天狗の懸念と化け雉の思惑

 彼岸と此岸を渡り往くウミワタリの能力を、八頭怪たちの封じ込めに利用する。その話が出て来た時には、峰白はもう突っかかる事は無かった。

 何かを納得したような、あるいは何かを諦めたかのような表情でもって、灰高や紅藤などと言った幹部陣の発言に耳を傾けていたのだ。

 そうしているうちに、打ち合わせの第一部は終わりを迎えた。


 第一部という事は、もちろん第二部も存在するという事である。より込み入った話を、少数の面々で行うために、打ち合わせは二部構成の形を取っていたのだ。

 第二部の打ち合わせの参加者は、本部の会議室に集まっている妖怪たちだけとなった。第一部ではリモートで参加していた妖怪たちもいるにはいたが、彼らは解散となり、リモート画面も「終了」の文字と共に暗転してしまう。

 リモート画面の全てが暗転した事の確認が終わってから、第二部が始まった。


「この度の八頭怪との対決にあたってですが、島崎君には現実改変の能力を使って頂くまでもありません。むしろ、使わないで決着をつけたいと思っているほどなのですから」


 島崎源吾郎のもつ現実改変能力は、この度の八頭怪との戦争には使わない。

 それが、打ち合わせ第二部が始まった直後に放たれた言葉であった。発話者はもちろん灰高である。

 源吾郎はその発言を、半ば他人事のように耳にしていた。納得と驚き。相反する二つの感情が、頭の中に去来していたためだ。現実改変能力であれば、確かに多くの妖怪に知らせるような内容ではない、と。しかし一方で、わざわざ使わないで決着をつけたいと言うべきなのだろうか、とも思っていた。

 現実改変の能力は、源吾郎も積極的に使おうなどと思っていない。むしろ、使わなくて良いのならそれで御の字だと思っているほどだ。

 そしてそれは、源吾郎個人がそう思っているというだけではない。上司である紅藤や、妖狐として先輩にあたるミツコとて、同じ考えであるはずだ。

 源吾郎の思惑はさておき、早くも幹部勢の一部はざわめき始めていた。


「なぁハル。島崎君は現実改変能力の持ち主らしいぞ。あの子は雪羽とも仲良くしてくれているし、俺も苅藻の兄貴たちの事は知っている。だけど、そんな漫画みてぇな能力があるなんて知らなかったぜ」

「ええ、三國さん。私も初耳ですね」

「三國君に春嵐君。二人が、というよりも僕らが島崎君の能力を知らなかったのは、まぁ自然な事なんじゃあないかな。思うに島崎君の能力とやらは、最近唐突に覚醒したか、前々からあったけれど、島崎君が積極的に使おうとしなかったかのどちらかじゃあないかな。もしも積極的に使っていたのなら、それこそ萩尾丸様から、そうした能力のお話について僕たちにアナウンスがあっただろうしね」


 驚く三國たちに対して、双睛鳥は鋭い持論を展開していた。それから萩尾丸の方を見やり、源吾郎の現実改変能力を知っているかどうかを確認していた。萩尾丸はもちろん頷き、元々は上位幹部とその側近のみに展開していた機密であった事を打ち明けたのだった。

 これにより、双睛鳥たちといった若手幹部とその側近にも、現実改変能力は明らかになってしまった。しかし前回の打ち合わせでは、裏切り者が明らかになっていなかったから、疑わしき者には声を掛けずにいただけである。

 現在は晴れて(?)紫苑が八頭怪が組している事が明らかになっている。だからこそ、灰高にしろ萩尾丸にしろ、下位の若手幹部に知らせても大丈夫であると判断したのかもしれない。

 もちろん、双睛鳥や三國が完全に味方であるとは断定できないが……彼らが雉鶏精一派を裏切る事は無いと、源吾郎としては思いたかった。

 特に双睛鳥などは、邪教の信徒を拷問にかけた上で、八頭怪に関与しているか否かを聞き出してくれているのだ。そこまでやっている彼が、裏切りに手を染めるとは思えなかった。


