化鳥たちの丁々発止

 源吾郎たちの予想通り、山鳥女郎とは紅藤の旧い知り合いなのだという。

 しかも彼女と知り合ったのは、胡喜媚や雉鶏精一派などがきっかけではない。何せ二人が出会ったのは、紅藤が胡喜媚に仕えるよりも前の事なのだから。


「前に弟弟子たちや妹弟子たちと、あのお方にお仕えしていた妖怪たちと会合した時には出席していなかったのに、わざわざ私の職場に出向くなんて、一体どういう風の吹き回しなのかしら」

「……しかも偶然なのかどうかは定かではありませんが、私どもの幹部会議の直前にお見えになりましたね」

「偶然じゃあなくて、狙ってやって来たのでしょうね」


 放たれた紅藤の言葉は冷ややかで、鋭ささえ伴っていた。大抵の相手には鷹揚な態度を見せ、穏やかに接する紅藤が、である。

 源吾郎が戸惑いを覚えてかすかに尻尾を震わせる間にも、彼女は更に言葉を続けていた。


「山鳥女郎の事も、少しずつ思い出してきたわ。私と一緒で、彼女もあのお方の弟子だったの。だけど何かにつけて私の事を目の敵にしていたんじゃあないかしら……そうは言っても、それからもう五百年近く経っているから、今はどうなのか解りませんけれど」


 そこまで気にするような事ではないわ。紅藤はあからさまにゆったりとした口調で最後の一文を付け加えた。しかし口調や表情を見る限り、彼女が心底そう思っているようには見えなかった。


「と、とりあえず……!」


 さて自分たちはどうしたものか。そんな事を源吾郎が思案し始めていた丁度その時、隣で頓狂な声が上がった。

 雪羽は白衣の裾を軽く握りしめ、そわそわした様子で言葉を続ける。


「僕はその……引き続き試薬の調整をやりますね。打ち合わせも終わりましたし、今回のお客様は紅藤様のお知り合いで、僕らみたいな弱小妖怪がでしゃばる必要も無いでしょうし」


 そうだよな島崎先輩。雪羽はここで、やにわに源吾郎の方を見やって同意を求めたのである。雪羽の唐突な振る舞いに驚いた源吾郎であるが、目をしばたたかせながらも頷いた。雪羽が僕らと言っていた事に気付いたからだ。


「な、何なら僕がお茶とかの準備をしましょうか。来客時のお茶出しなんかも、僕や雷園寺君のどちらかがやらないといけませんし」

「島崎君。今回はあなたがお茶出しをする必要はありませんわ」


 お茶出しを口実にこの場から離れようとした源吾郎だったが、紅藤はぴしゃりと言ってのけるだけだった。紫の瞳に見据えられ、源吾郎は委縮してその場に立ちすくむほかなかった。


「どの道山鳥女郎がいるのは十分足らずになると思うの。だからね、別段長居しないような客妖に、お茶出しまでしなくて良いのよ」

「まぁ仮に、今回お茶出しが必要だった場合は、僕かサカイさんにやってもらおうと思っていたんだけどね」


 補足説明だとばかりに口を開いたのは青松丸だった。サカイ先輩はともかく、青松丸が自らお茶出しを買って出る所からしても、ただならぬ雰囲気が漂っているように源吾郎は感じられた。

 そんな中で、紅藤が更に言葉を重ねる。


「それよりも、山鳥女郎は研究センターの皆と顔合わせがしたいんですって。だから島崎君も雷園寺君も、少しだけ時間を頂けるかしら?」


 紅藤の言葉に、源吾郎と雪羽は今一度身を震わせた。口調や言葉自体は柔らかな物であったが、それは紛れもなく命令だった。

 もちろん萩尾丸に青松丸、そしてサカイ先輩と言った主要メンバーも顔を出してもらう。律義に紅藤はそんな事も言い添えてはいたが、源吾郎はそこまで注意など払ってはいなかった。

 山鳥女郎と顔合わせをせねばならない。この事実を前に、源吾郎は不穏なものを感じ、気が気ではなかったのだ。

 ドラゴンの魔女であるセシルに金毛九尾の娘である玉面公主と、大妖怪やそれに匹敵するような存在とは源吾郎も何度か顔を合わせた事はある。それなのに、今回は普段以上に緊張し、胸騒ぎがしてならなかった。

 俺が緊張しても何にもならないだろう。ましてや今回は、俺単体で山鳥女郎とやらに出会う訳じゃあない。紅藤様だって同席されるんだから。

――そこまで思案を巡らせたところで、源吾郎ははたと気付いた。

 今回源吾郎が胸騒ぎを覚えているのは、他ならぬ紅藤の影響が大きいのではないか、と。

 山鳥女郎がどのような妖怪なのか、実の所源吾郎はまだはっきりと把握しているわけでは無い。しかし、紅藤の言動の節々から、山鳥女郎を敵視し、そこまでいかずとも警戒している気配が感じられた。それ故に、源吾郎も山鳥女郎は自分たちの敵なのかもしれないと思い、緊張していたのである。

