雉妖怪 伝えたるは新たな会議

 先輩妖狐の白川辰弥と雷獣小僧の雷園寺雪羽に挟まれた源吾郎は、結局のところ米田さんとの近況について、真正直に答えてしまった。

 要するに、昨日大阪でデートしたばかりである事、そして諸般の事情で長兄と次兄に米田さんと交際している事が発覚した事を説明したのである。


「いやはや白川さん。兄たちに米田さんと付き合っている事がバレてしまったのは、やはり恥ずかしいですね。両親や兄姉たちには、もう少し交際が進んでから、きちんとした形で報告しようと思っていましたので」


 羞恥心を滲ませた源吾郎の言葉に、白川は怪訝そうに鼻を鳴らした。


「島崎君。あんたは大胆なのか、用心深いのか、いまいちはっきりしないなぁ。というか、兄君たちに米田さんとの関係を知られたからと言って、何故そこまでうろたえているんだね?」


 白川の言う事も一理あると、源吾郎は思っていた。白川の反対側に座る雪羽が、さも能天気な調子でそうっすよー、と言っているのは何となく癪だったけれど。


「そもそもさ、桐谷さんたち兄妹は、お前と米田さんが付き合っている事を知ってるんだろう。元より叔父叔母に知られているんだから、兄君たちに更に知られたからって、それほど変わりはないと俺は思うんだけどな」

「叔父や叔母に知られるのと、兄たちに知られるのは僕の中では違うんですよ。叔父たちは米田さんと面識がありますが、兄たちは違いますし」


 何故叔父たちに米田さんとの交際を知られても平然としているのに、兄たちにその事を知られたら恥ずかしいと感じるのか。源吾郎はその事について、より詳しい事を白川に説明したかった。

 しかし話を始めようとしたときに休憩を終えるチャイムが鳴り響いたので、それぞれ仕事に戻らねばならなかった。


 白川は上司である萩尾丸の指示を受けて、この度研究センターに来ていた。紅藤と萩尾丸が不在の中で、研究センターの業務の補佐を行うようにと、白川は萩尾丸に言われていたらしい。

 しかし実際には、源吾郎や雪羽の監督を行い、ついでに若妖怪二名に精神的な刺激をもたらすためなのではないか。口には出さなかったが、源吾郎は密かにそう思っていた。雪羽や白川自身もだ。

 白川が派遣された事情についてはさておき、萩尾丸が事前に連絡もなしに白川を派遣した事そのものに、源吾郎は実の所驚いていた。若妖怪を惑わし心を揺さぶる日頃の言動とは裏腹に、萩尾丸は律義な男である。自分の配下を研究センターに派遣するにしても、その事を伏せたままにするという事はまずありえない話だ。

 源吾郎はしかし、今朝のミーティングでその話を萩尾丸から聞く事は無かった。それだけではない。萩尾丸が話さなかったという事について、白川もまた疑問の念を示したのだ。そんな事は有り得ないだろう、と。


「萩尾丸さん、俺がこっちに来るって事をあんたらに言わなかったってらしくないなぁ。あのひとはその辺は真面目になさってるからさ。最近はあんたらを育て上げる事に心血を注いでらっしゃる所はあるけれど、だったら尚更伏せているって言うのはおかしな話だぜ」

「ですよねぇ」


 仕事の最中にぼやく白川に対し、源吾郎も頷いて同意した。源吾郎と雪羽を社会妖として育成する事に心血を注いでいる。そのくだりを語る白川の目つきと口調が気になったが、敢えて気にしない事にした。そもそも雪羽は素行不良が目立ち不祥事を起こしたために、萩尾丸に引き取られて再教育を受けている。本来の性格がどうであれ、悪ガキだった妖怪少年を更生させるには相当な労力が必要だろうから、萩尾丸が彼の教育に心血を注ぐのは無理からぬ話だ。源吾郎はそう思う事にしたのだ。


「確かに、萩尾丸さんは今朝、白川君がこっちに寄るって事を連絡なさっていなかったよね」


 ふらりと立ち寄ってきてそんな事を言ったのは、白衣姿の青松丸だった。柔和な笑みを浮かべる雉妖怪の男を前に、白川が居住まいを正し畏まった表情となる。萩尾丸の強さや立場で目立たないが、青松丸もひとかどの妖怪なのだ。それ以前に紅藤の息子・胡琉安の半兄という出自こそが、白川を委縮させたのかもしれないが。

