中身を説明する。


「確かに、これは尋常の酒ではありません」

「おや、本当に毒杯だと認めるのか?」

「いえいえ違いますぞ、ベツトリヌ様。これなるは薬膳酒ポーションでしてな」


 ポーション?

 首をかしげる一同――というか私へ、子爵は詳しく話をしてくださった。


「冒険者が、ダンジョンなどから持ち帰りました稀少な薬草、生薬しょうやくより、有効成分をアルコールで抽出したものです」

「ポーションが何であるかぐらい解っているが?」


 ベツトリヌさんは相変わらず挑発的だが、個人的にはポーションはポーションぐらいの知識しかなかったので、非常に興味深かい。

 ダンジョン由来でアルコールベースなのか、ポーション。

 いや、知りたいことはもっと別にあるのだ。


「その――〝黄金郷の毒杯〟とは、どのようなものですか?」


 我慢がならず質問してしまえば、閣下が隣でため息を吐かれた。

 耳打ちするように彼は「子爵の最も有名な武勇伝だ」とご教示くださる。

 うーん、そう言われましても。


「恥ずかしながら存じ上げないのです。ハゴス子爵、どうかお教えていただけますか?」

「もちろんですぞ」


 子爵は胸を張り、豊かな声で冒険譚の披露をはじめた。


「あれは身共が駆け出しの冒険者の頃に起きた、最初にして最大の難関、黄金郷へ挑んだときのお話でしてな――」


 要約すると、次のような話だった。

 若きの日の子爵は、気の合う男の仲間三名とパーティーを組み、前人未踏のダンジョン〝黄金郷〟へと挑んだ。

 途中、先輩冒険者に助けられながらついに黄金郷へと到達。

 莫大な財宝を手にする子爵達。

 しかし、ここで奇妙なことが起きる。


 持ち物が、突如消滅したのだ。

 武器も、防具も、道具も、食料も、何もかもが。

 代わりに目前にはテーブルが現れ、豪華な食事と黄金色をした蜂蜜酒がなみなみと注がれた杯が置かれている。


 警戒する彼らだったが、やがて、ひとり、またひとりと空腹に負け席へ着く。

 子爵だけが強靱な精神力で己をりっし、その場から立ち去ることを進言したが、仲間達は話を聞かず食事をはじめ。


「そして杯を食らわば、一息にて血を吐き出し死に絶えたのです。それは黄金郷に住まう竜が我々に見せた幻、財宝を持ち出したことへの罰だったのでございます」


 かして一人に生き延びた子爵は現世へと帰還し、手にした財によって今の地位へついたと、そういう話だった。

 語り終えた彼の表情には、強い憂いがあった。


「あのとき力尽くでも仲間達を止めていれば……そう思わない日々はありませぬ。ええ、一日として彼らの無念を忘れた日はなく、罪悪感に苛まれなかった日もまたございません。身共はひたすらに彼らを哀悼あいとうし、この身を捧げると決め……だからこそ、本日は皆様をお呼び致したのですな」

「それは、どういうことですの?」


 マーズ夫人が楽しそうに訊ねる。

 先ほどの武勇伝を聞いているときもうっとりしていたし、本質的に人の話を聞くのが好きなのだろう。

 ちょっと解る。あと、話が円滑になるので助かる。


「じつはこのグラスの中身、ポーションには解毒を含む人体へ有益な効能が込められておりましてな。なんと若さや肌の色艶、筋肉の衰えを防ぎまする」

「まあ!」

「そして、これを産み出すために必須なのがダンジョンと、それを探索する冒険者。ひいては冒険者ギルドでございましてな」


 一旦そこで言葉を切り。

 彼は注目を集まるのを待ってから、一番言いたかったであろうことを口にした。 


「そのギルドに、皆様のご融資を検討願えれば――と」


 なるほど、それがサロンの目的なのか。


 ギルドというのは、特定の職種に就いている方々が登録している互助組合だ。

 冒険者ギルドでは、探索に必要な道具の販売や素材の買い取り査定、流通、各所への連絡や取り次ぎなどを担っている。

 ギルドがなければ、いかにダンジョンを有する領地でもその探索は上手くいかず、実りが少ないというのが定説だ。

 そこへ投資して欲しいのだと、禿頭とくとうの子爵は告げた。


「身共の冒険譚からも解るとおり、探索に危険は付きもの。そこで冒険者達が加入出来る保険や装備貸与レンタルを充実させれば、旅はずっと安全になり申す。このポーションは、その結果得られる成果物リターンの一端ということでご用意致しました」


 ですが、と彼は表情を厳しくする。


「毒杯の疑いを持たれてしまうことは、商売として致命的です。ならば、信頼を取り戻す方法は一つしかございません」


 言って、彼は素早く杯を手に取って。


「懸念を払拭ふっしょく致します。そう、我が身によって!」

「待っ!」


 老人魔導士が反射的に手を伸ばし、制止の言葉をかけるよりも先に、子爵は杯の中身を一息にあおってしまう。

 グビリと飲み干される黄金の液体。

 彼はグラスをテーブルへと置き。

 口元を拭い、笑顔を浮かべて。


 次の瞬間、吐血した。


「ハゴス子爵!」


 誰かの悲鳴とともに、巨体がドッと床に倒れる。

 騒然とする宴の席。

 混乱の中、私は理解する。

 武勇伝にて多くの人々を楽しませた経歴不詳の成金子爵は、毒殺されたのだと。


「けれど」


 いったい、誰の手で……?

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