化鳥は語り、鴉は推理を披露する

 話を続けなさい。峰白の八割がた命令のこもったその促しに一番驚いていたのは、他ならぬ双睛鳥その妖だった。先程まで目を輝かせていたはずの彼は、畏まった表情で峰白を見つめるばかりだ。


「ええと、よろしいのでしょうか、峰白様。僕が、僕が他の幹部の方々を押しのけて、話を続けてしまっても」


 双睛鳥のこの言葉こそが、八頭衆の関係性と彼自身の気質を如実に反映していた。八頭衆は決して横並びではなく、幹部同士でも序列がある事は事実なのだから。紅藤自身は幹部同士の序列云々でさほど神経質になる事は無いが、それも第二幹部として上位に食い込んでいる事の裏返しとも解釈できるだろう。序列を気にするのは、あくまでも弱い者の特権なのだから。

 そもそもからして、双睛鳥は過去の経歴ゆえにやや情緒不安定な所があるし、自己肯定感も低い。今では彼なりにそれを克服し、飄々とした道化のように振舞っているが、それでも本性が顔を覗かせる事も珍しくはなかった。

 構わないわ。双睛鳥のおずおずとした申し出に対し、峰白は決然とした態度で応じる。


「双睛鳥。あんたがさっきの話の続きを話すように命じたのは、他ならぬこの私よ。あんたはまぁ自分の立場で考えて他の幹部に気兼ねしているのでしょうけれど、私はそう言う心配はしなくて良い身分なのよ。だって私が第一幹部で、八頭衆の中では一番偉いんですから」


 そう言って、峰白は唇を薄く引き伸ばして微笑んだ。その言葉は、双睛鳥ただ一人に向けられたのではない。他の幹部勢に対しても放たれた言葉であるように紅藤には感じられた。


「まぁ今回の会議は、春の妖員整理じんいんせいりの話がメインになるだろうなって思っていたの。それで双睛鳥。あんたが持っているであろう話も、その辺りに絡んできそうだと、私は思っているのよ。

 そもそも、さっきあんたは伯服様の子孫について『自分たちの仲間に近い』と断言していたでしょう。単なる仔狐、それも人間の血が大分濃い相手に対してそこまで言えるなんて言う事は、普通の状況ではまず考えられないわ。

 恐らくは、あんたもその仔狐も何かに巻き込まれて、それでその時の挙動で信頼するに値すると判断した――おおよそその辺りだと踏んでいるんだけど、どうかしら?」

「……!」


 朗々とおのれの意見を口にした峰白は、得意げな笑みをその面に浮かべつつ双睛鳥を見やった。双睛鳥は何も言わなかったが、強い驚きの為に言葉が出なかっただけである事は、その表情を見れば明らかな事だ。

 紅藤も紅藤で、峰白の洞察力の高さに感心していた。峰白のお姉様が用心深くて賢い事は知っているけれど、そうした明晰な知性はかつてと変わっていない、むしろ鋭さを増しているのだ、と。

 双睛鳥は唇を震わせていたが、意を決して今一度言葉を紡ぎ始めた。


 昨日の夜、港町の某所にてある交流会が行われた。つまる所その交流会は、邪教を信仰する信者たちや邪神の眷属たちが一定数集まっていたのだが、性質の悪い事に普通のサークルや会合に擬態していたために、何も知らぬ一般人も大勢紛れ込んでいたのだ。

 もっとも、そうした邪神の眷属たちの動向については双睛鳥も把握していた。一月の初旬に、おのれの邪眼を封じるための偏光眼鏡がスペア諸共破損した事や、ドラゴンの魔女たるセシルより意味深な預言を受けていた事から、彼も怪しい異形集団の動きをそれとなく監視していたのだ。

 それに地元の妖怪たちも、自警団やら野良妖怪の集団やらではあるものの、彼らも彼らなりに異形集団には警戒し、がさ入れを行う事を目論んでいた。だからこそ、双睛鳥は昨晩そうした地元妖怪たちと共に、交流会の賓客を装って潜り込み、異形集団に奇襲を仕掛けたのだ。

