第3話 バレー部が変わる?

 夏休みに突入してまもなく上井草の体育館で交流戦が開催された。観客席の人影はまばらだが、玲奈の叔父がどっかり腰をおろしていた。やっぱり神崎さんは来てないと落胆した部員に、「行けー! 悔いのない試合しろ!」、叔父の喝が飛んだ。驚く部員に、珍しく監督の山岡が観戦していたが叔父を見て笑った。

 マッチポイントに追い込まれ、「ヘタならアタマを使え! 脳ミソで勝負しろ!」と罵声を浴びた部員は戸惑った。フルセットの末、何とか勝って勝利の円陣を組むメンバーにつかつかと近寄り、

「バカ野郎、喜んでる場合じゃない。試してやる、全員そこに寝ろ!」

 叔父は寝転んで、軽々とV字腹筋を始めた。

「こら! オマエらもやれ! こんなに弱いとは思ってなかったぞ、続けろ、100回だ」

 渋々腹筋トレを始めたメンバーの腹を叩いて回り、

「お前らはまったく筋力がない、腹を叩いてよくわかった。隣の公園に行くぞ、ついて来い!」


 ゲームで汚れたユニフォーム姿で後ろに続いたメンバーに、

「あの滑り台で懸垂だ」

「へっ、どこを握るんですか?」

「アホ! てっぺんの柵を外から握るんだ。こうすれば滑り台でも役に立つ。アタマを使え!」

 息を乱さず懸垂を続ける叔父に見とれていると、バクダンが炸裂した。

「ぼけーっと見てないでオマエらがやるんだ。俺がカウントする、100回だ」

「けっ! 100回も!!」

 メンバーの大半がギブアップし、クリアした部員はたった4名だった。

「いいか、よく聞け! 筋トレマシンがないなら自分たちで工夫しろ。大木にゴムチューフを巻いて引っ張れば上腕筋が鍛えられる。アタマを使えば方法は色々あるぞ。はっきり言うがオマエらは基礎体力がない! まるで爪楊枝だ。枝葉がないうえに肝心な根っこがない。海外の動画を見てよく勉強しろ、鍛え直せ! 次はレナちゃんを連れてくるが、勝敗に拘らず全力で戦って恥ずかしくない試合をしろ。少しはわかったか! 話はそれからだ。こんな弱いチームと情けない男どもに俺の大事な姪っ子は貸さない!」


 ぷりぷり怒って足早に去った叔父を呆然と見送った部員は、シュンとしてため息を吐いた。

「僕たちは地雷を踏んだようです。すみません、叔父さんを招待した僕らが間違ってました」

 うなだれる佐伯に、どこで見ていたのか山岡が近づいた。

「あの人は関学でボンバーと恐れられた選手だった。彼からすると君たちは情けない選手だろうが、彼が言ったことは正しいと思う。君たちが欲しがっている女子マネが実現するか楽しみだ」

 監督は笑いながら去った。木陰で唸りながら見ていたコーチの斉藤も公園を後にした。


 寮に引き上げた部員に斉藤コーチが待っていた。

「話は聞いた。明日から基礎体力作りを練習メニューに加える。難しいテクを磨いても体がついて行けないと故障するのがオチだ。君たちは各高校のエースだった。それで黙って見ていたが体力のなさは気づいていた。鍛錬させなかった僕の間違いだ。悪かった、謝る。ところで教えてくれ、君たちのマドンナはどんな女子だ?」

「この人です。動画見ますか?」

「ほーっ、インターハイ優勝か! なぜスキーをやめたんだ?」

「事情があるようです。神崎さんに会ってもスキーのスの字も言っちゃダメです。本人が話してくれるまで、スキーの話は厳禁です」

「わかった、そうするよ。しかし大きな子だな。女子に大きいなんて言ったらセクハラか? 今後は気をつけよう」

「僕より背が高いです。ここだけの話だけどデカ過ぎてヨメさんには遠慮します」

 爆笑が轟いた。

 それ以後、朝練の前と練習やゲームの後に筋トレをメニューに入れ、就寝前は体のメンテを徹底させた。駅前のパチンコ店で遊ぶ時間もなく、黙々と全員でメニューをこなす日々が続いた。


