第四話 解決編

「第一に、これは殺人事件です」


 つまりは犯人がいる。

 そんな私の発言を受けて、視線が一人に集中した。

 こそ泥さんだ。


「へっへ。いの一番であっしが疑われるのは当然ですがね。これでも物取りの誇りがありやす。盗みはいくつもやってきやしたが、ひとの命をったことは一度もありやせんぜ」


 こそ泥さんは、いわゆる第一発見者だ。

 他の二名がこの家屋を訪ねたとき、ゲーザンさんが生きていたことを加味すると、こそ泥さんが殺したという線は大いにあり得るだろう。

 だが……違う。


「はい、こそ泥さんは犯人ではありません」

「根拠は何だ」


 閣下の熱のない問い掛け。

 解っていて言っているんだろうなぁ。


「純粋に、動機も手段も証拠もないからです」

「盗みに入ったところを発見され、口封じのために殺したとは思わないのか」

「閣下は既にこそ泥さんの犯罪歴を洗っているのでしょう? 押し込み強盗をするような度胸が彼にありそうですか?」


 率直な物言いをすれば、閣下は楽しげに鼻を鳴らした。

 屋内に人気がなかったから、ようやく侵入出来た。そんな人物が冒険者崩れである被害者を殺せたとは思えない。

 例えば相手が泥酔していたとしても、わざわざ溺死させる理由など見つからないだろう。

 その隙に盗んで逃げればいい。


「よって、こそ泥さんが扉を開けるまで、施錠は完璧であったと推測します」

「ならば、犯人はこの老人か」


 閣下が次に視線を向けたのは、魔導具屋の店主ドリンさん。

 生前の被害者と最後に接触しているとなれば、もちろん疑わしい。


「こんな枯れ木のような爺にゲーザンを殺す力があったとは思えんが?」

「どうでしょう。相手の手足を束縛出来る強力な〝拘束系魔術〟を習得されていれば、あるいは」

「それはこそ泥にも当てはまることだろう」


 そう、だから一旦この考えは捨てる。

 魔術は全能ではないが、万能だ。

 多くの事件は、卓越した魔術師にとって、なべて可能な事柄に零落れいらくしてしまう。

 けれど、そこには歴然としたルールが存在するのだ。


「今回の一件で、最も重要な点。それは、被害者が溺死したというところにあります」


 ゲーザンさんを溺死させることが可能だった人物は誰か。

 答えは、じつに明瞭だ。


勿体もったいぶらずに言え」

「では、僭越せんえつながら」


 閣下に促された私は。

 そのひとを指し示す。


「犯人は、あなたですね――ベスさん?」



§§



「お待ちくださいまし。わたくしはゲーザン様が殺された時間、酒場におりました。これは揺るがしようのない事実、そうですね、衛兵さま?」


 一切取り乱すことなく、衛兵さんにしなだれかかり熱い吐息を吐きかけるベスさん。

 閣下の前で醜態をさらすわけにはいかない衛兵さんは、焦った様子で調査内容を口にする。


「た、確かに、昼から夜までの間、この人物は酒場で派手に飲んでおり目撃証言が多数あります」


 ふむ。


「アリバイ――現場不在証明と呼ばれるものですね。しかし、あるトリックを用いることで、彼女は現場へ足を運ぶ必要もなく被害者を溺死させることが出来ました」

「そんな! 無理です!」


 悲痛に嘆き、よよよと泣き崩れてみせる彼女。

 だが、そんな安い芝居に付き合っていられるほど、私は我慢強くない。

 メインディッシュは、もう目の前なのだ。


「犯人は狡猾こうかつでした。なぜなら、被害者が自ら溺死するように仕向けたのですから」

「解せんな。殺すならば他にいくらでも方法があるだろう。なぜ溺死を選ぶ?」


 閣下のもっともな問い掛け。


「それが一番確実で、被害者が苦しむ手段だったからです」

「ならば、方法は何だ」


 私は、魔導具である冷暖房を指差す。


「……感度増加魔術か」

「はい!」


 回答が一致したことがうれしくて、手を叩いてしまう。

 視線が集中。

 慌てて咳払いをして、全員に通じるよう補足説明。


「ごほん……冷気や暖気を感じ取りやすくするように設計された感度増加魔術。当日は、それが強く効き過ぎており不具合を起こしていた。おじいちゃん、間違いないですね?」

「……あっておりますじゃ」


 若干歯切れ悪そうに答える老爺。

 その視線が、一瞬。

 感覚拡張魔導具が一瞬だけ、艶やかな女性の方を向く。

 ……なるほど。そこにも関係性があったわけか。


「ですか、感度増加魔術と溺死に何の関係があるですじゃ?」

「渇きですよ」


 追及を一旦胸にしまい、端的に答える。

 渇き。

 全身の細胞が沸騰し、残らず水気を吐き出して、どうしようもなく身体が渇いたならば、人はなにをするだろうか?

 当然、喉を潤すに違いない。


「だが、そんな渇きなど日常では覚えようが……否。砂漠に行っていたのだったな?」


 打てば響くように、閣下がそこへ辿り着く。

 やはり聡明な頭脳をお持ちだ。


「そうです。被害者はほんの数日前まで砂漠へ行っていました。つまり、渇きというものを身を以て味わっていたのです。もしも日常のなかで僅かでも水が欲しくなったとき、感度増幅魔術が作用すればどうなったでしょうか?」

「水を求めたと? だからこれほど無数の酒を飲んだというのか」


 正解と言いたいが、少し違う。


「お酒はなかったのですよ、部屋の中には」


 なぜならば、あらかじめ撤去されていたからだ。

 そしてそれが出来たのは――


「ベスさん、あなたは掃除婦です。掃除中に水差しや酒樽の中身を排除し、冷暖房に触れることは可能でしたね?」

「そんなこと、他の誰にでも出来ることですわ」


 とっくに泣き止んでいた彼女は、そっぽを向く。

 観念する様子がなくて、大変結構。

 ならば、最後のヴェールをめくらせてもらう。


「決定的な証拠があります。あなたにしか犯行が行えなかったという論拠」


 それは。


「被害者は、スライムを飲み込むことで溺死したのです」


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