第6話 帝都一の妓女

「雪華。仕事は終わったのか?」


「航悠。……今日は何の予定も入ってないよ。お前はこれから護衛だったか?」


「ああ、金持ち親父のな。めんどくさいが、報酬はいい。せいぜいふんだくってくるさ」


 その日の午後、手持ち無沙汰に自室から出ると、ちょうど階段を上ってきた航悠と鉢合わせた。指で円を作った航悠に雪華はふと疑問を投げかける。


「どこかの妓楼でやるのか? しかし珍しいな。あそこの主人なら護衛の三人や四人、すでに雇っているだろうに」


 今夜の仕事の依頼人は、以前にも護衛を頼んできた豪商の主だった。裏で色々と噂のある男だが、わざわざ暁の鷹にまで重ねて護衛を頼むとは何か訳ありなのだろうか。


「ん……そうだな。ちょっと、こっち来いよ」


「……?」


 周囲に視線をやった航悠が廊下の隅に雪華を呼び寄せる。もとから低い声音をさらに落とし、ぼそっとつぶやいた。


「大きな声では言えんがな……阿片の仲介をやってるらしい。足が付かないように毎回場所を変えて、密輸商人から仕入れてるんだそうだ」


「阿片……?」


 れっきとした麻薬を示すその単語に、思わず眉をひそめる。うなずいた航悠を見返し、雪華もまた声音を落とす。


「そうなのか。……精製してるのは国内か?」


「いや、どうもシルキアらしい。斎の国内でそんなことを大々的にやってみろ。軍にバレたら捕らえられるぐらいじゃ済まんぞ。……後ろ暗い商売して金儲けて、いったいこれ以上何に使うんだかな」


「阿片って……高いんだろ? 密輸商人も儲けてるんだろうな」


「それはそうだが……大元をたどれば、実はシルキアの政府が関わってるんじゃないかって推測もある」


「シルキアが? ……ということは、あっちの王が指示してるってことか?」


「馬鹿、大きな声出すなって」


「お前こそ近付きすぎだ。くすぐったいだろ。耳に息がかかる」


 声を上げたのは雪華が悪かったが、耳元でしゃべられるとこそばゆい。少し身を引くと、逆に航悠が悪乗りして詰め寄ってきた。


「お、これ弱いのか。んじゃもう一度」


「やめろ馬鹿…!」


 にやりと笑った航悠が、再度ふっと息を吹き込む。その感触にぞくりと肌が粟立った。馬鹿な相棒から一歩離れると、雪華は拳を顎に当てて思案する。


「国の中枢が、そんな指示をしてるのか……? 無茶苦茶だな。シルキアって、いったいどんな国なんだ」


「さあ。ま、本当かどうかは分からないけどな。簡単に入れない分、あの国は俺にもさっぱり理解できん。……確かなのは、末端では微々たる収入でも量が増えりゃあ莫大な利益を生むってことぐらいだ。国を動かすような額じゃないだろうが、斎への鉱物輸出以外の貴重な収入源にはなる」


「そうだな……」



 ――斎の隣国、シルキア。それは国境の山岳地帯をはさんで西へと国土が広がる砂漠の国だ。だがその内情は隣国の斎国人にすら、よく知られていない。


 斎の皇帝は、官吏との話し合いをもとに政治まつりごとを行っている。それに対し、あちらは王が絶対的な権力をもって国を統治しているらしい。とは言っても、実質は大臣や役人が王の側近くに仕えて助言を与えてはいるようだが。


 自分たち暁の鷹、とりわけ雪華と航悠は、この斎に腰を落ちつけるまで大陸の国々を渡り歩いてきた。シルキアより西の国に行ったこともあるし、南洋に出たこともある。だがシルキアにだけは入国したことがなかった。

 理由は一つ。外国人女性が入国できないからだ。ある特例を除いては、女はシルキアに入ることができない。特にこれといった理由も用事もなかったため航悠もあえて入国せず、その実態はいまだに謎のままだった。



