化鳥たち おのれの推理を披露する

 半ば強制的に打ち合わせに参加させられた源吾郎であったが、そこから先の話に関しても、驚きの連続だった。

 何せ打ち合わせが始まって数秒と経たぬうちに「裏切り者は第五幹部の紫苑殿である」などと灰高が言い放ったからである。

 源吾郎は当初半信半疑だった。灰高と言えば第四幹部でありながらより高い地位にある紅藤や峰白の事を胡散臭く思い、のみならず口撃すら辞さないような鴉である。確かに彼はこのところ、雉鶏精一派の内部に敵がいると言ってはばからなかった。だが、今回のように誰かを名指しして裏切り者だと言い放つのは初めての事だった。


 もしかしたら、今回も紅藤に対する嫌がらせの類なのではなかろうか。源吾郎の心中に浮き上がった疑念は、しかし周囲に居並ぶ幹部妖怪たちの表情を見るや一気に霧散した。誰一人として、灰高に対して疑念や憤りの念を露わにしていなかったからだ。

 紫苑の事を義理の姪として可愛がっていた紅藤でさえ、その顔からは怒りの色は見えなかった。ただただ資料を眺めるふりをして視線を落としていただけだ。何かに堪えるような表情を見せながら。


「灰高様」


 源吾郎や雪羽が戸惑っていると、萩尾丸が灰高に呼びかけていた。真剣みのある、いかめしい顔をしているものの、やはり灰高への不信感や敵愾心などは見受けられなかった。

 何でしょうか。これまた余裕たっぷりに告げる灰高に対し、萩尾丸はその表情を崩さぬままに言葉を続ける。


「ここでの打ち合わせには、本部での一部始終を知らぬ者もいるのです。というよりも、先の会合に居合わせた私どもも、灰高様のお考えをすべて把握している訳ではありません。打ち合わせ自体、すぐに終わってしまいましたからね。

 恐れ入りますが、灰高様には今一度、事のあらましを説明していただきたく思っております」

「そう言われずとも、初めからそのつもりですよ」


 灰高は笑いながら言うと、スーツの内側をまさぐり懐から何かを取り出した。

 それをちらと見た源吾郎は、またしてもぎょっとした。A4サイズのチャック付き袋の中には、数枚の鳥の羽毛と共に血の付いた棒状の物が収まっていたのだから。白かった布――表面は既に血を吸って、赤茶色に変色している――で巻かれたそれは、恐らくは刃物の類であろう。

 灰高が取り出したものに、さしもの八頭衆たちもどよめいていた。白い布が吸った血の紅にぎょっとした者もいるだろうし、中には血の匂いと妖気の残滓から、何かを感じ取った者もいるのかもしれない。

 灰高は取り澄まし、そして少し得意げな笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「そうですね。事の始まりは数日前にさかのぼります――」


 数日前の夜半。灰高はその時自宅の寝室で就寝していたのだが、そんな無防備な彼の許に何者かが襲い掛かってきたのだという。しかしそこは老齢な鴉天狗である。灰高も即座に迎撃し、襲撃者を返り討ちにすべく刃物を振るったのだ。


「残念ながら、私は襲撃者を仕留める事は叶いませんでした。しかし、妻子たちや他の家人たちに被害が無かったのが不幸中の幸いでしょう。妻とはここ二百年ばかり寝室を分けておりますし、息子たちや家人たちならば尚更です。

 私事に関してはこの辺りに致しましょう。いずれにせよ、私は襲撃者の痕跡を入手する事が出来たのです。この小刀に付着しているのは彼女の血であり、飛び散ったのは彼女の羽毛です」


 彼女というのは紫苑の事であろうな。源吾郎はそう思いながら、隣に座る雪羽と目配せしていた。そう言われてみれば、チャック袋に収まっている羽毛は、メスの山鳥のそれに見えなくもない。


「もちろん、この血液と羽毛が誰のものであるのか、きちんと調査を行えば身元を特定できるでしょう。雉仙女殿。あなたの妖術と研究センターの設備にて、特定作業は出来ますよね?」

「ええ。特定作業は可能ですわ、灰高のお兄様」


 灰高はチャック袋に収まった物的証拠をテーブルの上に乗せたままにしていた。


「そして次に、双睛鳥殿の報告と、その報告を聞いた時の紫苑殿の反応になりますが……」


 灰高はここで一旦言葉を切り、双睛鳥の方をちらと見やった。老齢の鴉天狗の眼差しを受けながら、コカトリスの青年はおずおずとした調子で言葉を紡いだ。


「八頭衆の皆様はご存じの内容もありますので、かいつまんで話しますね。僕は昨晩、かねてより怪しいと目されていた団体に賓客を装って潜伏し、そこで邪神を崇拝する連中がたむろしているのを突き留めました。連中は姑息にも人間や何も知らない妖怪を騙し、喰らい、仲間に引き入れようとしておりまして、それ故に僕たちは逆にそいつらを狩る事となったのです。彼らの信仰する邪法は妖怪たちの害にもなりえますし、何より八頭怪とも繋がっている恐れがあると思いましたからね」

「とはいえ、双睛鳥殿が捕虜として捕まえた信者は、八頭怪とは直接繋がっていなかったんですよね?」


 ええ、そうでした。灰高に問われ、双睛鳥は静かに頷いた。


「もっとも、その事も僕たちで拷問にかけてようやく聞き出す事が出来たのですがね。いやはや、僕も鳥頭ですから邪神を信仰していると聞くと、誰も彼も八頭怪と関りがあると思い込んでいたのです」


