閑話 水のない溺死事件 ~犯人視点~
――復讐致しましょう。
自分の無力さゆえに妹を、目の前で失ったわたくしに残されたのは、そんな感情だけで御座いました。
妹は喉を締め上げられ苦しんで息を引き取りましたので、きっと同じぐらいの苦しみを、ゲーザンには与えてやらねばなりません。
その方法ですが……やはり王道、異物を喉の奥へ転移させ、絶息に至らしめる転移魔術しかないと思ったのでございます。
しかしながら、転移魔術は高位の魔術。
どこにでもいる村娘だったわたくしが、習得しているわけもありません。
なので、一念発起!
わたくし、魔術学校を受験いたしました……!
一年間かけての入念な試験対策。寝る間を惜しみ、努力に努力を重ねて。
みごと、合格率雀の涙以下と呼ばれる難関試験を突破することに成功したのです。
気合いの勝利でした……!
充実した学び舎ライフを送りつつ、空いた時間は転移魔術の習得にリソースを全ツッパ。
探求を続けるわたくしを
ですが、待ち受けていたのはとてつもない悲劇。
ゲーザンの行方を探ったところ、やつは転移不可能地帯筆頭である辺境伯領へと潜んでいたのです。
つまり、わたくしの努力はすべて無駄と相成った訳でございます。
落ち込み、人生を終わらせてしまおうかと悩むほど思い詰めた頃、心の支えになってくれたのは学友達でした。
大切な友人のためだからと、彼ら彼女らはわたくしを口々になぐさめ、いくつもの言葉を贈って下さったのです。
なんと心強いことだろうと、わたくし涙がチョチョ切れ止まりません。
そう、こんなところでへこたれるなんてナッシング!
絶対に復讐は完遂しなければならないのです。
妹よ、どうか天国で見ていてくださいまし。
不出来な姉は、きっとやり遂げて見せます。
ネヴァーギブアップ、ワンモアリベンジの精神です!
というわけで、気分も新たに、まずはにっくき仇の行方を追います。
ゲーザンは薄暗い組織に関わっているらしく、あちこちで悪さをしていましたので、容易く再発見出来ました。
ある程度、やつの情報が集まってくるように人脈を構築していたのが功を奏した形です。
奇妙だったのは、砂漠の街に長く入り浸っていること。
たしか、古代魔術が埋もれている街とかナントカ、学園時代に学んだ覚えがあります。
こちらも転移魔術は禁止されており、闇討ちは断念。
ここで、わたくしは大きな失敗をします。
現地に
学園に入学するまでと、それからの無理が一気に押し寄せてきた形でした。
極限の喉の渇きと、ぼうっとなってしまい思考がまとまらない頭脳。
そんなわたくしを助けてくださったのは、とある冒険者さまでした。
わたくしは彼の好意で養生させていただき、行くあてがないのなら冒険者になってはという誘いを受けます。
魔術学園卒というだけで
この誘いを、わたくしは受け容れました。
決め手となったのは、冒険者さまの職業。
彼は、スライムテイマーだったのです。
ええ、そうですとも。
ここに来て、ゲーザン窒息計画が再び息を吹き返したのです!
窒息なのに息を吹き返すとは皮肉な話ですが、スライムを相手の喉へ侵入させれば、転移魔術による結果と同じものが得られるはず。
そう考えたわたくしは、彼の元で
楽しく辛い冒険の日々。
学園で復讐のために身につけたいくつもの補助魔術はやがて、わたくしにある閃きを与えます。
民間でつぶしが利くからと、学友の誘いで学んだ感度上昇の魔術。
これを用いれば、窒息の苦しみを何百倍にもすることが可能ではと。
そして、ここで全てが繋がったのでした。
はい、キュピーンと来ましたので。
ゲーザンは砂漠へよく出入りしており、渇きを知っている。
わたくしの手札には、スライムの育成手段と感度上昇魔術。
これを組み合わせれば、最高の苦しみをやつに与えられるはずだと!
問題は、やつの側へどうやって近づくか。
答えをくれたのは、冒険者さまでした。
彼はわたくしが魅力的だと言って、婚約を申し出てくれたのです。
魅了、蠱惑。
これだと確信致しました。
わたくしは全力で己の美を磨き、肉体を男好きするように変化させていき、
これまでの経験上、どうやらわたくしには学ぶ才能があったらしく、〝女の武器〟を比較的短期間でマスターすることに成功しました。
あとは肉体を使って接近するのみ。
妹を殺したときから性欲旺盛なゲーザンは、あっと言う間にわたくしの身体の
便宜上、掃除婦という形でわたくしを近くに置きました。
その中で、やつに毎度怒鳴り散らされ怨みをためていた魔導具屋の店主にも肉体を使って接近、感度上昇魔術を冷暖房器具に仕込むことに成功します。
もっとも、ご店主に殺意はなかったでしょうが。
あとは決行の日取りを決め、やつの隠れ家から水をなくし。
そして、スライムを遠隔操作して殺しました。
ざまぁ!
心の底よりざまぁ申し上げますよ、ゲーザン!
これ以上無く、スッキリ爽やか痛快です。
復讐、ここに成就せり!
偶然見かけたこそ泥に、情報を流して第一発見者に仕立て上げ、飲み屋で騒ぐことで完璧なアリバイも作り仰せました。
あとは地元へ帰って妹の供養をするのみ。
この謎を解けるやつなんていないぜベイビー!
……なんて高をくくったのがいけなかったのでしょうか?
死神は、唐突に現れました。
まずやってきたのは、この地を治める辺境伯さま。
こんなゲス野郎が死んだ程度でやってくるはずもない高貴な御方の登場に、内心冷や汗たらたらでしたが、思ったよりも愚直な方で、謎が看破される心配はないようでした。
ええ、辺境伯さまだけならば、何の問題もなかったのです。
あの、黒衣の美姫さえ、いなければ。
鴉の濡れ羽色の長髪。
黒曜石の如き眼。
夜色のドレスを身に纏い。
暗然たる愉悦を口元に刻んだその女性は、瞬く間にわたくしが仕掛けた謎を解き明かしてしまいました。
辺境伯様がポンコツだったときは、正直逃げ切れるかとも思いましたが……あれがいる以上無理筋でしたね。
彼女はきっと、罪を犯したものを裁く、美しい死神。
いま思い出しても、その恐ろしさに総身の毛が逆立ちます。
――え?
どうして負けたか、ですか?
……わたくし、負けておりません。
ゲーザンへ復讐するという目的は完全に達成しておりますし、人を殺しておいて安寧とした余生を送れると思うほど甘ちゃんでもありませんので。
ただ……そうですね。
完璧なアリバイは、崩されたときあまりに脆いというのは事実でしょう。
逆にいえば、そもそも殺人が不可能な犯罪。そんなアリバイとトリックがあれば、或いは彼女を出し抜くことが出来るのかもしれません。
まあ、これから監獄暮らしをするわたくしには、関係ないことですが。
え? 伝言ですか?
……学友や冒険者仲間達には悪いことをしたと。
復讐のために人生と幸せと友情と愛をなげうった愚かな女を哀れんでくれて、ありがとうと。
そう伝えていただければ、幸いです。
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