昼過ぎに幹部妖怪は列をなし

 宣告通り、紅藤たちは昼休憩が終わる少し前に戻って来た。頭目である胡琉安を先頭に、峰白と紅藤、そして緑樹に灰高……と言った塩梅に八頭衆の幹部のほぼ全員とその側近たちがぞろぞろと歩を進めていた。海千山千の大妖怪たちが列をなして歩く様は、まさしく大名行列のようで圧倒されてしまった。

 件の行列に源吾郎が圧倒されたのは、大妖怪としての威容を感じ取ったというのももちろんある。だが源吾郎の心が少し弱っていた事もまた、大きな要因の一つだった。何せ彼は、青松丸の報せを受けてからというもの胸騒ぎを覚え、楽しみであるはずの昼食も中々進まなかったほどだったのだから。


「母様に胡琉安様も、お戻りになられたんですね」


 そんな一行に臆せずにじり寄ったのは青松丸である。彼の白衣のポケットの一つが妙に膨らみ、もぞもぞと蠢いていた。何とネズミをそのまま白衣のポケットに放り込んでいたらしい。ネズミたちはカンガルーの仔のように、ポケットの縁に手を掛けて頭を出し、耳や鼻面をヒクヒクと動かしていた。

 青松丸は胡琉安の顔を見やりつつ、僅かに小首をかしげて言葉を続ける。


「あ、ですが胡琉安様はいつも本部で過ごされてますもんね。お戻りになった、というのはちょっと違いましたっけ」

「いや。別に私もここに戻ってきたという事で構わないさ、兄上よ」


 胡琉安はそう言うと、青松丸の方を見て微笑んだ。青松丸をと呼ぶ胡琉安の姿に、源吾郎はまず驚き、それから場違いかもしれないが暖かい気持ちになった。

 職場も立場も違うとはいえ、兄弟として互いに良好な関係を構築している。その事が、先程の会話の一端でも明らかになったからだ。

 青松丸は尚も臆せぬ様子で歩を進め、真琴の前で足を止める。無造作に胸ポケットに手を突っ込んだかと思うと、そこに潜んでいたネズミを摘まみ上げ、片方の手に乗せていた。青松丸の手の上に乗っていたネズミたちは三匹だったが、いずれも手のひらの上で大人しくじっとしている。


「真琴様。真琴様の小ネズミたちがこちらにもお邪魔していましたので、お返しいたしますね」


 案の定、小ネズミたちは真琴の遣いだったらしい。真琴が青松丸に礼を述べると、その言葉に呼応するようにネズミたちが動いた。すなわち、尾を立てて立ち上がり、青松丸の手のひらから真琴の腕や腹などにジャンプして飛びついたのだ。そしてそのまま真琴の身体の上を駆け上がり、肩回りを覆うフードの中へと姿を隠してしまった。源吾郎はネズミたちの身体能力の高さに感嘆していたが、ネズミたちが白昼堂々動き回っている事について、取り立てて言及する者はいなかった。

 真琴はフードの根元を撫でながら、物憂げなため息をついた。


「この所、情報収集の仕事が多くてこの子たちも目減りしているのよ。その分は私も仔を産んで補填しているんだけど、やっぱり生き残っている子が多い方が、色々と都合が良いのよ。だから今回も、青松丸が保護していてくれて助かったわ」


 真琴の言葉に、源吾郎と雪羽は密かに顔を見合わせた。真琴がおのれの血を引くであろうネズミたちを眷属として使役している事、眷属たちの生き死にを軽視している事は源吾郎たちも知っている。だがそれでも、この度の真琴の物言いは何とも衝撃的だった。特に雪羽は、過去に真琴のスタンスを聞いて激昂するほどに。

 しかも今回は、眷属が目減りした事への穴埋めとして、親玉である真琴が自ら仔を産んで、眷属の数を増やしているのだという話さえも聞かされた。源吾郎も全くの仔狐ではないはずなのに、真琴が仔を産むというくだりで、妙に恥ずかしい気分になってしまったのだ。雪羽は雪羽で神妙な面持ちとなっているし。

 そしてやはり、真琴の言葉に狼狽えていたのは源吾郎と雪羽だけだった。他の妖怪たちは、真琴が仔を産むという話を聞いても特段驚いていなかったのだから。まぁ年長の眷属に子育てをさせるんでしょう、などと言っていたくらいである。

 そんな中で、幹部の一人である双睛鳥は、偏光眼鏡の奥で瞳を見開きつつ呟いた。


「真琴様の小ネズミちゃんならば、昨夜も見かけましたねぇ。それこそ、僕が捕虜を捕まえた交流会の会場にいたんですよ。もっとも、その子は屍食鬼の女の子に丸かじりにされてしまいましたが」

「眷属たちはその会場だけじゃあなくて、あちこちにいるわ。そうでもしないと、私は情報が集められないから、ね」

「そう言えば真琴殿は、先程の打ち合わせの会場にも、小ネズミたちを忍ばせておりましたね」


 真琴の言葉に乗っかるように発言したのは、鴉天狗の灰高だった。彼が笑みを浮かべているのを見て、源吾郎は思わず身構えてしまう。灰高は雉鶏精一派の一員であり第四幹部であるが、完全に味方と見做していいのかどうか判然としないためである。

 というよりも、あからさまに紅藤に喧嘩を売る事がままあるため、敵ではないかと思ってしまうのが実情だった。表立って対立せずとも、紅藤やその弟子である源吾郎たちにとっては厄介な存在であろう、と。

