第11話 Love in Italy
2月の最終日、玲奈は勇士のホームコートに突然現れた。ゲーム前のアップをしていた勇士は自分の目を疑った。半分ほど埋まった観客席の通路を降りて近づくのは玲奈か! まさか! 玲奈のはずがない! だがあれは青いスカーフの玲奈?? ダメだ、ダメだ、俺はマボロシを見ている!
「勇士さーん、玲奈でーす」
驚いた勇士は駆け寄って抱きしめ、ディープキスして離さなかった。ユージが女の子とキスしていると集まったチームメートは、ふたりの頰に流れる涙を見て、ユージ、Congratulazioni(おめでとう)!と手を叩いて喜んだ。勇士は泣きやんだ玲奈の涙を指で拭いて、
「これからゲームだ。絶対帰るな! ここにいるんだぞ!」
スタッフ席で見守る玲奈に投げキッスしてコートに立った勇士は、スーパープレーを連発してチームメイトを呆れさせた。玲奈はムービーを撮りながら事故の影響はないかとチェックしたが、今のところは何も心配ないように見えた。
食事のあとは玲奈の肩を抱いてヴェローナの街を案内した。中世の雰囲気が漂う薄闇に包まれた街並は現代とは思えないほど幻想的だった。微笑む玲奈に坂道で小さくキスして、
「玲奈とイタリアで会えるなんて信じられない! まだ夢のような気がして不安だ」
「どうして不安なの?」
「目が覚めたら君は跡形もなく消えていた、それが恐怖だ。突然来るなんて思ってなかった」
「何も言わずに来たのはびっくりさせたかったからです。ホントに驚いてくれましたか?」
「メチャ驚いた! 悪魔のイタズラかと思ったが君は目の前にいる、とても嬉しい! そうだ、知りたいことがある。君はどこに泊まるんだ?」
このホテルですとケイタイを見せた玲奈からケイタイを奪って、何か話していたが、
「勝手にホテルはキャンセルした。お願いだ、ずっと一緒にいて欲しい、僕の部屋に来てくれ。明日はフリーで次は移動日だ。それからはミラノでアウェイゲームだ。お願いだ、もう絶対に離さない!」
勇士は玲奈が逃げないように肩をしっかり包んで、自分の部屋に連れ帰った。
「ここが僕の城だ。玲奈が来ると知ってたら、部屋中ピカピカに掃除したのに残念だ。おいで、こっちだよ」
キスして玲奈の表情を見た。目を閉じていたが怯えてはいなかった。
「本当に玲奈だ…… 目を開いて僕を見て」
勇士を見つめたままの玲奈を優しく脱がして、シャワールームに誘い入れた。背を向けてうつむいた玲奈が可愛いすぎて、体のすべてがバーストする衝撃に襲われた。この子を怖がらせてはダメだ、キスしたまま抱き上げてベッドへ運んだ。体を硬くして足を閉じた玲奈の全身にずっとキスを続けた。玲奈は目を開いて小さく笑った。
「僕は恋人だ、そうだな?」
返事はなかったが足が僅かに開かれた。この子は悲しい過去を捨てようと俺に抱かれる気だ。玲奈、聞こえるか? 哀しい思い出は僕が消す、君はもっと幸せになるんだ!
