魔道具屋 顔合わせも兼ね備え

 母からの注意喚起が終わると、一行はある通りへと足を進める事になった。源吾郎はここで、この通りが妖怪向けに作られ、利用されている物だと即座に気付いた。過去に出向いた地下街の時のように、小径に妖気が染みついている事を見抜いたためだ。更に言えば、何も知らぬ人間ならば気づけないようにするためのちょっとした仕掛けが、通りそのものに施されている事すらも、源吾郎は看破していた。

 なればこそ、母が自ら魔道具屋の案内を買って出たのだろう。そのように源吾郎は思い始めていた。妖怪寄りの源吾郎ならば自力でこの通りを見つけ出せるかもしれないが、同行している兄姉たちには難しい事だろう。

 初めはやや狭いだけの細道に見えたその道は、いつの間にか路地裏と小さな商店街の中間のような様相を見せていた。すなわち両側に壁があり、天井(?)部分は商店街よろしく半透明のアーケードが掛けられている。

 ふと気が付くと、ともに歩いていた庄三郎が僅かに近づいていた。距離を詰められた事に少し戸惑ったが、首を巡らせてこちらを見やる末の兄は、何処か嬉しそうな笑みを源吾郎に向けている。


「ギャラリーに源吾郎と一緒に向かった時の事を思い出したんだ。源吾郎、君も懐かしいでしょ?」


 地下街や寂れた繁華街の跡地を練り歩くのは、厳密にはギャラリーの帰り道だったりする。だが庄三郎の笑みが幸せそうだったので、源吾郎は頷いておいた。


「あはっ。庄三郎と源吾郎も、相変わらず仲が良いわね」

「そうね。二人とも歳が近いし性格も似通っているから、子供たちの中でも気が合うんでしょうね」

「確かにお母さんの言う通りよね」


 そして母と姉の双葉は、庄三郎たちを見て言葉を交わしていた。自分と庄三郎が似ている。そう言われる事に引っかかるものを感じはするが、敢えてその事を問いただす事は無かった。常々言われている事であるし、多少は母たちの言葉も一理あると思っていたためだ。庄三郎も源吾郎も、玉藻御前よりもたらされた能力に強く拘泥している。ただ、そのベクトルが互いに逆方向を向いているだけの話なのだから。


 扉などとほぼ同化している壁を何気なく眺めていると、何やらチラシが貼り付けられている事に源吾郎は気付いた。何気なくチラシの方に視線を向けた源吾郎は、驚いて声を上げそうになった。そのチラシもまた、怪しい団体やサークルの注意喚起を促すものだったからだ。もっと言えば、源吾郎の職場に貼り出されたものと全く同じものだった。

 源吾郎はそれを見て、今一度居住まいを正した。八頭怪云々の事は、雉鶏精一派の本社や研究センターだけでの問題ではない。その事を今一度思い知ったのだ。


 目当ての魔道具屋は、小径の中ほどに存在していた。と言っても母がここだと示したから、そこが魔道具屋だと源吾郎たちは認識できたわけであるが。

 というのも、扉はやはり他の店舗と同じく壁と同化しており、その上看板も恐ろしく不愛想だったからだ。何かあると示すのは、せいぜい古ぼけた信楽焼の狸の像と擦り切れた板切れと化した看板、そして朱色に塗った割り箸か何かを組み合わせた小さな鳥居であった。鳥居と言っても神様を祀るような大層なものでは無く、立小便除けの物に過ぎないであろうが。

 源吾郎は兄姉と共に扉の周囲に視線を走らせていた。それから、母の顔に視線を向ける。既に母は扉の前に立っていた。


「母様、ここがそのお店なのですか?」

「そうよ」


 母は即答し、のみならず扉に手を掛けていた。蝶番のきしむ音と共に、扉は開かれた――店員でも何でもない、母の手によって。扉の内側は、壁とほぼ同化していた外側とは違い、清潔で真新しいポスターが何枚か貼り付けられていた。

 勝手にそんな事をしても良いのか。そんな事を思って尻込みしていると、母が首を伸ばしてもう一度告げる。その間に母は歩を進めていたらしく、身体の半分は扉の向こうに入っていた。


「どうしたの源吾郎。双葉と庄三郎もだけど、入るわよ」

「お、怒られても知りませんよ……」

「大丈夫よ。私と私の子供たちだって解ったら、店主も店員も怒りなんてしないわ」


 母の言葉は妙に飄々として、軽い物だった。何とも母らしからぬ物言いだと思いつつも、源吾郎は追従するしかなかった。ちなみに双葉は臆せず意気揚々と、庄三郎は姉や弟の様子を窺いながら歩を進めている。

 そうして店内に足を踏み入れた源吾郎は、またしても驚きの声を上げそうになった。店内が予想以上に明るく、尚且つ広い事に気付いたからだ。床は木目の褐色で天井も壁も落ち着いたダークグレーであるから、元来であればもっと落ち着いた雰囲気を放っているのだろう。しかし、光源が天井から光を放つ蛍光灯以外にもそこここにあった。棚に置かれたランプや、テーブルに飾られた燭台めいたインテリア、更には大証の宝石宝玉の類が、互いに光を放って自己主張し続けているではないか。

 もっとも、天井は天井で、洋物のドラマでよく見かける三枚羽のプロペラが取り付けられ、ゆったりと回転しているのだが。もしかしたら、あのプロペラで光が遮られる事もあるから、あちこちに光が灯るようにしているのかもしれない。

 眩しさに目が慣れると、店内の大体の広さが推察できるようになった。目測ではあるが、下手を打てばコンビニ一店舗ほどの広さがあるかもしれない。魔道具屋として広いのか狭いのかは定かではない。しかし骨董品店などをイメージしていた源吾郎にしてみれば、十分に広く感じられた。