 8月中旬、再び玲奈の叔父にハガキが届いた。「あれから毎日筋トレに励んでます。上位チームと対戦するので悔いのないゲームをしたいです」、試合日が書かれていた。

「まったくあいつらは往生際が悪いバカだが、いっちょ見に行くか。レナちゃんも行くか?」

「はい、面白そうだから連れて行ってください」


 試合当日、対戦相手の筑波大の観客席は人が多かったが、こっちはガラガラだった。

「相手は筑波か。あっちの方がアタマが良さそうだ。こりゃあコテンパンにやられそうだな」

 玲奈は望遠レンズが付いた大きなデジカメを首から下げ、何やら筑波陣営を写していた。

 試合が始まった。予想に反して1ゲームと2ゲームを先取し、試合はこれからだというとき、強烈なサーブをブロックしたNo.12がふくらはぎを抱えて座り込んだ。タイム! どうやら足が故障したらしい。左足を引きずってベンチに下がるNo.12に、「足がつるなんて恥ずかしいぞ、それでも男かぁー!」と叔父が吠えた。吠えられたNo.12は「すみませーん、これでも男でーす」と大声で返して、場内は笑いの渦と大きな拍手が響いた。

 3ゲーム、4ゲームは点の取り合いになってデッドヒートが繰り広げられたが、フルセットにもつれ込んで僅差で敗れた。この試合で両チーム最多の18得点を叩き出したのはNo.14の健斗だった。両チームが握手して試合が終わったとき、「おーい、よく頑張った、見直したぞ!」

 叔父は再び吠えた。


 明日で8月が終わろうとする日、コーチの斎藤が告げた。

「明日、神崎さんの下宿先に伺うアポが取れた。時間がある部員は帯同してくれ。これが最後のお願いになるだろう、土下座の覚悟でついて来るか」

「土下座ぐらいヘッチヤラです。それよりどんな服で行けばいいんですか?」

「部のジャージでいい。移動用バスは押さえた。行くか?」

「はーい、行きます」


 家に着くと叔父と玲奈が出迎えた。涼風が吹き抜ける座敷に通され、緊張気味の部員とコーチを眺め渡した叔父は挨拶もそこそこに、

「レナちゃんを貸してもいいが約束して欲しいことがある」

「どのようなことでしょうか」とコーチが不安顔で訊くと、

「2つある。レナちゃんのケイタイに個人的な興味でアクセスしないでくれ。デートに誘うなんてもっての外だ。俺は兄さんと約束した。普通に卒業して就職させて嫁に出すのが俺の任務だ。この子にヘンな興味を持って近づかれると迷惑だ。ただし、レナちゃんがこいつらの誰かを好きになったら、話は別だ。守れるか?

 2つ目は、俺は男だけの運動部の実態はよく知っている。練習が終わるとシャワーで汗を流して、裸のまま部室をうろつく。それが悪いとは言わん。せめてカーテンや板切れを使って、裸でウロウロする男を遮断する方法を考えてくれ。何か工夫してくれるか? 裸の男を見過ぎるとロクなことがない。俺の注文はこれだけだ」

「承知しました。そして神崎さんは私たちに何か言いたいことがあったら、ぜひ聞かせてください」

 玲奈はしばらく考えてから、

「私はバレーボールは知らないし、やったこともありません。今から勉強しますが私で良かったらマネージャーにさせてください」

 全員がほっと胸をなでおろし、大拍手が響き渡った。 


「私はしばらく部室には行きません。今なら顔を知られてないので、各大学の試合を偵察に行こうと思ってます。私のことはバレー部だけの秘密にしてください。まず敵を知りたいです。特に各大学のエースのクセが知りたいです。データがある程度たまったら送信しますが、出来ればPCのOSをアップして欲しいです。動画を受信するにはギガが足りないようです」

「よくわかりました。あのパソコンはスケジュールとプロフィール作成に使っているもので、古いうえに容量はありません。山岡監督と相談して解決策を考え、早急に希望を実現したいと思います」

 そのとき叔父の大笑いが響いた。

「嫁取りに来た男の集団みたいで実に愉快だ。俺はアンタらが強くなることが願いだ。わかったか、へなちょこ野郎!」


 機嫌を良くした叔父の独演会が終わる頃、息子がメロンを運んで来た。真面目な表情を一変して急に目を輝かせた集団に苦笑し、「さあ、食え。遠慮はいらんぞ」と一心不乱で食らいつている男たちを眺めた。

「オマエか? 親父さんがスイカ作りの名人は。あれは本当に旨かったぞ! よろしく伝えてくれ」

「へっ、なぜ父がスイカ農家とわかったんですか?」

「それはな、オマエの食べっぷりよ。向こうが見えるほど残った皮が薄い。親父さんから食い物は感謝して食えと言われて育ったな。この前のスイカの皮は漬物にしたが食べるか? 皮も旨いぞ。母さん、漬物を持って来てくれ」

