第13話 唐突に世界は入れ替わるⅡ

 世界は入れ替わる。


 先ほどまで俺は赤い満月が照らす漆黒の世界にいた。しかし、唐突に世界が入れ替わる。漆黒の空は青い空に、真っ赤な満月は眩しい太陽に、何もない真っ暗な空間は噴水のある静かな公園に、底のない無限の暗闇は芝生が生い茂る地面に。ここが俺が住んでいた地球に戻ってきたことは容易に想像ができた。そして、ある異変に気付くことになる。



 (俺たちが現世に行っている間は常夜の時間は止まっていたのか)



 最初に俺が目にしたのは、小太りの中年男性がチャンピオンベルトのように両手で白いパンティーを頭上に掲げている姿であった。そして、俺が常夜につまり地球に戻ってきた瞬間、拘束が解けたように時が動き出す。脱ぎたてのパンティーを手にして有頂天になっていた中年男性の表情は、無機質なマネキンのように感情が消え去り、誇らしげに掲げていたパンティーを、興味がなくなったおもちゃのように地面に捨てた。7欲を失って生きる意味を失った中年男性は案山子のように棒立ちになる。



 「容疑者を発見をしたぞ。すぐに確保して連行しろ」



 公園に1台の白の軽自動車が侵入し、黒のスーツに黒のサングラスをかけた2人の男性が軽自動車から降りてきた。2人の男性は中年男性の元へ駆け寄り手を引いて軽自動車に連れて行く。中年男性は一切抵抗することなく従順な下僕のように軽自動車に自分から乗り込んでいく。2人の男性は中年男性を軽自動車に乗せると、何事もなかったように軽自動車に乗り公園を後にした。



 (纏ちゃん、いったいアイツらは誰なんだ)



 2人の男性は明らかに警察とは思えなかった。刑事なら私服で捜査をしているが、決して目立つような恰好はしないはず。公園に黒のスーツに黒のサングラス姿は明らかに目立つ格好である。しかし、2人の男性は「容疑者を発見したぞ」と言っていた。会話の内容から察するなら警察のはず。しかし、俺には警察とは思えなかった。



(彼らは暗黒警察ブラックポリス。警察の上に存在する組織ね。彼らの主な職務は真人間の回収もしくは罪を犯した新人間の捕獲ね。そして、私達異世界ハンターの依頼主でもあるわ。私がスマホで任務完了の報告をしたので、真人間を回収しにきたのよ)

 (そうだったのか。これで事件は一件落着となったわけだな)


 (事件自体はまだ解決していないかもね)

 (どうしてだ。女の子を脅迫していた男が捕まったのだぞ)


 (あんこちゃん、この事件の発端となったのは女の子を恐怖に陥れた動画が原因だったはずよ。私が受けた依頼内容の詳細では、女の子は彼氏に全裸の動画を撮影して送るように命令されたの。女の子は彼氏と別れたくなかったから、しぶしぶ動画を撮影して彼氏に送ったの。しかし、その動画は中年男性の元に渡り脅迫事件に発展したの。暗黒警察の捜査によると、女の子の彼氏は同様の手口を繰り返して多くの女の子の動画を集めてネットで売りさばいているみたいね。だから、今回の事件は氷山の一角に過ぎないの。1人の変人を真人間にしたところでこの事件は何も解決しないってことね)

 (それなら動画を送らせている男を逮捕すれば良いのじゃないのか)

 

 (もちろん捜査中よ。そのうち私の元へ依頼がくれば解決に協力することができるはずね)

 (早く解決するといいな)

 


 俺は心のモヤモヤが消えて、ベンチに座っている女の子に目を向ける。自分を脅迫をしていた人物が、突然連行されたが恐怖は完全には消えてはいないようだ。俺はどうすれば女の子の恐怖を取り払ってあげることができるのか考えながら、とりあえず地面に落ちているパンティーを咥えて女の子に返すことにした。仮に人間の姿で同じことをすれば変質者と間違われてしまうが猫なら問題ないと俺は判断した。

 俺は意を決してパンティーを口に咥える。すると、舌に生暖かい温度を感じて、気持ちが高揚し目じりが下がる。そんな俺の姿を見た纏は軽蔑をするような冷たい視線を向ける。



 (俺は猫なんだ。やましい気持ちなど一切ないぞ)



 俺は言い訳をするよう纏の冷たい視線に反応するが纏は何も返答しない。それが返って怖く感じてしまうが、一度口にしたパンティーを戻すのも違うと思い、俯いて涙を流している女の子の元へ歩いていく。



 「ニャ~」



 俺はパンティーを地面に置いて女の子に声をかける。女の子は体を小刻みに震えさせながら顔を上げる。



 「猫ちゃん・・・」



 女の子は小さな声で呟いた。俺はその時ある記憶を思い出す。



 (コイツは俺を虐めていた男の彼女だ)



 女の子への同情は一瞬で消え去ってしまった。しかし、女の子は俺の心の変化に気付くことはなく、白くて細い手を差し出して俺の頭を撫でようとした。



  「シャ~、シャ~~」



 俺は姿勢を低く沈め、背中を丸め弓なりの形にする。 そして、尻尾は根元から上に立て、 背中の毛を大きく逆立て、威嚇するように叫んだ。



 「・・・」



 女の子はビックリして差し出した手を引っ込めて寂しそうな目で俺を見る。



 (纏ちゃん、帰ろう)



 俺は威嚇しながら振り返り纏の元へ走って行った。







 

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