 そして既に、店内には先客たちの姿が見受けられた。彼らの大多数は妖怪であると、源吾郎は即座に判った。尻尾などの獣妖怪の特徴を露わにしている者は言うに及ばず、完全に人型になっている者からも妖気を感じ取ったからだ。

 それとなく妖怪たちの様子を窺うつもりだったが、妖怪たちの注意は源吾郎たち一行に向けられていた。彼らは品物の眺めたり手を触れたりするのを辞めて、わざわざ源吾郎たちをちらちら見やったり、傍にいるツレと何やら話し込んだりし始めている。

 やはり注目されたのか。源吾郎はフラットな気持ちでそう思っていた。そこにはおのれが玉藻御前の末裔として注目される事への喜びも、恥ずかしさや負の感情すらも無かった。源吾郎はもはや、おのれ自身やおのれの血筋が注目される事を、職場やその周辺で嫌というほど体験し続けていた。そしてその事に慢心せぬようにと、上司や先輩妖狐から釘を刺され続けたのだ。

 だからこそ、隣にいる兄よりも、源吾郎は冷静な心持でもって、妖怪たちの眼差しを受ける事が出来た。もっとも、長姉の双葉などは呑気な声で「お母さんがおすすめするだけあって、本当に雰囲気が良いわぁ」などと言っているのだが。

 と、店の奥の方から、一人のご婦人が駆け寄ってきた。もちろん彼女も妖怪で、しかも化け狸であるらしかった。褐色の、先だけ黒い尻尾が、走り寄るテンポに合わせて上下左右に揺れている。

 彼女はさも当然のように、母の前で立ち止まった。


「あらぁ、誰かと思ったら三花ちゃんやないか。久しぶりやなぁ。というか、来るんやったら来るって連絡しても良かったのに、水臭いやん」


 ご婦人は喜色に頬を染めながら母に語り掛けている。源吾郎は彼女とは初対面だったが、母と親しい間柄にある事、ともすれば母よりも年長であろう事は、その態度と言動で察していた。


「いやいや。アポなんて取ったら眞宮さんに気い遣わせると思ったから、アポなしでやって来たんよ。もしも急にきて迷惑って事なら……」

「そんなん構わへんって」


 眞宮と呼ばれたご婦人は、何処か申し訳なさそうな母の言葉を遮って、豪快で闊達な笑みを見せていた。


「この店は元々からして『来る者拒まず去る者追わず』って事は、三花ちゃんかて知っとるやろ。だから別にアポなんて要らん」


 それよりも……眞宮氏は目を細めたまま、店内をざっと見渡した。妖怪たちは相変わらず、遠巻きながらも島崎家一行と眞宮氏のやり取りを眺めている。


「アポなし出来た方が、お客さん同士でも何かと新しい縁が繋がる可能性も高まるもんなぁ。特に三花ちゃんは、玉藻御前の孫娘やし」

「えっ……」

「ええ……」


 玉藻御前の孫娘。こだわりなく放たれた眞宮氏の言葉に、庄三郎と源吾郎はほぼ同時に声を漏らしていた。その事まで大声で言うものなのか。そんな気持ちが源吾郎の中にはあった。きっと庄三郎も同じような物だろう。とはいえ、源吾郎や母の三花が、玉藻御前の末裔である事を隠して暮らしている訳ではないのだが。

 戸惑う息子二人に対し、母の三花はうろたえず、静かに微笑むだけだった。


「ええ。私も今回、眞宮さんのお店の中で顔つなぎも出来たらいいなと考えていた所なのよ。但し、私じゃあなくて末息子の顔つなぎですけどね」


 そう言うと、母は源吾郎の方をちらと見やり、手招きした。進み出て母の隣に並ぶ。それを見届けてから母は源吾郎の紹介を始めた。


「この子は源吾郎と言います。本当は四男だけど、五番目の子供だから『源吾郎』にしたのよ」


 簡潔かつ聞き慣れた紹介を終えると、三花は源吾郎の背を一度叩いた。今一度背筋を伸ばした。自分からも挨拶を行えと言う合図だったからだ。


「島崎源吾郎です。ご、ご存じかと思われますが、僕は昨年の春に高校を卒業し、それ以来妖怪として生きるために日々過ごしています。ええと、若輩者かもしれませんが、ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


 さほど緊張せずに言えたな。そう思いながら、源吾郎は頭を下げる。後ろで誰かが吹き出していたが、もしかしなくても姉の双葉であろう。

 顔を上げてみると、眞宮氏も笑いをこらえているかのような表情で源吾郎を見つめていた。


「源吾郎君やな。実は私も源吾郎君の噂はちぃと耳にしとったけれど、予想通りに礼儀正しい子やな。まぁ、三花ちゃんが面倒を見て、きちんと躾けとるから間違いはないと思ってたんやけど」

「眞宮さん、そこまで言われると流石に恥ずかしいですよ。それに末息子の躾は、むしろ弟妹や上の息子の方が力を入れてもいたんですから」


 そこから眞宮氏と母は二、三度言葉を交わした。それから眞宮氏は、源吾郎と母を店内の奥まった所へと誘導した。椅子が四脚ほど用意されたその場所は、まさしく簡易的な応接スペースだった。面談を行うためのそのスペースは、魔道具や護符を販売するお店にはこのように設けられている事がままあるのだ。

 どのような魔道具を購入するのか、そもそも源吾郎にどのような魔道具が必要なのか。母の三花と共に面談し、最適なものを選ぶ。そのために応接スペースに通されたのだろうと、源吾郎は静かに思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る