浮かれ学生のサークル奇譚

あやしき交流会へのいざない

※※

 三月初旬の夕暮れ時。大学生である佐藤青年は、意気揚々とした足取りで会場に向かっていた。

 昨年の春に入学した大学一年生であるが、キャンパスライフの愉しさを知ったのはここ数か月ほどの事であった。

 というのも、彼自身は大学デビューに失敗してしまい、それ以来風采の上がらぬいち大学生として過ごしていたからだ。勉学に励むという目的を抱くような勤勉さも持ち合わせていなかった訳であるから、ただただ日陰者として、灰色の青春が続くのだと思い込んでいたのである。 

 だがそれも、今となっては遠い過去の事だった。というのも、おそばせながら彼もサークルに所属する事と相成ったためである。くだんのサークルを見つけ出したきっかけは些細な物だ。学園祭にふらりと赴いた際に、そのサークルと巡り合ったのだ。学園祭ではサークルだの大学の同好会だのが模擬店やら展示やら出し物をしていると相場が決まっている。そして「社会創造同好会」なるサークルもまた、出店と共に勧誘も行っていたのだ。

 美男美女も多く、それでいて気さくな態度を見せてくれた同好会の面々に、佐藤青年もすっかりほだされてしまった。そして同好会会長だと名乗る四年生の女子学生に促されるままに、同好会に入る事を決めた次第である。誓約書に署名したり入会金として千円ばかり支払ったりしたのだが、それもそれで本格的だと思った程度だった。

 それ以来、佐藤青年は「社会創造同好会」のメンバーとなり、彼らが活動する部室棟の一角――そこは何処か礼拝堂のような、あるいは冒涜的な黒ミサを模したような内装だった――に入り浸るようになったのだ。


 サークルでの活動は充実した物だった。その名の通り社会を創造するという目標を持っていたので、ボランティア活動や地域交流のような物に精を出していた。もっとも地域活動は学生街の傍などではなくて、そこよりも離れた裏通りなどで行われる事が多かった。だがそれも、「社会の裏側を見なければ是正し創造する事は出来ぬ」という理念によるものなのだろう。そんな風に佐藤青年は思っていたのだ。


 さて、今回彼が浮かれているのは、サークルにて交流会が開催されると知っているからだった。

 三月のこの季節に行われるためなのか、その交流会も単なる打ち上げの類とは異なっていた。というのも、集まるのはサークルの面々だけではないためだ。サークルと交流のあるヒトたちなども集まってくれるのだという事だった。そして交流のあるヒトたちの多くは、表立って有名ではないものの、特定の分野では著名なヒトビトばかりなのだという。ついでに言えば美男美女が多い。そんな事なども、誰かがおどけた調子で言っていた。


「そ、そんな」


 佐藤青年は首を振りつつ言葉を紡いだ。美女、という単語を耳にしたところで、赤面して脂下がったであろう事を自分でも感じ取っていたためだ。


「お、俺は別に、やって来るゲストの方が美女だからって事なんかで浮かれたりはしないさ。そんな、合コンなんかじゃあるまいし」


 余談であるが、佐藤青年は合コンの参加経験はない。サークルに入るまでは、自分が陰キャになってしまったと思い込んでいたような性質であるし、サークル自体もお堅い所があるからなのか、合コンなどのような浮ついた事は行われなかったのだ。

 ともあれ佐藤青年の言葉に、二年生である男子学生は苦笑しつつ首を振った。


「ああ。確かに交流会は合コンとは違うわな。むしろどちらかと言えば……お見合いみたいな雰囲気もあるかもしれないかな」

「見合いだって」


 先輩の言葉に、佐藤青年は思わず目を白黒させた。学生の活動の延長で、よもやそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったからだ。