 おどけたように双睛鳥が額を叩くと、会議室のあちこちから控えめな笑い声が上がった。幹部や側近を問わず、笑っているのは概ね鳥妖怪の類だったらしい。どうやら彼らは、化鳥ないし鳥妖怪である双睛鳥が放った鳥頭という単語がツボだったらしい。

 余談であるが、鳥妖怪たちの間で使われる鳥頭とは「おのれの基準で物事を決め付ける浅はかな奴」というニュアンスであるらしい。むしろ鳥類ではなく特定の哺乳類への当てつけとして使われる事の多い言葉である事は、鳥園寺さんから聞かされていたので知っていた。

 そんな訳で鳥妖怪たちは笑っていなかったのだが、哺乳類由来の妖怪たちは、神妙な様子で彼らの様子を窺っていた。

 その中で、切羽詰まった様子で声を上げた者がいた。第八幹部の三國だった。彼は信じられないような物を目の当たりにしたような目つきで、隣席の双睛鳥を見つめていたのだ。


「双睛の兄さん。さっき拷問にかけたと言ったけれど、そんな物騒な事までやっちまったのかよ」

「まぁね」


 顔色を変えて問いただす三國に対し、双睛鳥は気軽な調子で応じるだけだった。双睛鳥はそして、優しげな笑みを口許にたたえつつ言葉を続ける。


「三國君。昨夜の強襲について僕が何も言わなかったのは、まぁつまりはそう言う事なんだ。三國君が強くて闘い慣れているのは僕も解ってる。だけど君は優しくて純粋だから……それに今は雪羽君以外にも子供たちがいるでしょ。優しいパパをやっている君には、昨夜の仕事は荷が重いと思ったのさ。

 何、汚れ仕事は僕にぴったりなんだよ。僕はまだ独身だし、何よりコカトリスなんだからさぁ」

「双睛の兄さん……」


 やるせなく微笑む双睛鳥と、力なく呟く三國の間には、切なく湿っぽい空気が漂っているのを、源吾郎は感じ取っていた。衝動的ながらも残虐な事が出来ない三國の優しさと、おどける事の多い双睛鳥が抱く仄暗い境遇を、知っているからだった。

 ところが、そんな感傷に浸っていたのは、源吾郎と雪羽の二人だけだった。幹部や年かさの側近妖怪たちは、第七幹部と第八幹部を冷ややかな眼差しで見つめるだけだったのだ。

 皆の考えを代弁するかのように口を開いたのは、峰白だった。


「全く、双睛鳥も三國も若いわね。でもね、この場にはそんな青臭いシーンを見て心が動くような間抜けはいないわ。そこんところはわきまえなさい」


 峰白は冷徹な口調で言い捨て、呆れたようにため息をついていた。灰高も微苦笑を浮かべながら頷いている。


「私どもは八頭衆に属しているのです。幹部としての権限を振るう事が出来ますが、そのためには幹部としての責務を果たさねばなりません。敵対するものを屠り、危機を未然に防ぐ事もまた、幹部としての責務ですよ」

「…………」

「…………」


 灰高の言葉に、雷獣たちは雷撃に打たれたかのように身をすくませ、ついで畏まったように項垂れた。そうだ。雉鶏精一派の上層部は、血腥い側面をも持ち合わせている。必要とあれば敵を殺し、拷問にかける事すら辞さないのだ。それは紅藤だって同じ事だったではないか。穏やかに、そして何処か諦観を滲ませる紅藤の笑顔を見ながら、源吾郎は今一度思い直した。


「双睛鳥殿の報告は、およそこのような物でございます」


 双睛鳥の役目は終わったとでも思っているのか、灰高が今一度口を開いた。その声は妙に弾んでいた。


「そしてその話を聞いた時に、紫苑殿は双睛鳥殿の行為に疑問を示しました。その会合に出席した者たちの中には、八頭怪に者もいたはずだから、無差別に襲撃を行うのはよろしくない、と。

 お解りでしょうか。彼女の先の発言にて、私は紫苑殿こそが裏切り者であると確信したのです」


 得意げな様子の灰高に対し、源吾郎は思わず首をかしげていた。紫苑が口にしたという疑問が、何故彼女を裏切り者と裏付ける決め手となったのか。そこがよく解らなかったのだ。

 だが、それを口にすべきなのかどうか悩んでいる間にも、灰高の話は続いていた。


「そして紫苑殿も、その事を認めたのです。自分は八頭怪に与している事、そして母親である山鳥女郎の指示で動いている事をね」

「灰高様!」


 感極まったように声を上げたのは、隣席の雪羽だった。彼は灰高の視線を受けると居心地が悪そうな表情を浮かべ、周囲を見渡してからおずおずと口を開いた。


「だ、第五幹部の紫苑様が、八頭怪のやつと手を組んでいた事は、まぁ、大体解りました。ですがその……当の紫苑様は、今どこにいらっしゃるのですか?」


 雪羽の質問に対し、何ともトンチンカンな問いだと源吾郎はまず思った。紫苑が裏切り者であるという話を丸々受け入れている雪羽の態度も、何とも奇妙な物である、と。

 だが少し時間が経つと、その疑問ももっともな事だと思い始めていた。確かにこの場には、紫苑の姿は無かったためだ。恐らくは、彼女の側近も。

 ここにきて、自信と余裕に満ち満ちていた灰高の表情が陰った。


「紫苑殿は、正直に八頭怪や山鳥女郎と組んでいる事を白状しました。私はその段階で、彼女を誅殺しようとしたのです」


 ですが――灰高は物憂げな調子で付け加えた。


「しかしそれも彼女の想定内だったのでしょう。私どもは、彼女を取り逃がしました。ですが、だからこそ彼女が八頭怪と通じている事をのですがね」


 灰高の表情は相変わらず物憂げであったが、その言葉は何とも意味深な物であった。

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