「――ま、俺らが難しいこと考えてもどうしようもないな。適当にちゃっちゃと終わらせてくるさ」


「ああ。……気を付けろよ」


「俺を誰だと思ってるよ。……ま、ありがとな」


「あ、そうだ雪華。お前ヒマなら、薫風楼くんぷうろうに行ってくれないか?」


「薫風楼?」


「煙管の刻み煙草が切れちまって。藍良あいらに貰ってきてくれよ」


 ――薫風楼。それは、この帝都陽連で一番の格式を誇る妓楼の名だ。

 航悠の口から発せられた最高級妓女の名に、溜息をつく。空になった煙管を裏返して振る航悠に雪華は冷たい視線を送った。


「自分で行けばいいだろ」


「そうしたいのは山々だが、俺が行くと昼でも金がかかるだろ。性別上は一応女のお前なら、それがタダだ。頼むよ」


「それぐらいの金、残しておけよ……。というか誰が『一応』だ」


 雪華は溜息をつくと目を閉じた。……さて、どうするか。時間がないわけではないが、正直なところ――


「めんどくさ――」


「……そうだな。今度お礼に墨屋のゴマ団子でも買ってきてやろうか。お前の好きな揚げてあるやつ」


「……本当か。一日百個限定だぞ」


「俺を誰だと思ってるよ。パシリのつては、いくらだってあるんだぜ?」


「お前が買ってくるんじゃないのか……。まぁいいか、行ってやるよ。久しぶりに藍良にも会いたいし」


 あっさりと買収された雪華は、悪びれず答えた航悠に再度溜息をついた。だが、その小さな頼まれごとは存外悪くもないように思えた。


 ゆえあって知り合った薫風楼の妓女・藍良は、ここ陽連での数少ない友人と呼べる存在だ。

 立場も性格もだいぶ自分とは異なるが、なぜか一緒にいて気が合う。ここしばらくは顔も見ていなかったし、ちょうどいい機会かもしれない。

 それにしても――


「……そんなに旨いのか? それ。薫風楼で譲ってもらってるぐらいだから物はいいんだろうけど」


 空の煙管を、航悠が手持ち無沙汰に回している。それを指さすと、航悠は吸い口を雪華に向けて突き出した。


「おい……何のつもりだ」


「いや別に咥えろとか言ってねぇだろ。そんな顔すんな。……匂いだよ、匂い。少し残ってんだろ」


「匂い…?」


 航悠に促されるまま、鼻を近づける。くんと嗅ぐと、かすかな灰の匂いに混じって白檀のような清々しい香りが鼻を通り抜けた。思いがけず清浄なそれに雪華は目を瞬く。


「結構いいだろ。街で売ってんのは、なかなかここまでのはなくてな。結局、藍良に譲ってもらうのが一番手っ取り早くて金もかからないって分かったのさ」


「ふぅん……」


 煙管や葉巻を吸いたいとは思わないが、これを好む航悠の気持ちが少しは分かったような気がした。もう一度かがんだ雪華に、悪乗りした航悠が吸い口を近付けてくる。


「お前も吸ってみりゃいいのに」


「馬鹿、近付けるな。私はただ匂いが気になっただけで……」


「吸ったら病みつきになるぜ? ほらほら」


 後ずさった雪華の顔に、煙管の吸い口が迫る。避けようとしても、にやにやと笑われながら唇を追われる。

 子供のような悪戯を仕掛ける男に苛立ちを感じ、足技を繰り出そうかと身構えたそのとき――


「……あんたら、何いちゃついてんのさ……」


「……あ……」


「お……」


 階段を上ってきた飛路の極めて冷静な声に、雪華と航悠に我に返り、そそくさとその場を離れた。




 外に出ると、暮れはじめた陽光がまぶたを差した。じっとりと汗ばむ中にもかすかな秋の気配を感じる。花街の中心部を目指し、雪華は歩きはじめた。


 夕暮れを迎えつつある花街は、静かな活気が息づき始めている。店支度を始める妓楼の従業員たちの声に、街に遊びに行っていたらしい妓女たちが戻ってくる声が重なる。それに加わる、料理の支度の香り。


