若妖怪 打ち合わせにて状況を悟る

 休日という物は、基本的には平日よりも、仕事がある日よりも少なくて短い。勤めにんならば誰しも知っているその事実が、源吾郎にも真正面から突き付けられた。

 要するに、休日である土日はあっという間に過ぎていき、月曜日になったという事である。

 特に、この間の休日は源吾郎にとっては特に短く感じられるものだった。実家に戻る、偶発的と言えども米田さんと出会うなどと言ったイベントが、休日の前半に盛り込まれていたためである。

 忙しかろうとぼんやりと過ごしていようと、休日は等しく四十八時間存在している。しかし、忙しいか暇であるかによって、時間の体感速度は異なってくるものなのだ。

 休みが明けた事に対して思う所はあるものの、それでも源吾郎はきちんと出社していた。有給を取るまでもないからだ。それにもはや、雉鶏精一派は八頭怪との全面戦争について真面目に考えなければならない局面である。

 紅藤や萩尾丸が、雉鶏精一派の幹部勢が、この度の戦いにて源吾郎をどのように使うのかは解らない。しかしながら、工場棟に勤務する工員たち――彼らには妖怪も、人間も含まれていたが、まぁそれは些末な話だ――のように、呑気に構える訳にはいかない事は、少なからず理解していた。


「――以上が今週の大まかな、予定です。先週に引き続き、私も萩尾丸も本部に出向いたり、こちらに詰めていても他の幹部勢と打ち合わせを行わなければならない状況になっています。研究センターの、皆や皆の抱える業務には少し手が回らなくなりますが、そこは頑張っていただけたらと思うのです」


 朝のミーティングにて、紅藤は丁寧な口調でもって源吾郎たちに告げていた。不自然なほどに丁寧な口調にこそ、彼女の不安や心の揺らぎが反映されているように、源吾郎には思えた。


「青松丸君やサカイさんはベテラン社員だから、まぁ僕たちが打ち合わせや作戦会議にかまけていたとしても、通常通り業務は出来ると思っているんだ」


 続いて口を開いたのは萩尾丸である。恭しい様子で青松丸とサカイ先輩の二人が返事をするのを見届けた彼は、それとなく視線をスライドさせた。

 萩尾丸の鋭い眼光は、今や源吾郎と雪羽に向けられていた。


「……とはいえ念のために、僕の方から丁度良い妖員じんいんを見繕って研究センターに派遣するように致します。間の悪い事に、新規の発注案件も立て込み始めていますからね」

「あら萩尾丸。普段のあなたなら新規案件が増えれば喜ぶのに。浮かない顔をするなんて珍しいわね」

「喜ばしい事であっても、今は何分タイミングが悪いですからね。そこが悩ましい所です」


 新規案件のくだりで紅藤が疑問を呈し、それに萩尾丸が反応していた。萩尾丸は困り顔で眉間の辺りを撫でていたが、実の所源吾郎は二人のやり取りを見て安堵した心持ちになっていた。

 研究者として優秀極まりない紅藤は、しかし商売妖しょうばいにんとしての才覚は壊滅的であった。源吾郎も普段ならば萩尾丸同様に、彼女のそうした一面に頭を抱えるものだ。だが今回に限っては、彼女のこの言動が妙な嬉しさをもたらしていた。心労を密かに重ねる紅藤の心が、少しでも恢復しているかのように思えたためである。


「それに懸念事項はそれだけではありません」


 呆れ顔は何処へやら、萩尾丸は冷徹でいかめしい表情を作ると、今再び源吾郎たちを見やった。


「紅藤様もご存じの通り、現在の研究センターには若手たちもいますからね。本来ならば僕が彼らを監督しているのですが、ここ最近はどうしても、彼らにまで目が届かない所もあるのです。そんな若手たちの監督役も、どうしても必要ですからね」


 萩尾丸の面に浮かぶのは、毒気の滲んだ笑みだった。監督が必要な若手たち。それが自分たちを、源吾郎と雪羽の二名を指している事を、源吾郎は即座に理解した。きちんとした就職活動によって採用された源吾郎と、萩尾丸の再教育を受けつつも、紅藤の独断専横によって研究員となった雪羽。研究センターに訪れた経緯は異なれど、萩尾丸は源吾郎と雪羽を一緒くたに見做す事が多かった。もちろん、源吾郎と雪羽には似通った点も多いのだから。

 ともあれ源吾郎は、萩尾丸が監督役を研究センターに派遣するという事には特に異存はない。

 しかしながら、もう一人の若手である雪羽が、ややいきり立った様子で声を上げたのだ。


「萩尾丸さん。若手の監督役に部下を寄越すって事ですが、もしかして、俺たちを監視するためだけに、そんな事をなさるつもりなのですか?」


 おいおい雷園寺……半ば呆れながらも、雪羽をなだめた方が良さそうだと源吾郎は思った。それよりも先に、萩尾丸が口を開いてしまったのだが。


「あくまでも監視では無くて監督だよ、雷園寺君。言葉は似ているかもしれないけれど、意味は微妙に違うから、ね。君もその辺りは注意したまえ」


 雪羽の問いに対し、萩尾丸は何らこだわりのない様子でそう言った。彼の返答は源吾郎の予想通りだった。そして恐らくは、雪羽にとっても。

 雷園寺君。一見すると冷徹な、しかし含みのある眼差しを、萩尾丸は雪羽に向けた。


「そもそも君は、これまでの所業を問題視されて、僕の許で再教育を受ける事になったんだよね。今は研究職の適性を見出されて研究センターの研修生になってはいるけれど……まだまだ再教育の期間中である事は覚えているよね?」


