第二話 鉱山の劣悪なりし労働環境
第二話 劣悪なりし鉱山の労働環境
辺境伯領は、当然ながら国境線に面している。
他国がこちらの領地を狙う理由は明瞭。
ダンジョンは元より、魔術や魔導具の触媒に用いられる希少鉱物が、辺境伯領では非常に多く産出されるからだ。
この管理は閣下の仕事であり、彼の命を受けた人物が
主君たるパロミデス王の任命を受けた臣下が、場合によっては監督役を拝命することもあるが、最終的な決定権は閣下にある。
国防を成し遂げるため、それだけの強権が彼には与えられていた。
さて、今回訪れることになった鉱山は、辺境伯領の北側にある。
査察の理由を尋ねると、閣下は難しい表情で、
「横領、度を超えた人員の酷使、国家転覆を
と、ずいぶんな不穏なワードを並べてくれる。
「小鳥は籠に入れておくべきだったか」
話が進むにつれ、私が瞳を輝かせたからだろう、閣下の声に後悔が滲んだ。
確かに私はか弱い。
乙女なのだから当然に。
だが、そこまで過保護にされるいわれもないはずだ。
「安心して下さい閣下。鉱山のカナリヤ程度には役立って見せます」
「……メイド。俺がいまどれほどの激憤を胸裏に
「いいえ、旦那様。お嬢様は〝これ〟だからよいのです。カレン、敬服」
「――御者、止めろ」
なんてにこやかな会話をしていると、閣下が突然厳しい声を出された。
馬車が急停止。
すると同時に、数秒後通り過ぎるはずだった場所へ、何かが落下してくる。
網――否、蜘蛛の糸だ。
馬ほどもある蜘蛛の魔物が、数頭群れをなしてあられた。
犯罪温床都市であり、辺境領。
そこは魔物達が闊歩する、危険な土地でもある。
「ここで待っていろ」
閣下は、剣を手にすると、颯の如く馬車から飛び降りた。
三匹の巨大蜘蛛が咆哮を上げ、尻から無数の糸網を放つ。
だが――
「無意味なことだ」
一閃。
抜き放たれた刃が、そのこと如くを両断する。
私には武芸の才能が無いのでよく解らないが、おそらく尋常の技ではない。
閣下はそのまま、魔物を全て討滅してしまった。
血振りをするように、剣を払い、鞘に収める閣下。
彼はあとのことを侍従達に任せると、キャビンへと戻られた。
思わず、
「快刀乱麻を断つですね。お見事でした」
と拍手をすると、彼は何でもないと言った表情で。
「真なる剣はあらゆる問題を解決する」
などと仰った。
さすがは武力における国防の要といったところか。
ともかく、道中そんないろいろなことがありながら、馬車は無事に鉱山へと到着。
二つの影が、採掘施設の前で私たちを出迎えた。
「皆様、よーこそいらっしゃいました!」
先に声を上げたのは、ネズミ顔の男性。
彼はただでさえ低い背丈を、さらに折りたたむようにして平身低頭。
閣下の顔色をチラチラと
「わたくし、こちらの鉱山監督を任せていただいておりますミズニー・バルデモと申します。このたびは遠路はるばる視察のために来訪していただき、まっこと恐悦至極と存じ上げまーす」
音を立てずに拍手をするミズニーさん。
一応、今回は辺境伯一行という身分を隠しての査察なので、その辺を考慮してくれているのだろうが。
ただ、閣下が頭痛を
さて、もう一名は、頭からすっぽりとローブをかぶった男性だった。
私たちが彼へと視線を移したからだろう。
ミズニーさんが説明をしてくれる。
「これはわたくしの部下、死霊魔術師のモーガン。副官、経理、秘書、そういった
「モーガンであります」
直立不動の姿勢で応じる死霊魔術師さん。
この実直さ、どこかの軍隊上がりなのかもしれない。
興味深い。
「あのー、ところでハイネマン様……?」
私が
ミズニーさんが、困り顔で閣下へと確認を取る。
「そちらのご婦人がたは……?」
「気になるか、俺の妻とそのメイドが」