ためらわずに勇士は玲奈の中に入ったが何かとぶつかった。思わず顔をゆがめた玲奈の耳元で、何度も愛してるとささやくと秘密の扉は開かれ、勇士は幾度も躍動して爆発した。その瞬間、玲奈は勇士にしがみついて小さく息を吐いた。いつまでもヒクついている我身に呆れながら、勇士はぼんやり考えていた。君は俺に抱かれても心はまだ彷徨っている。俺を愛してくれ! こんなに愛しているのに、俺を行きずりの男にしないでくれ! 男を愛したことがない君はまだわかってない、自分の心に気づいてない、俺はどうしたらいいんだ……
勇士が薄い眠りの中でもがいていると、目覚めた玲奈はシャワーに消えた。玲奈を見たとたんに再び灼熱の激情が脳天から全身を突き抜けた。早く戻っておいでよ、僕の腕に。
翌日、玲奈を連れて練習コートに行った。
「ウォームアップやろう。君はトスで新人を育てたと如月君から聞いた。僕をニューフェイスと思って、思い切りやってごらん」
「しばらくボールに触ってないから上手く上がるかわかりませんが、始めまーす」
緩やかなオープントスを勇士がふざけてバックプッシュすると、玲奈は右腕をグルグル回転させてアップした後、ジャンプトスや平行トスをバシバシ本気で上げた。いつのまにかチームメイトが集まって、
「ユージ、どうしたんだ? 腰が落ちてない!」
「おい、足がもつれているぞ、恋人は鬼コーチか?」
「いつもと違うなぁ、ヘロヘロだ! ユージ、やり過ぎだ! セーブしろよ」
イタリア語で冷やかした。それを見ていたアランは、ユージの恋人は絶対にフランスのあの子だと思った。ロッカールームで仲間にもみくちゃにされた勇士に、
「君の恋人はフランスで哀しい思いをしたレイナか?」
「いや、違う。人違いだ」
きっぱり否定した勇士にアランは首を振った。
部屋に戻って、
「昨日はハプニングの連続で夢かと不安だったが、夢ではなくて君はここにいる。昨日の僕たちはほんのプロローグだ。僕は初めて会ったときから君が好きだ。男に興味がないと断った君が忘れられなかった。信じてくれるか、昨日のようなムチャはしないがたくさん抱きたい! 明日はアウェーに出発するんだ」
抱き包もうとした勇士を玲奈は嫌がった。
「なぜだ、どうして僕から逃げるんだ?」
「家に戻ったらいつも何をするんですか?」
「えーっ! 戻ったら超音波ケアでその次が全身のメンテ、それからシャワーが日課だ。このルーティンはずっと変わっていない」
「だったらそうしてください。勇士さんがケアをしている間に朝のスープにチャレンジします。信じてください、私は逃げ帰ったりしません」
その言葉を聞いた勇士はキスして離さなかった。アレがビンビンに立ち上がって玲奈にぶつかり、笑われてしまった。
「勇士さんは正直なんですね」
「笑うな! 玲奈を見るとアイツは勝手に興奮するんだ。どうも僕のアレは君に甘えたいらしい」
勇士の額をボコンと叩いて、
「ゴチャゴチャ言ってないで、今日のルーティンをやってください」
「終わったらご褒美くれるか? 期待してる!」
玲奈は笑ってキッチンに消えた。
ルーティンを終えてふたりはベッドに寝転んで話を続けたが、玲奈は勇士のストイックな日常に目を丸くして驚き、もっと話してとねだった。まだまだ話したいことは山ほどあるが、夜が更けてさらに気温が下がったようだ、背中がゾクゾクした。
「昨日はごめんね、初めての君は驚いただろう。大丈夫だったか? もうムチャはしないよ。いつか君は言ってたね、180度の開脚が出来るって。その瞬間に僕は突撃したい。見せてくれるか」
玲奈はベッドに横たわったまま、爪先までまっすぐ伸ばして開脚した。初めて見る秘境の開脚に、勇士は目がくらみながら一気に突進した。あーあ、俺はどこにいるんだ! 身体中のエネルギーが玲奈の秘境に吸い込まれて行く気がした。こんな女は世界中に玲奈しかいない。また暴走してしまった! 何度も身震いを重ねて抜け殻になった朝、ケイタイが鳴った。
「おい、夢中になって寝坊するな。今日はミラノに移動するがユージの恋人も一緒だ。日本から会いに来た恋人だからとオーナーがOKした。彼女の宿は僕らと別のホテルだがそれでいいか? ユージはチームのエースだ。スーパープレーを見せてくれ!」
恥ずかしそうに頰を染めてバスに乗り込む玲奈をチーム全員が拍手で迎えた。
「ユージ、お前はお疲れだろうからあっちで寝てろ、レイナは僕の隣だ」
勇士を追い払ったキャプテンが玲奈の隣に居座った。訊かれるままに玲奈はイタリア語を習っている、4月からは商社で働くと片言のイタリア語で応えていると、前の席のアランが振り向いて喋り始めた。猛スピードのフランス語に玲奈は時々何か言葉を返した。