「現実改変は使わないって、わざわざその事まで口にしておくのね」


 幹部たちのざわめきが少し落ち着いたところで、峰白がぽつりと呟いた。

 おとがいの辺りを撫でさすっている彼女は、何事かを思案しているようだった。もっとも、何を考えているかについては、源吾郎には解らなかったが。


「ええ。島崎君も居合わせていますし、一応お伝えしておいた方が良いかと思いましてね」


 神妙な面持ちの峰白に対し、灰高はにこやかな笑みをたたえたままだった。その表情のままに、灰高は言葉を続ける。


「現実改変能力は便利な能力かもしれませんし、望めば我々に有利な展開をもたらしてくれるでしょう。しかし話を聞く限り、現実改変能力は多大なるリスクが憑きものではありませんか」


 灰高が語ったのは、ごくごく当たり前の事柄ばかりだった。

 何故わざわざそんな事を口にするのか。灰高が言っている事は源吾郎だって十分心得ている。その事を口にしようとした源吾郎であったが、それよりも先に灰高が発言を始めていた。それも、何処か物憂げな眼差しを皆に向けながら。


「それに、現実改変能力はそもそも這い寄る混沌からもたらされた権能という事ではありませんか。這い寄る混沌もまた、道ヲ開ケル者と同じく大いなる邪神であると言います。その力を島崎君が用い、呑まれてしまってはいけませんでしょう?」

「要するに」


 灰高の説明が終わった所で、峰白は言葉をため息のように漏らした。


「島崎君が離反して、八頭怪の側に就く事を恐れている。灰高が言いたいのはそう言う事でしょう」


 峰白の言葉に、灰高は無言で頷くだけだった。


 第二部での打ち合わせは、思っていたほど長引かなかった。もちろん、幹部勢同士で詳細な計画も多少は語られたが、それも第一部に較べればおまけ程度のものでしかなかった。

 あるいはもしかすると、『源吾郎の現実改変能力を使わずに八頭怪を封じる』という事を話すためだけに、第二部を設けたのかもしれない。そんな考えすら、源吾郎の脳裏には浮かぶのだった。

 そんな訳であるから、自分たちももう解放されたも同然である。あとは紅藤様たちと一緒に研究センターに戻るだけだ。源吾郎は無邪気にそう思っていたのだ。萩尾丸が、本部にやって来ていた自分の側近たちと話し込む素振りも見せていなかったから、尚更だ。


「ねぇ、ちょっと」


 紅藤たちの一行に声をかけてきたのは、第一幹部の峰白だった。紅藤が、弾かれたように一瞬身を震わせたのは、峰白が仏頂面でこちらを見つめていたからだろう。


「どうされたんですか、お姉様――」

「紅藤。今はあんたに用は無いの」


 恭しい口調で問いかける紅藤に対し、峰白はにべもない様子で言い捨てる。荒っぽくも両者の立場や気質の滲み出たやり取りに、源吾郎は少したじろいでしまった。

 その間に、峰白の視線は萩尾丸に注がれていた。


「用があるのはあんたの手下たち、萩尾丸とそこの仔狐なんだけど、少し借りても良いわよね?」

「ええ。それなら問題はありませんわ」


 自分は仔狐呼ばわりされてしまうのか。驚きよりもむしろ諦観と共に源吾郎はそんな事を思った。その間に、峰白と紅藤のやり取りは終わっていた。

 峰白は再び萩尾丸に視線を向ける。


「紅藤の手下として、あんたたちに話があるの。萩尾丸には側近もいるみたいだけど、良ければ彼女らも呼び寄せても構わないわ」

「お気遣いありがとうございます、峰白様」


 恭しい口調で言うと、萩尾丸は周囲にさっと視線を走らせた。


「ですが呼び寄せるには至りません。彼女たちも忙しいでしょうし」


 今回の打ち合わせにて、出席していた萩尾丸の側近たちは三名である。八頭衆の他の幹部たちよりも、連れている側近たちの数は多かった。しかし、化け狸の今宮氏は司会進行などの雑事を担っていたので、その点も差し引きしなければならないかもしれないが。


「そう。それじゃあ付いてらっしゃい」


 峰白はそう言うと、臆せず萩尾丸たちに背を向け、颯爽とした足取りで会議室を後にした。萩尾丸と源吾郎は目配せし、そんな峰白の後を追うのだった。

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