「ひゃぁ!? 奥方様で御座いましたか! いやぁ、さすがお貴族! これほどお美しいかたを伴侶となさるとは。わたくし、このたび拝謁の機会を戴き光栄至極、眼福の至りにてございます」
大仰な言い回しだ。
心にもないことを言っているのがよく解る。
それでいて、両目には
「クク、美しいか。ミズニー、本音を語ることを許そう。貴様は俺の妻を見て、こう思ったのではないか? ……恐ろしいと」
「――滅相もありません」
にこやかな表情を顔に貼り付け、やんわりと否定する彼。
見事な腹芸だ。
やはり興味深い。
彼と、そしてこちらの様子を怯えたような表情で伺っているモーガンさんも、同じく。
「……ふん。さて、荷物を置きたい。まずは
「ははー!」
なぜかつまらなさそうに鼻を鳴らす閣下と、ひれ伏す勢いのミズニーさん。
案内されるまま、私たちは宿舎へと向かう。
……しかし、私たちは知るよしもない。
これから起きる、〝歩かされた死体事件〟を。
なにより、翌朝。
二つの遺体が、発見されることを。
§§
鉱山を訪ねる前に、当然ながら閣下は内偵を終えられていた。
ゲーザンさんの死を受けてから準備したのでは間に合うわけがないので、もっと以前から調査を進めていたのだろう。
また、いまだ密偵が労働者に紛れ込んでいるとも言う。
ミズニーさんはそれを知ってか知らずか、宿舎などの施設を丁寧に案内してくれた。
もっとも、他意があってもなくても対応はさして変わらなかったとも思う。
統治者と現場監督では、奮える強権が違いすぎるのだから。
「どうですか。こちら監督官用の宿泊棟となっておりまして、労働者どもとは違い冷暖房を完備、雨漏り一つない完璧な造りとなっておりまして」
では、労働者の宿舎はといえば、とてもではないが長期間住めるような場所ではない。
100人以上の労働従事者がいるはずだが、建物は明らかにその人員を収容出来るほど大きくなく、かろうじて雨風がしのげるかという程度の安普請。
ベッド、机、椅子といった家具も見受けられない状況で。
加えて事前の調査によれば食生活も劣悪。日々の糧は種なしパンと野菜屑のスープ、たまに干し魚が一切れ出る程度だという。
「……私は恵まれていますね」
「その言葉が出てくることに、お嬢様の世間ズレを感じるばかり。カレン、驚愕」
実家での座敷牢暮らしを思い出して独白すれば、隣のメイドが茶々を入れてくる。
読書が許可されていたのだから、我が家は充分に文化的だったはずだ。
さて、続いて訪れた現場――山の坑道では、目に光のない人々を多く見ることになった。
みな全身が黒く汚れており、制服は擦り切れ、身体はやつれている。
「当鉱山独自のシステムとしまして、ゴーレムとアンデッドの二重利用を行っております!」
自慢げに胸を張ってミズニーさんが指し示す先、そこには二つの異形があった。
一つは
全身が泥と岩で構成されたゴーレムは、持ち前の巨体と力を活かして、どんどん岩盤を掘り進めていく。
思ったよりも機敏であり、足回りも軽い。
もうひとつの異形は、
特殊な魔術で使役されている物言わぬ死体が、砕掘によって出た成果物を黙々と後方へと運び出す。
人員はこの二つのサポートが主な仕事らしいが、それでも重労働だろう。
また、内偵によってこのアンデッドにはとある嫌疑――法律違反の疑いがかけられている。
しかし、ゴーレムもアンデッドも、直接見るのは初めてだ。
もっと間近で観察しようと知らず一歩を踏み出したとき。
突然閣下が、私の身体を包むように抱きしめてきた。
「なっ」
驚きと羞恥を発露するよりも速く、耳をつんざく地響きが鳴り響く。
同時に轟音が響き、吹き付けた土煙が一帯を覆い隠した。
「落石だ!」
悲鳴のような叫びが、かろうじて耳朶を打った。
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