 なぶるような萩尾丸の言葉に、雪羽はぐう、と短く唸る事しかできなかった。確かに雪羽が研究センターにやって来たのは、再教育として萩尾丸が彼の身柄を引き取ったためである。そして再教育の期間は、最低でも五、六年は続くと言っていたではないか。

 とはいえそうだとしても、あそこまで意地悪く言う事は無いだろう。雪羽に同情的だったためか、はたまた萩尾丸の毒気に辟易していたからなのか。源吾郎はついついそんな事を思っていた。


「僕個人として、いや他の八頭衆の面々もだけど、雷園寺君の事は前途有望な若者だと思っているんだ。適性や才能は言うまでもなく、縁故やコネクションとしての方面でもね。だからこそ、若いうちに君にも頑張ってもらって、優秀な妖材じんざいに育ってくれればと僕は思っている」


 萩尾丸はそこまで言うと、思い出したように視線をスライドさせ、源吾郎を見やった。


「もちろん、将来有望で優秀に育ってほしいというのは、島崎君にも当てはまるかな。君も君で、幹部候補生とされているんだからさ」

「あ、はい……」


 急に話題を振られた源吾郎は、ただただ間の抜けた返事を返すのがやっとだった。幹部候補生として迎え入れられた事、いずれは萩尾丸や紅藤を打ち負かして下剋上を果たすであろう事は、研究センター内では周知の事実だった事を思い出した。

 返事をしてから数秒後に、源吾郎はおずおずと雪羽を見やった。この手の話に関して、雪羽が良い顔をしないであろうと思ったためである。

 確かに雪羽は思案顔だった。しかし彼の視線は、初めから源吾郎には向けられていなかった。萩尾丸や紅藤を見つめたままに、雪羽は口を開いた。


「萩尾丸さん。幹部候補生ってところで思い出したんですけれど、やはり第五幹部の紫苑殿は……」

「彼女はもはや第五幹部ではないよ。裏切り行為並びに八頭怪と共謀していた事を鑑みて、現在ではの対象になっているんだ」


 にたりと笑う萩尾丸を前に、雪羽も源吾郎も言葉が出なかった。粛清。解雇や辞職と言った単語を通り越して出て来たこの二文字に、若妖怪二名はおののいてしまった。かつての頭目だった胡喜媚、あるいは第一幹部である峰白が、文字通りの首切りを厭わず行うと知っていたにもかかわらず、である。


「と言っても、実際には彼女はあの日から行方をくらましているから、実際の粛清には至っていないけどね。まぁでもその代わりに、彼女が率いていた第五幹部の部下たちの妖員整理じんいんせいりを粛々と行っているのが現状かな」


 萩尾丸はその後も余談として、峰白の側近だった真琴を二代目・第五幹部として据えている事などを教えてくれた。難しい事をあれこれ考えるのは苦手であるが、真琴を幹部に据えたのは丁度良い妖選じんせんだったのではないか。源吾郎はぼんやりとそう思っていた。

 萩尾丸さん。雪羽がまたしても声を上げた。監督役を寄越すと言われた時の非難がましい表情ではなく、何処か思いつめたような表情を浮かべていた。


「萩尾丸さんたちも、八頭衆の皆さんも大変な時ですよね。もしかしたら、幹部候補生である俺たちも、八頭怪のあん畜生と闘うために、力添えした方が良いのでしょうか」


 雪羽の問いに、萩尾丸は即答しなかった。驚き、思案を重ねるような表情を、数秒ほど源吾郎たちに見せていた。


「君らがこの度の闘いに参加するのか。そこは実に悩ましい所なんだよ……僕個人の考えでは、ね」


 口調こそ普段通りであったが、言葉や態度の節々からは、気弱な雰囲気が見え隠れしていた。萩尾丸のそんな態度は、付き合いの短い源吾郎にしてみても珍しい物だった。


「正直な話、君らは今回の闘いには参加させたくないんだ。若い君らには荷が重いだろうし、何かあった時には取り返しがつかないからね。

 だがそれは、あくまでもの意見でしかない。他の八頭衆の面々は、君らをも戦力と見做す可能性とて十分あるんだ。何故戦力と見做されるかについては、君らもその理由が解るとは思うけどね」


 多少の皮肉めいた言葉と共に、萩尾丸はここで笑みを見せた。普段の笑みとは異なり、何処か寂しげではあったけれど。


「だからもしかしたら、君らの力添えも必要になるかもしれない。現段階では何とも言えないけれど、その辺りは君らも心の準備をしておくように、ね」


 源吾郎は雪羽と顔を見合わせ、それから紅藤たちに視線を向けてから、頷いた。

 萩尾丸はああ言っていたものの、きっと自分は八頭怪との闘いに駆り出されるのだろう。確信めいた考えが、源吾郎の心の中にはあった。

 何せ源吾郎は、這い寄る混沌の権能をその身に宿している。そしてその権能こそが、八頭怪と勝敗を決する決め手となると言われているのだから。

 もっとも、それを使わずに勝負が決まれば、それに越した事は無いのだろうけれど。

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九尾の末裔なので最強を目指します【第五部】 斑猫 @hanmyou

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