 異形集団は案の定、何も知らぬ人間や妖怪たちを信者や仲間として引き込もうと画策していた。のみならず、自身の繁殖相手として利用する事さえ考えていたほどだった。

 いずれにせよ、双睛鳥と他の(比較的)善良なる妖怪たちの奮起により、この異形集団を撃退することは出来た。そしてその中で、伯服の子孫たる趙青年は、何も知らぬ人間の若者を護ろうと動いていたのだ。

 双睛鳥が、趙青年を仲間であると判断したのは、そう言った事からである。更に言えば、趙青年と彼の親族は雉鶏精一派の存在をも把握していた。その上で彼は、日本に滞在中に何かあれば、雉鶏精一派を頼ると良いと、親族らに言い含められていたそうだ。

 双睛鳥の話は、要約するとそのようなものになっていた。

 会場に居合わせた妖怪たちは、双睛鳥が話している間は相槌を打つ程度に留まっていた。しかし彼の話が終わるや否や、質問を始めたのだ。


「双睛鳥殿。あなたは先程邪教集団を撃退したと話してくれましたね。しかし、撃退したという事は、彼らを殲滅させた訳では無いのですね?」


 その灰高の問いは、確かに双睛鳥に向けられたものだった。ところが、彼の言葉にいち早く反応したのは、双睛鳥では無くて紫苑だったのだ。


「しかし灰高様。確かに雉鶏精一派は八頭怪……に付け狙われ、敵対している事は事実ですわ。ですが、所謂邪神を信仰している者たちが、八頭怪に協力的であったり、雉鶏精一派に敵対的であるとは限りません。

 邪神と言ってもひとくくりには出来ませんし、様々な信仰があります。ですから、あの場にいた者たちも、八頭怪や雉鶏精一派とは無関係の者もいた……と私は思うのです」


 疑わしきを罰するという態度では、それこそ雉鶏精一派が危険な組織として監視されるのではないか。紫苑はやや口早に、多少の困惑をその声に滲ませながら言い足した。

 灰高は思案顔で目をすがめていたが、ややあってから何かに納得したような表情を見せて一息ついていた。果たして灰高が何に納得したのか。紅藤は確かめるのがにわかに恐ろしくなった。

 しかし幸いな事に、双睛鳥が再び口を開いたので、意識をそちらに向ける事が出来た。


「あ、ですが皆様。実は僕の方でも集まっていた信者の一匹を生け捕りにする事が出来たのです。そこで彼に少し烈しめの質問を行って、情報を吐き出させました」


 双睛鳥の表情や話口調からして、烈しめ質問というのはある種の拷問を含んだものであろうと紅藤は目ざとく察した。だが、その事で彼女が戸惑う事は無かった。平和と平穏を愛する一般妖怪ならばいざ知らず、自分たちは闘いの場に身を置く事も珍しくない大妖怪である。敵を容赦なく屠る事や相手を痛めつける事への躊躇いや罪悪感などはもはやない。もちろん、紅藤はむやみやたらと誰かを傷つけるのは好まない。だがそれでも、殺らねばならない時があるのは解っていた。実際に、組織や仲間を護るために、敵を屠った事さえ紅藤にはある。

 それは他の妖怪たちもほぼ同じだろう。双睛鳥の含みある言葉と笑みに困惑の色を見せていたのは、それこそ三國とその側近くらいだった。


「それで双睛鳥君。肝心の情報についてはどうだったのかな」


 萩尾丸が穏やかな調子で問うと、双睛鳥は素直に頷いた。


「ええ。大した情報は得られませんでしたが……それでも八頭怪が、彼らと何らかの関りがある事だけは聞き出せました。まぁ、そいつは八頭怪をはなから信用していなかったみたいですがね」

「そこまで聞き出せたのであれば、上出来ではないですか」


 灰高も高らかな声音で言い放ち、満足げに頷いている。双睛鳥は照れたような表情を浮かべていたが、上手く言葉が思いつかないのか、特に何も言わなかった。

 それもある意味都合が良かったのだろう。灰高は周囲を睥睨しつつ、言葉を紡いだ。


「双睛鳥殿。貴重な情報を誠にありがとうございました。もうお話する内容が終わったのであれば、今度は私が話してもよろしいでしょうか。私も私で、皆様に話したい事がありますので」