(あ、これは……焼き菓子か? うまそうな――)


 どこかから甘い香りが漂ってきて、思わず顔を向けた。だがはっと思い直して歩みを進める。

 興味はあったが、とりあえずは用事を済ませなければ。雪華は足早に目的地へと向かった。


 陽連、花街の一等地にそびえ立つ妓楼――薫風楼。格式も一番ならば、値段も一番との呼び声が高い。

 堂々たる門構えを見上げた雪華は、慣れた足取りで裏口へと向かった。


「――失礼。藍良どのはおられるか?」


「あ……雪華様!」


 木戸を開けて妓女の名を告げると、廊下の掃き掃除をしていた少女が出迎えてくれた。

 桂春蘭けいしゅんらん――ここ薫風楼の、妓女見習いだ。半分結い上げた髪に控えめな歩揺ほようを挿した少女は利発そうな目を雪華に向ける。


「元気そうだな、春蘭。……藍良はいるか? 空いてたら取り次いでほしいんだが」


「はい。あの、少し待っていて下さいね」


 鈴を転がすような可憐な声で答えると、ぱたぱたと足を鳴らして春蘭が奥へと下がっていく。あの少女とも、すっかり顔見知りになってしまった。

 普通は妓女や従業員以外の女が訪れないような場所であるにも関わらず、何も聞かずにこうして取り次いでくれる。それを可能にした親友の技量に、雪華はひそかな尊敬を抱いていた。



「――雪華! 久しぶりじゃない」


「藍良。……支度中に悪い。少しだけいいか?」


 やがて妓楼の裏口に、大輪の花が現れた。

 薫風楼きっての妓女、藍良。親友とも呼べる付き合いの彼女は美しく化粧を施した顔にあでやかな笑みを浮かべ、雪華を出迎えた。藍良はきょとんと瞬くと、微笑と共にたおやかな手を振る。


