第五話 水のない溺死事件(答え合わせ)

 ベスさんは掃除夫でありスライムテイマーの冒険者だ。

 そして、彼女が誇るスライムは幼体から育てられた特異な種類が多い。


「おかしいとは思いませんか? 喉が渇いて見渡せば、室内にはお酒が入っていたはずの空っぽの容器しかない。こんなとき、閣下ならばどうします?」

「単純なことだ。部屋を出て水を買い求めればいい」

「それが出来なかった理由があるとすれば?」

「なに?」


 私は、入り口へと向かい、蝶番を見た。

 やはり立て付けが歪んでいる。


「事件当時、この部屋は施錠されていました。そして、おそらく被害者にもこのデッドロックを解くことは出来なかったのです」


 どうしてかと、全員が視線だけで訊ねてくる。

 私は鍵穴を指差した。

 ついで、床に落ちている金属の削りかすのような物にも。


「鍵穴がふさがれていたからです」

「おややぁ、いったい何を仰るのかと思えば……こそ泥が鍵を開けられたのですから、穴が塞がれていたわけないじゃありませんかぁ」


 こちらを小馬鹿にしたように、やれやれと肩をすくめてみせるベスさん。

 しかし、私はゆっくりと頭を振り、告げる。


「メタルスライムが詰まっていた、とすればどうでしょう?」

「――っ」


 彼女の表情が、一気にこわばった。

 事件当時施錠されていた部屋。

 しかし遺体発見時には、こそ泥さんが解錠することが出来た。

 ならば、一時的に塞がっていたと考えるのが妥当だろう。


「つまり、鍵穴が塞がり外に出来ることが出来なかった被害者は」

「なるほど。扉を破壊しようと突進を繰り返し、結果として立て付けが歪んだと。そして破壊には至らなかった、そう言いたいのだな、女?」


 閣下に代弁されてしまったが、ようはそういうことだ。

 脱出不可能となったこの室内で、渇きにさいなまれた被害者は当然飲み物を探した。


「探して、探して、探して。部屋中をひっくり返して、ようやく見つけた中身の入った容器、特別なお酒に手を付ける。その中身が――スライムであるとも知らずに」

「っ!」


 息を呑んだのは衛兵さんと老爺。

 彼らは想像したのだろう。

 容器を口元へ持っていき、あおった瞬間に口腔へと滑り落ちるスライムを。


「おそらくお酒で育てられた、アルコールスライムとでも言うべきものだったのでしょうね。だから匂いでは気づけないし、酒精を感じ取って自動的に被害者の喉元へと滑り込んだ。そして喉へ張り付いたスライムは、被害者を窒息させようとする」


 だが、被害者は屈強な元冒険者。

 異変に気がつき、スライムを排除するため全力を尽くしたに違いない。


「噛んだのか、つまみ出そうとしたのか、あるいは飲み込もうとしたか。とかく、そのことでスライムが弾け」


 大量のアルコールが、被害者の口腔内部にあふれ出す。

 スライムの残骸という蓋をされた状態で。


「結果、嚥下えんかの限度を超えたアルコールは気管支を浸潤、誤嚥ごえんされて肺臓を蝕み、アルコールによる溺死に至った。私はそう推測します」

「お待ちくださいませ……」


 ベスさんが、こちらをすごい目つきで睨んでくる。

 背後には既に衛兵さんが立っており、逃がすつもりはない。

 閣下も腰の剣に手をかけていた。

 けれど彼女の口元には、不敵な笑み。


「だからといって、わたくしのアリバイ……そう現場不在証明アリバイが崩れたわけではありませんよ。この男が死んだとき、わたくしは確かに酒場にいて」

「その証言こそ、私があなたを疑わざる得なくなった切っ掛けだったのです」

「は?」


 いや、だってそうでしょう?


「衛兵さんも、閣下ですらこの場に到着して初めて、被害者が亡くなった時間を知ることが出来たのです。どうして調査が進む前に、あなたは死亡推定時間をご存じだったのですか?」

「――――」

「いつ被害者が死ぬのか解っていた。だからアリバイを作ろうとした。そう考えるのが、至って自然だと思います。方法は……私はテイマー職にさほど明るくないのですが、モンスターと五感を共有出来る魔術があるそうですね? それを用いて逐一スライムから情報を受け取っていたというのはどうでしょう?」

「――――」


 反論はなかった。

 彼女はただただ疲れたように微笑み。


「おややぁ。まったく……悪いことはするものではありませんねー」


 力なく、そう呟いたのだ。


「ゲーザン……口に出すのも忌々しいあのクソ野郎は、妹のかたきだったのです。あつは冒険者時代、野党まがいの犯罪に手を染めていまして、わたくしの村は襲われ、妹ははずかしめられ、抵抗したため首を絞められて殺されました。やつは証拠を残さず、おおやけに訴える方法もなく、それで、わたくしは……」


 だから復讐に及んだのだと。

 同じ窒息という状態で殺したかったのだと。

 彼女は言った。


 それがたまさか溺死になったことで、私に解決の余地を与えてしまったのだと考えると……うん、確かに悪いことはするものではないのだろう。


「連れて行け」

「はっ!」


 閣下の命を受けて、衛兵さんが彼女を連行する。

 今後ベスさんは、しかるべき審議を受け、投獄されることになるだろう。

 だが、それは、あまりにも。


「閣下」

「民は俺をこう語る、冷酷無慈悲な領主であると」

「…………」

「クク、案ずるな女。俺は公正だ。下手人の言い分へ耳を傾けることを禁じた覚えはない」

「それでは!」


 顔を上げ、ぱぁっと笑みを浮かべれば。

 彼は微かに首をかしげ。


「そんな表情もするのか、貴様は」


 と、呟かれた。


「私を何だと思っているのですか」

「黒鳥だ。いや、いまは俺の小鳥か。気に入ったぞ、ラーベ」


 ……突然名前を呼ばれてびっくりする。

 ずっと女とか、黒鳥とか言っていたくせに。

 だけど。


「ありがとうございます、閣下」


 私は素直に頭を下げた。

 謎とは、ラーベという存在にとってなくてはならないもの。

 しかし、どうせ謎解きをするなら、気持ちよく終わりたいのだ。


 罪と罰の秤に、誠実であることを私は望み、だからこそ彼の配慮がうれしかった。

 そう、秘されたことを解き明かすという業を背負う以上、私は謎に対して誠実でなくてはならない。


「なので、閣下」

「なんだ」

「あの魔導具屋の店主も、一部犯行に加担していたと思われます。同様の裁きを」

「……お前は」


 彼は唖然あぜんと口を開き。

 それから唇を結び、「クク」と喉を鳴らした。


「まったく、俺の妻は退屈をさせぬ女だ」

「閣下だって、謎めいていて素敵ですよ?」

「抜かせ」


 こうして、私たちの新婚一日目は終わりを告げる。

 夜明けの光が、室内に射し込もうとしていた――

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