 おのれの心中について密かに考えを巡らている源吾郎の耳に、紅藤たちの会話が入り込んでくる。


「紅藤様。高々十分程度の顔合わせなのに、研究センターの面々の顔合わせまでなさるのですか?」

「向こうが私の部下たちについて是非とも知りたいと言っていたからね。それに向こうだってツレと一緒にやって来ているそうですし。

 何より――島崎君たちには、山鳥女郎の事を覚えておいてほしいと思ったから、ね」


 紅藤の側近である萩尾丸も、今回の事には思う所があったのだろうか。自分たちはさておき、源吾郎たちをも引き合わせると言う紅藤に対し、疑問の念を呈していた。

 もっとも、紅藤は堂々とした態度でもってその通りだと頷き、先のような事を口にしただけだったのだけど。

 それだけではない。彼女は含みのある表情を浮かべながら、更に言葉を続けたのだ。


「萩尾丸が不安がるのも解っているわ。でもね、いかな山鳥女郎と言えども、私たちの縄張りで嬉々として暴れる程の考えなしではないと私は踏んでいるのよ」

「紅藤様の仰る事も一理ありますが……」


 萩尾丸はそこまで言うと、言葉尻を濁らせたまま口を閉ざした。戸惑いと困惑を織り交ぜたかのように深くため息をつくと、そのまま視線を源吾郎や雪羽に向けていた。


「島崎君に雷園寺君。そんな訳だから、君たちも山鳥女郎殿との顔合わせに出席してくれないかな。一応、紅藤様のお知り合いでもあるそうだから、くれぐれも粗相のないように気を付けたまえ」


 いつになく重々しい萩尾丸の言葉に、ただならぬものを感じつつも源吾郎は頷いた。短時間だから粗相も何もないでしょうに。紅藤はそんな事を言っていたが、それも軽口というよりも何か虚勢を張っているようなニュアンスが伴っていた気がした。


「本当に久しぶりね、雉仙女。ふふふ、あんたみたいなメンドリでも、ちゃあんと腰巾着が用意できたのね。ええ、ええ。あんたの部下だか手駒だか判らないけれど、ともかく雁首揃えて並んでいるのは中々に良い見世物だと思うわ。見る限り、地べたを這いつくばるしか能のない、下等な哺乳類連中が多いみたいだけど。それもそれで、あなたらしいと思うけどね」


 にこやかに、そして歌うように女妖怪が言い放つ。隣に立つ雪羽のこめかみに、無言かつ無音のままに青筋が走るのを源吾郎は見た。

 哺乳類という大雑把な括りの上でのヘイト発言を喰らった源吾郎であったが、雪羽のように怒りを抱きはしなかった。もちろん何も感じなかったわけでは無い。女妖怪の麗しい容貌とその言葉の下劣さのギャップが大きすぎたために、驚いてぼんやりしてしまったのだ。

 だがそれでも、一つだけ明らかになった事がある。この鳥頭のメンドリを、紅藤が露骨に忌み嫌い敵視する理由である。山鳥女郎と顔を合わせてからまだ数分と経っていない。それでも、紅藤が彼女を嫌っているであろう事を察するには十分すぎた。そして――山鳥女郎の方もまた、紅藤に対して敵意を抱いているであろう事も。


 そんな風に山鳥女郎の事をあれこれ考えている源吾郎であったが、実際には彼は微動だにせず直立しているだけであった。全身が金縛りにでも遭ったかのように、硬直して動かなくなっていたのだ。

 唐突な金縛りが何故生じたのか。源吾郎には解らない。山鳥女郎の悪意にあてられたのか、はたまた紅藤の押し殺した怒気によるものなのか。もしかしたら、不用意な事をしでかさないように萩尾丸が何がしかの細工を施してすらいるのかもしれなかった。

 ややあってから、紅藤が口を開いた。山鳥女郎に劣らぬほどの笑みを浮かべながら。だが、紅藤の首筋や手の甲には異様なほど血管が浮き上がっていた。笑みの奥にある不穏な空気を読み取らずとも、彼女がキレている事はそこからも明白だったのだ。


「まぁ。数百年ぶりに顔を合わせたというのに、とんだご挨拶ね山鳥女郎。それはそうと、今日はどんな用事でここにやってきたのかしら。生憎と、私たちはこれから大切な打ち合わせがあるの。雉鶏精一派の今後について考えるための、ね。だからその……唐突にやって来てもらっても、思うような面談は出来ないわよ?」

「そんな事は百も承知よ」


 怒りと皮肉を丁寧な言葉でコーティングした紅藤の言葉に対し、山鳥女郎は半ば食い気味に言い返した。その面には、何処か勝ち誇ったような表情を浮かべているではないか。


「というか、あんたら間抜け共が時間を食いつぶすだけの打ち合わせをやるって解っていたからこそ、その直前にやって来たに決まってるじゃあないの。紅藤、あんたに揺さぶりをかけるために、ね」


 言い放つや否や、山鳥女郎はすっと目を細めた。赤褐色の虹彩の奥にある瞳孔もまた、円形を保ったまま小さくすぼまっていく。

 表情豊かな顔とは裏腹に、何処か無機質なその瞳に、源吾郎は不気味さを感じてしまったのだった。


ツレ:本文中では同行者を指す。関東圏では「ツレ」は恋人や配偶者を示す事があるが、関西圏では友人や喫茶店などに同席する人を示す事がほとんどである(筆者註)

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