封じ込め 秘策の鍵はオンドリなり

 それにしても。紅藤が頷くのを見届けてから、峰白は再び言葉を紡ぐ。酷薄ながらも端麗なその面には、あからさまな呆れの念が浮き上がっていた。


「灰高。あんたは封印術とやらに相当な自信を持っているようね。封印術とやらが失敗してしまう可能性という物も、ちゃんと考慮しているのかしら?」

「それは……もちろんですとも」


 応じる灰高の言葉が揺らいだのは気のせいでは無かろう。何せ峰白は、灰高の言葉を聞くや否や、やにわに笑みを浮かべたのだから。


「敵と闘う時には、失敗した時の事も考慮しなければならない。浜野宮家の当主をかつて勤め、我らが雉鶏精一派に矛を向けたあんたなら、その事だってちゃんと心得ているでしょう?」


 峰白の言葉は実に楽しそうであった。その言葉の節々に、嗜虐的なニュアンスを伴っていたが。いや、楽しんでいるからこそ、そうしたニュアンスが伴っていたともいえるであろうか。

 灰高はもはや狼狽える素振りは見せなかった。ただただ峰白を睨み、それでも彼女を説得させる言葉を考えているようだった。

 そんな中で声を上げたのは、紅藤だった。


「峰白のお姉様。あまり灰高のお兄様を詰ってはいけませんわ」

「……!」

「……!」


 紅藤の言葉に、源吾郎は驚きのあまり目を見開いた。そしてそんな風に驚いているのは源吾郎だけではない。他の妖怪たち、幹部勢の中にも驚きの色を滲ませている者は見受けられた。もちろん、その中には萩尾丸の姿もある。

 そもそもからして一枚岩ではない八頭衆であるが、特に紅藤と灰高の仲は良好とは言い難かった。紅藤はお兄様と呼び慕っている素振りは見せているものの、むしろ対立気味であると言っても過言ではないほどだ。

 更に言えば、紅藤は峰白の事を心底慕っていた。峰白の方が、一方的に彼女を利用している事を承知したうえで、である。

 だというのに、今回はどうだろうか。紅藤は灰高の言葉に同意し、それどころか峰白を諫めるような言動をとっているではないか。

 確かに、打ち合わせの場でまとまりを乱そうとする者がいれば、その相手を諫めて円滑に話を進めようとするのはごく自然な事なのかもしれない。しかし、話者が紅藤である事を考えると、そのような考えで動いたと考えるのはひどく不自然だった。

 紅藤は大妖怪であり優秀な研究者でもある。しかし、いち社会妖としての彼女のスキルは、残念ながらそれほど高いとは言い難い。処世術の類に疎く、思った事を正直に口にしがちなのだから。

 そうした彼女の性格を考慮すると、空気を読んで峰白を諫めたのではなく、灰高の言葉に心底共感したからだ。そんな結論に落ち着くのも、しごく自然な事だったのだ。


「あら紅藤。あんたもやっぱり、灰高と一緒で封印する方が良いって思うクチかしら」


 軽い調子で峰白が問う。紅藤の考えや性格は解りきっているのだろう。自分ではなく灰高の意見を尊重しているのを目の当たりにしているにも拘らず、彼女は特段驚いた素振りは見せなかった――源吾郎や、萩尾丸たちと較べれば。

 むしろ、問いかけられた紅藤の方が、戸惑ったような表情を見せたほどである。


「封印する方が良いというよりも、封印するしか方法は無いと思うのです。山鳥女郎や紫苑さんならばいざ知らず、八頭怪を討ち滅ぼす術を、私どもは持ち合わせてはいないのですから」

「討ち滅ぼす事は出来ないから、封印するという選択肢を選ぼうとしているのね。思っていたよりも消極的な意見なのね」


 消極的な意見。臆せずそう語る峰白の言葉は、あまりポジティヴな物とは言い難かった。しかしだというのに、彼女の顔には何処か納得したような表情が浮かんでいた。謎めいた峰白の表情の変化にも、源吾郎はただただ当惑していた。

 その間にも、峰白は言葉を続けた。


「確かに灰高や紅藤がそう言う判断を下そうとするのは私にも何となく解るわ。そりゃあまぁ斃せるのならば斃すのが一番手っ取り早いでしょうけれど、相手は八頭怪ですものね。それこそ、妖怪仙人クラスの強さを保有しているでしょうね。胡喜媚様には遠く及ばないでしょうけれど」