 そうは言いつつも、灰高はちらと峰白の方を見やってから言い足した。


「――もっとも、峰白様や他の上位幹部の方々が何かお話したい事があるのでしたら、話は別ですが」

「構わないわよ、灰高」


 他の上位幹部を気遣っているのかどうか定かではない灰高の言葉に、峰白は即座に反応した。


「別にね、今更のように私たちに気兼ねする事なんて無いわ。それに灰高。あんたが話したい事って、それこそ私の言う、春の妖材整理じんざいせいりの事に関してでしょう?」


 その通りですとも。凄味のある笑みを浮かべた峰白に対し、灰高もまた、笑みでもって応じた。


「今年はどうしても、大きな妖材整理じんざいせいりを行わねばなりませんからね。しかも、大きな変革を伴う事柄である為に、慎重に事を進めなければなりません」


 朗々とした灰高の言葉に、皆が緊張した面持ちで固唾を飲んでいた。紅藤もその中の一人だった。灰高は、そんな紅藤に意味深な眼差しを寄越したような気もしたが……彼はすぐに周囲を睥睨し、言葉を続ける。

 大きな妖材整理じんざいせいり。大きな変革。それはすなわち裏切り者のあぶり出しと粛清ではないか。そんな風に紅藤は思い始めていた。


「それはさておき、先程の双睛鳥殿の報告を聞いていた時に、少し疑問に思った事があるのです。その件について、一つ質問をしてもよろしいでしょうか」


 双睛鳥の報告に対して質問がある。灰高の言葉に、幹部たちの一部が今一度表情を引き締める。緊張の色が最も濃いのはやはり双睛鳥だった。両手指を握りしめ、偏光眼鏡の向こう側で目をきつく閉じたり飛び出さんばかりに見開いたりしている。

 しかし、灰高は双睛鳥の様子など意に介さない様子で、言葉を続けた。


「双睛鳥殿が邪神の手先を、その信者たちを強襲したという報告の折に、どなたかが疑問の声を上げたのを覚えておいででしょうか。私の記憶が正しければ、『所謂邪神を信仰している者たちが、必ずしも八頭怪に協力的であったり、雉鶏精一派に敵対的であるとは限らない』と、更には『あの場にいた者たちも、八頭怪や雉鶏精一派とは無関係の者もいた』と仰っていたはずですが」


 灰高の言葉に、居並ぶ妖怪たちの視線が、一人の妖怪に向けられた。灰高は敢えて誰が発言したのかを口にせずに伏せていたが、発言の主が誰であるかはもはや明らかである。

 皆の視線は、第五幹部の紫苑に向けられていたのだ。

 そして灰高は、その様子を確認すると、うっそりとした笑みを浮かべた。


「ああそうでしたね。先程質問なさったのは、紫苑殿でしたか」


 わざとらしいほどに空々しい言葉が、灰高の口から紡ぎ出されていく。灰高と紫苑を交互に見比べながら、紅藤はそっと左胸の上に手を添えた。心臓が暴れ出しているのを感じたためだ。無限ともいえる妖力の為に死から遠ざかっている紅藤であるが、それでも苦痛を感じたり不快感を覚えたりする事からは逃れられないのだ。

 その間にも、灰高は冷然とした面持ちで言葉を重ねる。


「双睛鳥殿は会合に集まっていたのは邪神の手先たちであり、どうにか情報を得て八頭怪との関連性を探り当てる事が出来ました。しかし紫苑殿。あなたはその話を聞く前に、邪神の手先たちの中に八頭怪とは無関係の輩もいると申しましたよね。、あなたにはそれが判断できたのでしょうか?」


 灰高の問いと鋭い眼差しに、紅藤は思わず震えあがりそうになっていた。他ならぬ恐怖を、紅藤が感じていたからである。

 とはいえ、彼女が恐れていたのは灰高の存在や彼の言動ではない。彼の言葉によって、真実が明らかになる事が怖かったのだ。

 紫苑はそんな灰高の眼差しを真正面から受け止め、事もあろうに笑みを浮かべていた。そしてその笑みは、数時間前に出会ったばかりの山鳥女郎の笑みに、相通じるものがあるように思えてならなかった。

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