 若い獣妖怪たちの態度はさておき、青松丸は呑気な調子で言葉を続ける。


「だけど萩尾丸さんが連絡し忘れたのも致し方ない事なんだ。今回の打ち合わせの事で色々と気を揉んでいたし、何よりミーティングの最中に、碧松姫と名乗る鳥妖怪がアポなしでこっちに乱入してきたしね」

「碧松姫って言うのは一体どんな妖怪なのですか」


 白川は畏まった態度を崩さぬままに問いかける。青松丸の表情が、ここでようやく一変した。柔和な笑みが薄れ、物憂げな翳りがその面に浮かんだのだ。


「母様と……いえ紅藤様と因縁浅からぬ相手ですね。それだけではなく、邪神と交わって子供を産み、その仔をおのれの手駒として扱っているようです」

「え、マジか。そいつはかなりヤベーやつじゃあないですか」


 驚きのあまり、白川の口調もいささかフランクな物になっていた。青松丸はしかし、それを咎め立てする事は無かった。ただ、その面に寂しそうな笑みを浮かべ、再度口を開いただけだった。


「あ、でもね白川君。君は何も心配しなくて大丈夫だから、ね。君はあくまでも萩尾丸さんの部下で、紅藤様の直属の弟子とかじゃあないからさ」


 先程よりは若干流暢になっているものの、何処かぎこちない口調で青松丸は言い、白川をなだめようとしていた。源吾郎と雪羽は、ただ目配せするだけで特に言葉も浮かんでこなかった。


「取り敢えず、今は紅藤様たちも萩尾丸さんも打ち合わせをなさっている最中なんだ。詳しい事が解れば、それで僕たちに何かしなければならない事とかがあれば、きっと打ち合わせの後に教えてくれる……」


 白川や源吾郎たちに説明を続けていた青松丸の言葉が、ふいに途切れた。

 言葉が途切れた理由なら源吾郎たちにも解った。スマホの着信音が、青松丸の白衣のポケットから流れ始めたからだ。

 短い言葉とジェスチャーで、青松丸は電話に出る旨を白川たちに告げる。白川や雪羽と目配せを交わし合い、取り敢えず仕事を再開する事にした。

 それにしても、青松丸の携帯に電話がかかるのは珍しい事だ。源吾郎はデスクに積み上がった書類をそれとなく整理しつつ、そんな事を思っていた。

 研究センターの中には、もちろん固定のIP電話がある。研究センター内に用がある場合は、顧客や外部業者はそちらに電話を掛けてくるのだ。紅藤や萩尾丸は、それでも個人で持つスマホに電話が掛かる場合もあるにはある。しかし青松丸が電話を摂る時と言えば、スマホでは無くてIP電話の方が格段に多かった。

 行儀が悪い事を承知の上で、源吾郎は密かに聞き耳を立てた。だが青松丸は「はい」とか「解りました」と言っているだけで、何の話をしているのかは明らかにはならなかった。まぁ良いか。何かあれば後で教えてくださるだろうし。聞き耳を立ててみたものの、数秒と経たぬうちに源吾郎はそう思い直していた。


「……解りました。すぐに報告しますし準備いたします」


 青松丸の話し方には、相手に対するいくばくかの親しみのような物も含まれていた。その事に気付いた時には、青松丸は既に通話を終えていた。スマホを白衣の胸ポケットに収めると、彼は深々とため息をついていた。深呼吸の間、彼が目を閉じていたのを源吾郎は見ていた。


「良いかい皆。紅藤様たちは昼過ぎにこちらに戻って来るらしいんだ。厳密には胡琉安様や峰白様に緑樹様、そして灰高様や真琴様たちもご一緒なんだけどね」

「峰白様がご一緒という事は、ただ単に戻って来た訳じゃあないんですかね」


 誰かが口にした問いに対し、青松丸は頷いた。その瞳には、覚悟を決めたような光が灯っていた。


「そうだね……場所を変えて、打ち合わせをなさりたいという話なんだ」


 打ち合わせを行うために本部に向かった紅藤たちが、今度は研究センターでも打ち合わせを重ねる。尋常ならざることだと源吾郎は思った。そしてその尋常ならざる事に、雪羽諸共巻き込まれるのだ。予感めいた考えが、源吾郎の中で渦巻いていた。

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