「やぁね、他人行儀に。いいに決まってるじゃない。……ほら、早く上がって。あんたならいちいち取り次がなくても直接上がってきていいのに」


「さすがにそれはまずいだろ……」


「あの、藍良姐さん。お茶をお持ちしますか?」


「いや、いいよ。長居はしないから。春蘭も自分の仕事に戻ってくれ」


「はい、では失礼します。あの……雪華様。今度また、旅のお話を聞かせて下さいね」


「ああ」


「雪華が来ると嬉しそうねー、春蘭。今度もう一人の姐さんになってもらいましょうか」


「あ……いいですね、それ」


「おいおい……」


 髪結いと化粧を終えたばかりらしい藍良が、くすくすと笑いながら雪華を自室へと先導する。

 客が入る前の妓楼の中を歩きながら、品の良い調度品にも決して埋もれない親友の後姿を雪華はなんとはなしに追った。


 部屋に入ると、壁際に今夜着るのだろう鮮やかな装束がつるしてあった。その前に置かれた椅子に無造作に座り、藍良は煙管に火を灯す。


「可愛いな、春蘭。妹分があれだと藍良も嬉しいだろ」


「まぁね。可愛いだけじゃやっていけないけどね。少し内気なところがあるから、慣れてもらわないと」


「はは。さすが陽連一の妓女は厳しい」


「当然よ。……それにしても、本当に久しぶりね。もう陽連にいないのかと思っちゃったわ。航さんの噂はちょくちょく聞くけど」


「航悠か……。悪い、少し忙しくて。藍良も元気そうだな」


「ま、それなりにね。毎日稼がせてもらってるわ」


 少し厚めの唇から優雅に煙を吐き出し、藍良が笑う。普通の女ならば蓮っ葉な印象を与えるであろうそんな仕草も、藍良がすると気品すら感じさせる。

 凹凸のはっきりとした肉感的な肢体に、華やかな顔。女性の憧れを体現したような女だ。


「はは……」


「……? なによ。急に笑ったりして」


「いや……相変わらず綺麗だなと思って。私が男だったら毎日ここに通いつめて、あっという間に破産してそうだ」


「何それ。自分より綺麗な顔の女に、そんなこと言われてもねぇ……」


「そんなことないだろ」


 呆れたように苦笑する藍良に、同じく苦笑で返す。他愛もないやりとりだが、気兼ねない女友達との会話に頬が緩んだ。

 最高級妓女と、元皇女とはいえ一般人。そんな自分たちが出会ったのはつい数か月前のことだ。街で絡まれていた藍良をたまたま助けたのが、そのきっかけだった。


 妓女と言えば通りはいいが、藍良は娼妓だ。春をひさぐ女たちを特別意識したことは今までもなかったが、市井の女と妓女が親しくするのはかなり珍しい。

 雪華も正直なところ無意識のうちにそんな先入観を持っていたのだが、話してみると藍良は非常に付き合いやすい女だった。


 艶やかで美しく、男を虜にするが、まとった衣を脱げば同年代の等身大の姿が見えた。思いのほかさばさばとして気風のいい藍良と、雪華はすぐに打ち解けたのだった。



「それで? 何か用があるんでしょ。あたしは用がなくても雪華に会いたいのに、あんたは用がなきゃうちに来ないものね」


 指を頬に当て、藍良が拗ねたように唇を尖らせる。そんな仕草もわざとらしくなく、正直に愛らしいと思った。……雪華が思っても、何の足しにもならないが。


「あまり出入りしても迷惑だろ」


「あら、そんなことないわよ。現にうちの楼主なんて、あんたが来るたびあからさまに狙ってるじゃない。あれは妓女獲得だけが目的じゃないわね。あわよくば愛人にしようとか思ってるんじゃないの」


