下僕ゲーム

第14話 唐突にアイツは現れた

 (あんこちゃん、仕事が終わったし今から学校へ向かうわよ)

 (学校・・・)



 俺は大事なことから逃げていた。できるなら、思い出したくないとさえ思っていた。しかし、現実は逃がしてはくれなかった。



 (あ!ごめんなさいね。あんこちゃんは複雑な心境よね。でもね、現実を受け止めて未来に向かって動かないとダメよ!)



 俺を殺した張本人には言われたくない言葉である。しかし、纏の言葉は正しい。俺は現実世界では死んでしまったのである。生き返る可能性はあるが今の現実を受け入れて前に進まないといけない。



 (俺の扱いはどうなっているのだ?)



 俺の死体は異世界ハンター協会により処理された。死体がないのて自殺は成立しない。



 (あんこちゃんは、昨日から家に帰ってないから、あんこちゃんのお母さんが警察に届け出て、行方不明者として捜索がなされているわ。でも、それは形式的なことで、実際は異世界ハンター協会から暗黒警察に連絡が入っているから事件に発展することはないわ。だから、安心してハンター業務に専念してね)



 纏は屈託ない笑みで答えるが、俺は今にも心が爆発しそうなくらい苦しくなった。俺が逃げていた現実とは具体的には母親のことである。俺が急に居なくなって母親はすごく動揺しているに違いない。こんな俺でも母親にとっては大事な子供である。理由も告げずに・・・いや、理由を告げても急に姿を消せばどれほど心配するか想像もできない。ふと、今俺はあることを思い出した。



 (纏ちゃん、俺は遺書を3通用意したはずだ。1つは学校の屋上、もう1つは教室の机の中、最後の1つは自宅の机の上だ。遺書の内容を見れば俺が校舎の屋上から飛び降りたと疑わないのか?)



 俺は自分が自殺する理由を書いた遺書を3通用意していた。遺書を読めば、俺が自殺をしようとしていることは一目瞭然だ。校舎の屋上から飛び降りて死ぬと書き残した人間が行方不明になるのはおかしいと疑うはずである。



 (問題ないわ。転移魔法による事故は異世界ハンター協会が全て対処してくれているの。あんこちゃんがいつ人間として生き返っても辻褄が合うように適切な処理をしてくれてるから何も心配しなくても良いのよ)

 (そうなのか・・・。でも、お母さんのことが気になる)



 今母親がどのような状態なのかが一番気がかりである。



 (気になるのなら今から家に行ってみる?)

 (・・・)



 今母親に会ったところで何ができるのだろうか?声をかけることができない俺は、母親の悲しむ顔を見ることしかできない。俺はその姿を見て我慢できるのだろうか。



 (逃げてばかりじゃダメよ)



 纏が厳しい言葉を投げつける。俺の人生は逃げてばかりだったのかもしれない。気弱な俺は誰にも反抗することができずに言いなりの学生生活を過ごしていた。中学生の時は、自殺を考えるほどのいじめを受けることはなかったが、同級生のパシリとして奴隷のような学生生活を送った。同級生に反抗さえしなければ暴力を振るわれることはなかったし、金銭も要求してこなかったので我慢することはできた。しかし、高校生になった俺の状況は最悪となる。それはかみしも きんぐと同じクラスになったことが原因である。


 あれは高校の入学式を終えて体育館がら自分の教室に戻ったときである。俺は高校でもいじめられるのではないかと不安を抱き、周りがよく見えてなかった。きちんと周りの異変に気づいていれば、俺は別の人生を辿っていたのかもしれない。



 多くの生徒が教室に入らず廊下で立っていたが、そんなことは気にせずに俺は教室の扉を開けた。



 「助・・て・れ。誰か・・・助・・くれ」



 喉が潰されたような歪な声が聞こえてきた。俺の目の前には真っ赤な風船のように顔を腫らした男と、その男に馬乗りになり、躊躇なく顔面を殴っている黒髪のマッシュカットの綺麗な顔をした男が居た。教室には数名の生徒がいるが、顔面蒼白になり直立不動でそのおぞましい光景を見せられていた。



 「うわぁぁぁぁぁぁぁ~」



 俺は悲鳴を上げてすぐに教室から逃げ出そうとした。すると、先ほどまで直立不動だった生徒が動き出し、俺の腕を握り逃げ出さないようにする。



 「あぁぁぁぁ」



 俺は言葉にならない声をあげる。それが俺の精一杯の抵抗であり、握られた腕を振り払うことはできなかった。



 「教室から出るな」

 「・・・」



 俺は抵抗する勇気もなく言われた通りにする。



 「かみしも君、希望者がきました」

 


 裃は真っ赤になった拳をハンカチでぬぐいながら俺の方を見る。



 「ようこそ、気弱な少年。あの張り紙を見て入ってきたのに逃げるのはよくありませんね」



 裃はやわらかな笑みを浮かべていた。しかし、少しの感情もこもっていない冷酷な笑顔だ。



 「あぁぁぁぁ、あぁぁぁぁ」



 俺は怖くて喉がつまり声がきちんと出てこない。



 「さぁ、入会手続きをしましょう」



 裃はスッと立ち上がり俺を見下ろした。俺は身長165㎝、対して裃は180㎝くらいはありそうだ。体格は細身でさほど筋力があるようには見えない。顔は終始笑顔だが、俺を見下ろす風袋は悪魔のように恐ろしかった。

 裃が俺の方に近づいて来る。俺は両手で顔を覆い体を丸くして亀のように縮こまる。



 「うぅぅ」



 ハンマーで殴られたような痛みが腹部にはしり俺はそのまま意識を失った。


 


 

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