 灰高は源吾郎の密やかな考察など意に介さずに、つらつらと言葉を続けている。


「真琴殿の小ネズミは本当に良いですよね。小さいから何処にでも入れますし、何より目立ちにくい。私も情報収集として鴉を使っておりますが、目立たずに情報を集めるというのは難しい物ですから……」

「鴉には鴉の、ネズミにはネズミの良さがあると、私は思いますわ」


 灰高が言い終わるとほぼ同時に、真琴はそう言った。明るく弾んだ声であるものの、灰高におもねるような雰囲気は感じられなかった。


「確かに小ネズミたちは目立ちませんわ。小さくて注目を惹くような物でもありませんからね。ですがやはり、小さく目立たないという事は力も弱いという事になるのです。そうした弱さの克服という点では、強さという点では鴉の方が勝っているではありませんか」

「そうですね……確かに真琴殿の仰る通りかもしれませんね」


 真琴の言葉に、灰高はうっすらと微笑を浮かべていた。結局のところ、謙遜しているように見せかけてマウントを取りたかったのかもしれない。源吾郎はそんな風に思った。何せ相手は鴉天狗であり、灰高なのだから。


 ところで。今の今まで黙って様子を窺っていた峰白が、目をすがめつつ口を開いた。彼女の眼差しは、妹分たる紅藤に真っすぐ注がれていた。


「打ち合わせの続きって事で第五幹部の連中以外はこっちに来たけれど、私らが全員入れる会議室って研究センターにあったかしら?」

「大丈夫ですわ、峰白のお姉様」


 大人数が入れる会議室の有無。随分と初歩的な懸念事項に対し、紅藤は妙に堂々とした口調で頷いていた。


「会議室ならばこの研究センターにももちろんございますわ。広さや座席数はそのままだとちょっと足りないかもしれませんが、そこは妖術で補填すれば問題ないと考えております」

「妖術を使って補填しないといけないんだったら、それはそれで問題なのでは……?」


 紅藤の発言に対して雪羽がツッコミを入れていた。雪羽がツッコミを入れたくなる気持ちも解らなくもないが、今回ばかりは余計な一言だったのではないか。無言のままに、源吾郎はそう思ってもいた。というのも、紅藤の妖術を以てすれば、空間術で会議室を広くしたり変化術で足りない分の椅子をまかなったりする事も可能であるためだ。

 ともあれ、紅藤は雪羽の呟きを聞き取ったらしい。雪羽は紅藤に見つめられ、畏まった様子を見せていた。しばし雪羽や源吾郎を見つめていた紅藤であるが、峰白や灰高に視線を向け、それから口を開いた。


「島崎君に雷園寺君。あなたたちもこれから始まる会議に参加してもらおうと思っているわ。二人とも研究センターの一員ですし、何より幹部候補生ですから、ね」

「……!」

「俺、じゃなくて僕たちも参加するんですか」


 幹部たちがこれから行う打ち合わせに参加する。穏やかな調子で告げられた紅藤の言葉に、源吾郎と雪羽はまたしても驚いてしまった。今回の打ち合わせの議題が軽々しいものでは無い事にも気付いていた。自分たちの身分が、そうした議題の重さに見合う物でも無い事も。

 紅藤は源吾郎たちの事を幹部候補生であると言っているが、それはあくまでも遠い未来の話に過ぎない。源吾郎にしろ雪羽にしろ、現時点では単なる若手社員なのだから。

 源吾郎たちがあからさまに戸惑っている事に気付いたのだろう。紅藤は微笑みながら、研究センターの皆には今回の打ち合わせに出席してもらうつもりだと言い足した。研究センターに勤務する妖怪たちはなべて紅藤の部下であるから。穏やかな調子で、紅藤はそう言った。

 だがその直後、紅藤はやや真剣な表情を作って言い足したのである。


「それにね、島崎君にしろ雷園寺君にしろ、大なり小なり八頭怪と関りが出来てしまったでしょう。そう言う意味でも、あなたたちにも出席してもらわないといけないの」

「紅藤様。やはり今回の打ち合わせは……八頭怪絡みの事でしょうか」


 できるだけ戸惑っている事を悟られぬように努めながら、源吾郎は紅藤に問いかけた。


「島崎君。今回の打ち合わせは、八頭怪の件について話し合うだけではないのです」


 源吾郎の問いに応じたのは灰高だった。彼はその頬に不敵な笑みを浮かべつつ、猛禽の眼差しでもって言葉を続けた。


「もちろん八頭怪関連の話も私どもの中では重要事項です。しかしこの度、我々八頭衆の中で誰が裏切り者であるのかが判明しました。そいつがそれこそ、八頭怪ともつながっているであろう事もです。今回は、そちらがメインの話になるでしょう」


 灰高はさも愉快そうに笑いながら、尚も言葉を続ける。


「実を言えば、本部での打ち合わせの最中にその事が判明してしまったので、私どもも向こうでは碌に打ち合わせが出来ていないのですよ。なのでまぁ……互いに知っている事を情報共有せねばなりませんしね。

 雉仙女殿も、この件については色々とご意見がおありでしょうから」


 そこまで言うと、灰高はようやく口をつぐんだ。

 源吾郎は戸惑いつつも紅藤を見やったが、彼女は何かをこらえるように、ただただ目を伏せて無言を貫くだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る