「アラン、僕の恋人を取るな!」、慌てた勇士が割り込んだが、このフランス男はペラペラと喋り続けて止まらない。そうか、玲奈はフランス語はわかるのか…… アラン、お前は喋り過ぎだ。勇士は腹を立てた。
2時間少しでミラノに着いた一行は、軽く体をほぐして夜を待った。ヴェローナより大きな都市のミラノは観光客で賑わっていた。大聖堂や絵画館、スカラ座を肩を抱いて歩く勇士は嬉しかった。
「僕はすごく幸せだ。君がいるからだ。親父に君がイタリアに来たとメールしたら、ものすごく驚いて喜んだ。母は君をヨメさんに決めていたと聞いた」
「えっ! まだ私決められません。勇士さんを好きだけど仕事もしたい。2、3年待ってください」
「イヤだ! 君を信じるが最低2年と約束してくれ」
「あの~ 自分がちゃんとしてないし、勇士さんから嫌われそうで怖いです」
「僕はわかってる、気づこうとしないだけで玲奈は僕を愛している。君は男を愛したことがなかった。だからわからないだけだ。愛してもいない男に抱かれるか? 君はそういう女ではない。僕は玲奈を愛している。今すぐとは言えないが猶予は2年以内だ。わかってくれるか?」
玲奈は「プロポーズですか?」とにっこり笑った。そんな玲奈を見つめた勇士は、玲奈が可愛くて愛おしくてメチャクチャ抱きたくなった。「寒くないか、風邪引きそうだ、帰ろう」
予約されたホテルの前で驚いた。
「ここはキャプテンが選んだのか?」
「はい、安心できるセキュリティだからここをリザーブしたと、キャプテンから地図をもらいました。ずいぶん派手なホテルですね」
部屋に入ると想像どおりだった。貝殻を模ったバスタブや天蓋に覆われたベッドを見た玲奈は、「映画で見たプリンセスのベッドみたい!」と目を輝かせた。寝転ぶとベッドはあちこちが隆起して天井近くまでせり上がり、回転しながら降りた。何だこれは! はぁ……
玲奈はラブホなんて知らないだろうが、ここはイタリアでは数少ないラブホに違いない。イタズラ好きの男たちに呆れた。こんなベッドじゃオチオチやれない! やっと探し出したスイッチを切ってほっとした。今日はホントにムチャしないよと約束して、小さなトライアングルにキスした。そっと舌を入れて吸うと玲奈は初めて喘いだ。抱き包む勇士は幸せに浸った。
翌日、ストレッチ中の勇士をニヤニヤしたメンバーが取り囲んだ。
「よく眠れたか? レイナは喜んだか?」
「プリンセスになった気分だとはしゃいだが、彼女はあんなホテルは初めてなんだ! 僕はどう説明しようかとヒヤヒヤした。君たちの悪フザケか?」
「僕らはウチのエースをヘルプしただけだ。今晩もあそこか?」
「そうだ。玲奈はディズニーランドのようだと気に入った」
メンバーはゲラゲラ笑って、スタッフ席の玲奈にBuona fortuna(お幸せに)と叫んだ。そのような会話が飛び交っているとは知らない玲奈は、笑顔でビデオを撮っていた。勇士は玲奈に見せつけるように仲間のボールを奪い、ブロードスパイクを連発した。「ユージ、お前ひとりでやってろ!」、仲間は笑っていた。
チームがホームに帰還して2日後、
「あの~ 卒業式と内定者を対象にした講習があるので帰ります。なかなか帰って来ないので叔父が心配したのか、大輔からメールが来ました。明後日のフライトで帰ります。勇士さんとの思い出をたくさん抱いて帰ります」
勇士はいきなり現実に引き戻された。
「おい、待て! もう帰るのか! 昨日会ったばかりの気がするのに、あと3日、いや、1日でもいい、延ばせないか?」
「そんなワガママを言わないでください。私も勇士さんとここにいたい……」
勇士は玲奈が痛いと声をあげるほど抱きしめて、涙を見られないように天井を見上げたが、涙は玲奈の額に溢れ落ちた。
「もう泣かないで、私だって泣きたい。でも見てくださいね、卒業式は袴で出席します。私は勇士さんから本当の大人にしてもらったの。その幸せな思い出を抱いて帰ります。ダメです、もう泣きそう」
突っ立ったまま玲奈は子供のようにワァーワァー泣き出した。いやだ、帰したくない! 勇士は吠えるように声を上げて玲奈を押し倒し、何もかも燃え尽くす灼熱の夜を続けた。
玲奈が帰国する日、勇士はゲームを休んで送りに行くと言い張ったが、
「ダメです、私は嬉しくないです。勇士さんに見送られたら帰れなくなります」
玲奈はひとりで飛び立った。
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