「……存命な上に、今も暗躍している事を考慮すれば、胡喜媚様よりも強い可能性もありますがね」


 灰高が峰白の言葉にそれとなくツッコミを入れていたが、峰白はそれを聞き流していた。テーブルの上で手指を組み、紅藤や灰高に視線を向けながら、言葉を続ける。


「まぁ、灰高や紅藤が封印術が一番だというのなら、それが最善の手段になるのでしょうね。知ってると思うけれど、私は妖術や仙術の類には明るくないから、ね」


 そこまで言うと、峰白はやや自虐的な笑みを見せていた。と言っても、それを見て笑ったり何か言い出したりするものが出て来たわけでは無い。峰白が仙術や妖術に明るくないと言えども、紅藤とは別方面で恐ろしい妖怪である事は明らかだからだ。


「それに灰高もそこまで自信満々で、真琴まで巻き込んで策を練っているのなら、失敗しないような案や、失敗のリカバリーについても考えを巡らせているのでしょう?」

「はい、峰白様。その辺りは心配なさらないで下さいませ」


 万が一の時の対策は如何なるものか。峰白の問いに真っ先に応じたのは、灰高や紅藤では無かった。胡琉安の隣に腰を降ろす、彼に瓜二つの青年だったのだ。打ち合わせが始まる前に、源吾郎が何者だろうかと密かに疑問を抱いた、鳥妖怪の青年その妖だ。


「誰かと思えば影武者のウミワタリじゃない。もしかして、あなたも灰高の言う封じ込め作戦とやらに参加するのかしら」

「もちろんでございます」


 峰白の言葉にて、胡琉安にそっくりな青年が何者なのか、何故瓜二つなのかが明らかになった。胡琉安の影武者として重用しているウミワタリならば、確かに瓜二つの容貌――元から似ているのか、術の類で似た姿にしているのかは定かではない。とはいえ前者の可能性の方が高そうだが――だったとしても何らおかしくはない。

 とはいえ、今ここにいるウミワタリは、胡琉安の影武者としてそこに座している訳では無さそうだった。言語化するのは難しいが、ウミワタリという個別の妖怪として、この打ち合わせに臨んでいるように感じられたのだ。

 あるいはその印象は、彼の奇抜な衣裳によってもたらされたのかもしれない。スーツ姿の胡琉安とは対照的に、ウミワタリは和装だったのだ。しかも、青白い川の流れとそのほとりに咲き乱れる曼殊沙華という意匠が、惜しみなく施されているのだから。


「峰白様。そして八頭衆の皆様。確かに僕は、胡琉安様の影武者として雇われ、長年その仕事を忠実にこなしてきました。ですが、僕の能力はそれだけではないのです」


 誇らしげに、歌うようにウミワタリは語る。彼はこの時両手を広げていたが、その姿はまさしく両翼を広げて飛び立とうとする巨鳥そのものであった。


「名は体を表すと言いますが、それは僕にも当てはまる事なのです。ウミワタリは、単に海から海へと渡っていくというだけの意味ではありません。海の向こうにある常世国、若しくは根の国と――要は彼岸と此岸を自由に渡り往く。そんな意味すらもあるのです」


 ウミワタリの説明を前に、誰もすぐには言葉を発しなかった。胡琉安とほぼ同年代である若妖怪の大言壮語に驚いているようにも、彼が何気なく放った根の国という言葉におののいているようにも思えた。

 それからややあってから口を開いたのは、第三幹部の緑樹だった。


「成程……確かに彼岸と此岸を移り行く事が出来る権能を持つのであれば、八頭怪とも渡り合えるでしょうね」

「ええ、その通りです」


 頷くウミワタリは頬を赤らめており、明らかに興奮したそぶりを見せていた。


「確かに八頭怪も、時間や空間の制約を受けぬという特質を持ち合わせているかもしれません。しかし、一瞬の隙を突いて彼奴をこちらの世界から切り離してしまえば、すぐには此岸に戻って来る事も出来ないでしょう。ましてや、その後灰高様たちの手によって封じられるのですから尚更です」


 朗々と語るウミワタリの頬は、繁殖期のオンドリよろしく真っ赤に紅潮していた。胡琉安は感心したようにウミワタリを見つめているし、幹部勢たちからも嘆息の声が方々から上がっている。

 源吾郎はというと、ウミワタリの語るプランが凄いのかどうか、皆目解らなかった。仔狐ゆえに知識が足りないからだと、その理由は解っていた。

 だがそれ以上に、影武者であるはずのウミワタリが、八頭怪を封じるというプランに前のめりである事に驚いてもいた。影武者と言えども、表舞台に立って目立ちたい。そのような欲求からは逃れられないのだろうか、と。

 そしてそれが、何とも不穏な物を孕んでいるように思えた。気のせいだと思いたいのだが。

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