 だが先輩は、佐藤青年の驚く姿を前に、愉快そうに笑みを深めるだけだった。


「ゲストにお越しの方々は、恋人やら伴侶やらをお求めの方もいるからねぇ。運が良ければ、そこで結婚を前提にお付き合いする事だって出来るんだぜ。女子ならば永久就職だけど、俺たち男子だって逆玉もありうるって事さ」

「…………」


 更に思いがけぬ言葉を告げられて、佐藤青年は声も出なかった。

 何故だか解らないが、心臓の拍動が速まっているような気もする。それを押さえようと深呼吸を繰り返す。先輩の服からは、かすかに香水の香りが立ち上っているのをこの時ふと感じた。甘く、何処か饐えたその香りは、佐藤青年の戸惑いを鎮めてくれるかのようだった。


「ええ、ええ。そう言われてみると、確かに興味深い話ですね」

「はははっ。そうだろう」


 佐藤青年の言葉に、先輩も気を良くしたらしい。あけすけな笑みを見せたかと思うと、佐藤青年の肩を何度も叩いていた。

 そんなやり取りの中で、佐藤青年はふと視線を感じた。

 視線の先にいたのは、見慣れた顔の青年だった。確か苗字は趙だっただろうか。同じ学部の同級生であり、その苗字から解る通り、中国からの留学生だった。と言っても、彼自身は日本語どころかこの土地の関西弁すらも綺麗にマスターしていたので、それほど中国出身である事を意識しなかったが。

 

 それにしても、今回の交流会にお見えになるゲストの方たちとは、果たしてどんなお方なのだろうか……仲間たちと団子のように固まりながら、まだ始まってもいない交流会の様相について、佐藤青年はあれこれと空想を膨らましているのだった。


 さて交流会の会場に到着した佐藤青年であったが、受付を済ませ幹事たる先輩学生に促されるままに指定された席に腰を降ろしたころには、浮かれた気分はほぼほぼ鎮静化してしまった。のみならず、借りてきた猫のように、ちんまりと収まるのがやっとだったのだ。

 とはいえ、それも致し方ない話なのかもしれない。元来、佐藤青年はやや内気で内向的な気質の持ち主だった。社会創造同好会に所属してからは積極的で活発な陽キャになったかのように思えていたが、所詮それもサークル内部での話に過ぎないのだから。

 加えて案内された座席には見知った顔ぶれがいない事もまた、佐藤青年が緊張し委縮する原因になってもいたのだ。

 同じテーブルに座する若い男女たちに、佐藤青年は見覚えは無かった。所謂ゲストたちばかりが集まるテーブルに佐藤青年は割り振られたのだろう。

 佐藤青年はグラスの水を口に含みつつ、それとなく同じテーブルの面々を観察した。自分と共にテーブルを囲んでいるのは、一人の若い男と三人の若い女子だった。男は色の薄いサングラスをかけていて、オレンジジュ―ス――もしかしたらスクリュードライバーかもしれないが――を少しずつ舐めていた。白い顔はやや彫りが深く、何処か日本人離れしていた。バタ臭い要望からして、もしかしたら欧州の血を引いているのかもしれない。

 そして女子たちの方は、同席する男よりも明らかに若そうだった。もっとも、若い男の方はそれでも佐藤青年よりはいくらか年かさではあろうけれど。

 いずれにせよ、女子三人の年齢は正確に捉え難いものだった。彼女らは大人びた少女のようにも、童顔で若々しさを保った大人の女性のように見えたのだ。実際問題、女子はメイクや服装によって見た目の年齢はガラリと変わってしまう。男子と異なり思春期の後に筋骨が著しく発達する事も少ないだろうから、少女のように見える成人女性がいたとしても、それほどおかしな事では無かろう。

 取り敢えず、佐藤青年は三人の女子を大人の女性だと見做す事にした。

 というのも、三人のうち二人は、ビールだのカクテルだのを口にしていたのだから。飲酒を愉しんでいるという事は、既に二十歳を超えていると考えて問題は無かろう。そんな事を思いつつ、佐藤青年もメロンソーダを口に含んだ。

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