 メロンの後に食べたスイカの漬物は本当に旨かった。

「美味しいです、父が喜びます」、志村は感激した。


 しばらく玲奈は部室に来なかった。

「レナちゃんは動画を送ってくれるけど、あれでわかるのはコーチとキャプテンだけだ。僕らはよくわかんないよ。早く僕のレナちゃんに会いたいなあ」

 部員が勝手に騒いでいると、明日の日曜日に玲奈が上井草の部室に行きたいとメールが入った。おおっ!! 部員がどよめくなか、コーチが口を開いた。

「神崎さんの正体がバレたようだ。昨晩、日刊スポーツの先輩から聞いた。彼は取材中に神崎さんに気づいたようだ。不審に思って俺を探った。神崎さんは筑波と日体と東海に張り付いて、特に筑波チームのブロードを追っていた。そのうち単なるファンじゃないと怪しまれたようだ。あの長身とオーラは一度見たら忘れないだろう。多分、神崎さんはその話で来ると思う。彼女の覚悟次第で、僕は新マネージャーに登録して公表するつもりだ。それから、君たちが理解できるように送信済みの動画を説明してくれるだろう。部のパソコンは監督が20万援助してくれた。僕はOBに寄付をお願いしている。まもなく最新のPCが手に入りそうだ」


 日曜の午後、集合した部員を前に、

「集まってくれてありがとうございます。偵察がバレたみたいで、ターゲットにしていた筑波の選手に誘われました。どの大学か? バレー選手か? 個人的に会いたいと言われたけど、試合と違ってすごく緊張してました。きっとコーチから言われたんでしょ、私を誘って正体を知りたかったようです」

「えーっ、それでデートしたの? 僕らだって禁止なのに絶対許せないよ! きっと谷本だ!」

「とんでもないヤツだ。今度コートで会ったら集中攻撃だ、やろうぜ!」

「それでね、内緒にして欲しいけど男子に興味ありませんって断ったの。そしたらびっくりした顔で、失礼なこと言って悪かった、忘れて欲しいって行っちゃった」

 はあ? 部員は顔を見合わせた。

「叔父が教えてくれました。怪しまれて誘われたらそう言えって。どうもバレちゃったみたいだけど、貴重なムービーが撮れました。それで集まってもらったの」

やれやれと部員は安堵した。それから小1時間あまり玲奈の解説が続いた。


 相手校のフォーメーションや選手のクセなどがだいぶわかったが、斎藤コーチの悩みは増えた。

「うーん、どう指導すればいいか難しいなあ、悩むところだ。神崎さんも手伝ってくれるか? そうだ、仲間になったからレナちゃんと呼んでいいかい?」

「はい、いいですよ、部員のみなさんも」

 喜んだ部員が拍手すると、マネージャーの田村がパッケージを取り出し、

「レナちゃんのジャージが届いた。サイズは健斗と相談して勝手に選ばせてもらったが大丈夫か?」

「ありがとうございます。嬉しい、みんなと同じだぁ。このジャージを着てみんなと動いてみたいです」

「大歓迎だ。マネージャールームはパーティション工事の途中なんで、僕らは体育館で待っている」


 ジャージ姿で体育館に行くと部員はストレッチ中で、玲奈も仲間に入って久しぶりに体を動かした。リベロの山内がボールを渡して、

「レナちゃんはボールを触ったことあるか?」

「体育の授業以外ありません。これってドッジボールそっくりなんですね」

「サイズは同じだよ、ドッジボールするかい?」

「面白そうです、やりましょう」

 しばらくスローボールで肩を慣らした玲奈は、

「山内さーん、マジに投げていいですかー?」

「オーケー、投げてくれー」

 ズシンと山内の腹に衝撃が伝わった。右に左に豪速球を投げられた山内は驚いたが、やはりあの子はフツーの子じゃないなと部員が見とれていると、健斗が玲奈の右前に立ち、

「レナちゃん、遠慮なく山内にぶつけろ、亮治はレシーブで俺に返せ、さあやろう」

 しばらくボール遊びを続けたが、苦手な左を狙い撃ちされたリベロが本気になった。部員から次々とボールを手渡された玲奈はガンガン投げ続ける。左右に振られた山内は目が回りそうだった。玲奈のボールスピードが落ちたと感じた健斗は、お疲れさんと終了させた。


 そうか、あの子は遊びながらリベロが踏み出す足をしっかり観察していた。連投で苦手コースを攻められた山内は本気になったんだ。それに気づいた健斗がレシーブしろと言ったのか。最後はついカニ足になったリベロに斉藤コーチはため息をついた。しかし、レナちゃんは大きな戦力だ。彼女のトスなら部員は喜んで喰いつくだろう。チャンスだ! 次はトスを教えよう。

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