「あの主人がか。……商才と人望があるのは認めるが、顔がな……。いや、男は顔じゃないとは分かっているんだが」


「何言ってるの、顔も大事よ。……いいわよ、言って。かえるみたいだって。いい人なんだけど、あの顔はちょっとね……。ぶふっ! ああダメ、思い出しただけで笑える!」


「……いや、そこでふき出すなよ。さすがに気の毒だろ……」


 曲がりなりにも自分の雇用主の容姿に対しふき出すのはどうなのか。袖で口を押さえた藍良に呆れた視線を向けると、雪華は本題を切り出す。


「それで、用なんだが……悪いが、また刻み煙草を分けてもらってもいいか? これ、代金。航悠から預かってきた」


「やっぱり航さん絡みか。いいわよ、すぐに用意する。それにしてもあんたを仲介させるなんて、女心の分かってない人ね」


「そうなのか? ……悪い、あとで殴っとく」


「いやちょっと冗談だから。あんたなら本当にやりかねないわね……」


 藍良が立ち上がり、箪笥たんすの中をあさり始める。調度品を眺めながら、雪華は手持ち無沙汰に問いかけた。


「航悠、またよく来てるのか? 仕事のない夜はちょくちょく出かけてるみたいだけど」


「んー? うちにはしばらく来てないわねぇ。この辺りでよく見かけるとは聞いてるから、どこかの店にはいるみたいね。若い子が『寂しい』って本気で言ってたわよ」


「はぁ。あいつの女好きにも困ったものだ……」


「あら、やきもち? 嫉妬はいい刺激になるけど、強すぎると重たく思われるわよ」


「違うって……。藍良までそんなこと言わないでくれ」


 にやりと笑った藍良に溜息で答えると、藍良はつまらなさそうに息を吐く。


「なによ。まだくっついてないの、あんたたち。さっさとしちゃえばいいのに」


「何をだ……。だから何度も言うように、私と航悠はそんな仲じゃない。あいつの遊びっぷり、知ってるだろ。あり得ないよ」


「そうかしらねぇ」


 刻み煙草の袋を卓子に置き、藍良が茶を淹れてくれる。向かいの席に座った藍良は、頬杖をついて雪華を見つめた。


「あんたもそろそろ、何かないの? ……ああ、忙しいって言ってたわね。何か新しいことでもあった?」


「そうだな……新入りが一人入ったよ。十八の子供だ」


「十八はもう子供じゃないでしょ。……ふーん、どんな子? 顔はいい?」


「生意気。顔は……まぁいい方だな」


「あんたね……。でも格好いいんだ、将来有望じゃない。あんたが子供って思ってても、男よ。何があるか分からないわよ?」


「何もないさ……」


 なんでも恋愛に結びつけたがる藍良に、再び雪華は苦笑をもらす。すると少し怒ったような顔で指を立てられた。


「あのねぇ、あたしはあんたのこと心配してるのよ。あたし達みたいな妓女ならともかく、あんた完全に嫁き遅れじゃない」


「航悠にもこの前言われたな。全然気にしてなくても、何度も言われるとなんだか頭に来るな」


「だったらなんとかする努力をしなさいよ……。それで、後はいつも通り?」


「ああ。……いや」


 長いまつげを瞬かせた親友に頷きかけ、言葉を濁す。とたんに目敏い視線が向けられ、雪華は気まずく口を開いた。


「その……幼馴染に、十年以上ぶりに会った……」


「…………。男?」


「? ……ああ」


 真顔で問いかけてきた藍良に、思わずこちらも真顔で頷く。藍良は大きな目をさらに見開いて雪華を見つめたかと思うと、にっこりと相好を崩した。


「ふーん。へえぇぇ~」


「な…なんだ……」


「ううん。別に~」


 高級妓女らしからぬ含み笑いを浮かべ、藍良が目を細める。その意図が分からず、雪華は眉をひそめた。


「そっか。なんか前と雰囲気変わったと思ったら、そういうこと。あんたもなかなかモテモテね~。ま、あたしほどじゃないけど」


「え……。ちょっと待て、藍良。誰がそんなことを――」


 何か、話がおかしな方向に転がっている気がする。慌てて訂正を入れると、すべて心得たという顔で藍良は大きく頷く。


「いいのよ、分かってるから。……久しぶりに会った幼馴染。かつての面影はあっても、すでに男と女…! ……これで、何もない訳がないわね」


「は……。いや、まったく何もなかったが」


「航さん、のんびり構えてる間に横からかっさらわれちゃったのね。……可哀想、早く手を出せば良かったのに」


「おい、藍良。話が独り歩きしてるぞ……」


 手を組み想像の世界へと旅立ってしまった親友に、横から控えめに声をかける。美しい世界から引き戻されたらしい藍良は、夢から醒めたように手を解くと雪華をじろりと睨んだ。


「なによ、つまらない女ね。少し期待してあげたのに」


「悪いな。……って、私が悪いのか? 今のは。……別にいいだろ、そんなことに結び付けなくたって」


「そんなこと、ねぇ……」


 嘆息した雪華に、藍良が呆れたような吐息をつく。ふと考え込むように目を伏せた藍良が顔を上げた、その時――


『――藍良姐さん、お支度にあがりました』


 廊下から高い声がかかり、二人は揃って扉の奥に目を向けた。……春蘭か。そろそろいとまの時間だろう。


「悪いな、長居した。また来るよ」


 刻み煙草の袋を持って立ち上がると藍良があとに続き、見送りに廊下まで出てくれた。藍良はその美しい顔に、悪戯めいた笑みを浮かべる。


「……恋しなさいよ、雪華。世界が広がるわよ。一人で生きるのもいいけど、出会う人によって女は何倍もの可能性を掴むんだから」


「藍良……」


 その言葉は――幾人もの男を手玉に取ってきた華やかな女の、真摯な一面を表しているように思えて。雪華は茶化すことも忘れ、静かに頷く。


「機会があればな。……じゃ」


「だから、機会は自分で作るんだって! ……もう!」


 藍良の怒り半分、呆れ半分の声に見送られ、雪華は薫風楼をあとにした。



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